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R_B <Part 0-2(3/3)>


「薄鈍も極端だな。整備技術は文句無しだが、射撃と体術がかなり劣る。兵士として動けた上での整備士でなければ無意味だ」


 データに目を通した黄丹は、誠を一瞥した。


「原因は」

「トラウマとまでは言いませんが、それに近いものかと。明日からは精神面の強化を重点的に行います」

「ふん、まあ任せる。持ち場に戻れ」


 小馬鹿にしたような笑いを浮かべ、彼は誠を退出させた。


「失礼します」


 今後を話し合うべく、彼はすぐに仁のところへ向かった。歩きながら、統の訓練予定を練り直す。


(多少乱暴な方法になるが……仕方無いか)


 上層部からの重圧を撥ね返してきた黄丹にしてみれば、トラウマや精神的な弱さなど論外。統の事は軟弱者としか思っていないだろう。
 黄丹と統、立場も背景も違う2人を比べる事がいかに無意味かは誠が一番分かっていたが、かと言って悠長にメンタルケアを施していられるような状況で無いのも確かだった。


(彼は依存心が強すぎる。メンバーとして対等になれないと、早晩潰れる)


 31に来て、彼は格段に落ち着いた。特に問題も起こしていない。
 それはそれで良いのだが、彼はまだあの2人に懐いただけの事。親にくっついて歩く雛鳥のようなものだ。
 当然、仁はそれを解っている。何も言わないが、今の状態に危機感を持っているのは伝わってくる。

