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『パンズ・ラビリンス』 解釈に悩む必要もない。サルトルの問いに対する明確な答えがここに。

評価 ☆☆



あらすじ
1944年のスペイン内戦が終わり、武装した人々が新たな独裁政権と争いを続けていた。同時に、昔々、魔法の王国が地下にあった。王国のお姫様は人間の世界を夢見ている。澄んだ青空や、そよ風、太陽を見たいと願っていた。




ギレルモ・デル・トロ監督は虫が好きらしい。出世作である『ミミック』にもいっぱい虫がでてくるし、2006年公開の『パンズ・ラビリンス』にも虫がたくさん登場する。出演はイバナ・バケロ、セルジ・ロペスなど。そういう類の生物が嫌いなひとは観ないほうがいい。



映画はダークファンタジーと思われている。しかし、そうではない。



この映画は現実世界であるフランコ政権下のスペイン内戦が舞台。戦争だから容赦ない殺し合いの場面もでてくる、拷問もある(痛そうだ)。こんな悲惨で暗い現実に対して、少女がファンタジーの世界に入り込むことでなんとか生きていこうとする物語だ。



ファンタジー部分は、幼い頃から本ばかり読んでいる少女オフェリア(イヴァナ・バケロ)の創作だと考えたほうがいい。さまざまな部分で整合性がなく、キャラクターたちの動きも統一されていないのでわかりにくいけれど、登場人物たちの言動の揺れは、そのままオフィリアの心の揺れにつながっている。



少女から女性への変化期における不安定さと捉えるひともいるが、その解釈には無理がある。確かに、血、出産などのイメージは強くて、初潮を迎える少女の不安さと捉えられやすい。ところが、性との衝動には必ずしもつながっていない。満月と血というモチーフすら、それらを包括して、人間にとっての物語の持つ重要性と考えたほうが自然ではないか。



人間には物語が必要か? この不条理で殺伐とした現実において物語はどんな力を持つのか? これは「文学は飢えたこの前に何ができるか?」というサルトルの命題の答えである。



キリスト教的教義からいえば「ひとはパンのみに生きるにあらず」であり、生きるためにはパンだけでは十分ではない。極限状態に陥れば陥るほど、物語はその重要性を増す。



物語とは何か? 人間はなぜ物語を必要とするのか? 監督は真剣に考え、哲学的考察を見せる。もちろん、そのことが人間を救うということにつながっているわけではないにしても、物語の重要性とは何かを示してくれる。



ただし、ギルレモ監督の物語の中心に人間は存在しない。今回は、代わりに無垢なる子供たちに対してのレクイエムを捧げている。彼には虫たちの鳴き声が罪もない少女たちの悲しみの声に聞こえる。罪なきひとたちへのレクイエム=自然界と罪深き人間社会の対比こそが、彼の作品の重要な要素だろう。



初出 「西参道シネマブログ」 2013-8-06



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