 肝心の敬は『どうにかなるだろ』とあまり気にしていないようだが。


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 集合場所には、タイミング良く敬も来ていた。


「おう、どうだった?黄丹の評は」

「整備に対する評価は最高だ。だがそれ以外は」

「ご不満だろうなぁ」


 敬に先を越され、誠は苦笑する。


「その通り。で、射撃のほうは?」

「てんでダメだ」


 仁は腕を組んだまま渋面で答えた。


「理解は十分出来てるし、シミュレータだとちったぁマシなんだが。それでも動きが固まる事がしょっちゅうある」

「トリガーが引けないか?」

「引くには引くんだが、躊躇っちまうんだ。その間が致命的。銃の扱い云々じゃねぇんだよ」

「最初のチェックの時は、そこまで感じなかったんだが」

「そう言や、アイツ『自分が撃たれた方が早く終わるんじゃねーのか』とか言ったんだ。1回だけだけどさ」


 敬が横合いから口を挟んだ。仁が目を剥く。


「何だと?聞いてねぇぞそれ」

「仁にゃ言わねぇだろ。俺だって聞いたの昨夜だし。それもボソッと」

「やたら凹んでたあン時か」

「そうそう」


 3人で顔を見合わせ、溜め息をつく。


「……それが本当なら」


 誠が話を再開させた。


「彼の自己否定は予想以上に根深いな。自罰の傾向もあるし」

「16年間ずっと叩かれてきたんだ。仕方ねぇだろ」

「分かるが、そうも言ってられない。せめて応戦の気合いが持てないと、敵とかち合った瞬間にお陀仏だ」

「で、指示は」

「射撃と体術の強化を至急で」

「当然っちゃー当然」

「どこまで進められるかは疑問だが、ひとまず今日は俺が体術を受け持つ。射撃は誠に特訓してもらいてぇトコだな」

「そのつもりだ」

「おい仁、俺は?」

「フォロー役。弟分なんだろ」

「アバウトだなぁ」


 敬が苦笑する。そこへ統がやって来た。


「わりー、遅れちまったか?」

「まだ時間前だ、問題無ぇよ」

「何か打ち合わせ?」

「ああ。おまえの訓練スケジュールのコト」

「俺の?」


 統の表情が強張る。だが射撃と体術と聞いて『だよなー』と頭を掻いた。それが自分の弱点だとの自覚はあるようだ。


「……分かった。頑張ってみる」

「整備の方は全く問題ない。俺達全員が保証する。これからもよろしく頼む」

「了解」


 誠の励ましに律儀に敬礼を返す。やはり、仁や敬と話す時よりも態度が固い。それでも、上官から整備の腕を認めて貰えたというのは自信に繋がる。


「そうしたら午後は射撃訓練からだ。敬、手伝ってくれ。仁、体術は後で頼む」

「分かった」「おぅ」


 2人の返事を合図に、全員が早速次の行動に移った。


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「射撃のほうはどうだった?」


 午後の休憩後、統は仁と合流して体術の訓練に入った。
 ひたすら基本の組み手を繰り返していく内に手持ち無沙汰になってきた仁は、話を振ってみた。


「どうもこうもねー。ひたすらっ……基礎基礎、基礎だって……っ」

「シミュレータは?」


 余裕の仁に対し、統は既に息が上がってきている。


「まだ……やらせ、て、くんなか……った」

「そうか」


 統の蹴りを軽く左腕で受け止めると10分間の休憩を告げる。タオルを受け取った統は、そのままその場にへたりこんだ。


「ちぇ、やっぱり……一個、もヒット、しねーな」


 悔しいのだろう、拗ねたように呟いた。


「基本は出来てんだよ。ただ、お前は体重が軽い。だから相手に決定的なダメージを与え難ぇんだ」

「……どうすりゃいーんだ」

「方法はある、心配するな。それより先に重心移動を身体で覚えて、体重を最大限有効に使えるようにならねぇとな」

「重心、かぁ……」


 呟きながら統はボンヤリと仁の後ろ姿を眺めた。視線の先、汗で身体にへばりついたシャツ。その左肩に透けて見える紋様がある。
 あれは……。


「何だ?」


 視線を感じた仁が振り向いた。


「……やっぱ、あんたにもあるのか?」


 自分の左肩に触れながら、少し声を落として統が聞く。自分が悪い事をしたかのように……彼のこうした部分が危うい。


「ああ。敬から聞いたろ?俺のフライトも、そこそこの価値があるらしくてな」

「平気、なのか?」


 割り切った筈の過去が、一瞬だけ胸を刺す。


「……平気になったんだ。最初は落ち込んだし、泣きもした」

「え、泣いた?仁が?」

「お前なあ……俺を心配してくれてんのか鬼だと思ってんのか、どっちだ?」

「あ!」


 誠が慌てて口を塞いだ。そんな反応に『確かに、鬼の目にもナントカかもな』と苦笑し、仁は話を続ける。


「まあ、敬があんな具合だからな。端から見る分にはケロケロしてやがるから、俺はそれで随分救われてる」

「それ、思った。最初は『何だコイツ』って思ったけど……」

「やっぱりな」

「でも、今はスゲーと思ってる」

「俺から見てもそんなトコだ。ついでに言うと、お前が来てからあいつの脳天気に拍車が掛かってんだ。良い意味でな」

「単に人数が増えたからじゃねーのか?」

「それもあるだろうが、他のヤツが来てもあそこまで喜ばねぇよ」

「そっかー?」


 照れくさそうに統が笑う……が、笑顔は中途半端なままで消えた。

 嬉しいのに、その感情がストレートに出せない。
 2人が認めてくれている存在を、自分が未だ認めてやれない。


(ま、仕方無ぇか)


「それで、誠の訓練はどんな内容だったんだ?」


 話題を変えた。途端に、統は苦虫を噛み潰したような顔になる。


「……アレなー。何か趣味悪いぜ、アイツ」

「どういう事だ?」

「スタートする時に催眠術みたいなの使われかけてさ」


(……暗示か)


 すぐに分かった、誠の得意分野だ。精神面の強化目的で使ったのだろう。


「だけど俺、それにはかからなかったんだぜ?訓練の内容だって覚えてる」

「そうか。具体的には?」

「的の前にわざわざ俺の知ってるヤツを1人ずつ立たせて、1対1で向かい合うんだ。で、互いに銃を構えて射撃動作の繰り返し。そんなんで良いのか?って感じ」

「敬は」

「的の後ろに居た。そっから撃つタイミングとか、構えとかを教えてくれてたんだけどさ」

(……相変わらず大したモンだ)


 心理系は正直、仁には不可解な世界だ。それでも誠の能力の高さは嫌でも分かった。明らかに統は暗示にかかっている。しかも本人は全く気付いていない。


「まぁ、アイツの特訓なら生身の人間も使うだろうな」


 話を適当に合わせておく事にした。


「シミュレータだと僅かだがタイミングが遅れる。手間はかかるが、実際の人間相手のほうが身体に動きを叩き込むには効果的だ」

「けど、こないだの中隊のやつらまで居たんだぜ?魘されそうだ」


 そもそも1人の訓練のために他隊の人間を一気に何人も召集するなど、不可能な話だ。それを疑問に思わない事自体、暗示が有効に働いている証拠。


「こればかりは慣れるしかねぇ。敬もついてるんだし、大丈夫」

「けど、どうにも気に入らねーや。あんなやり方」

「アイツの癖だとでも思っとけ。誰でも癖はある。俺もお前もな。お互い様だ」

「……まあな」


 苦い表情は変わらない。それでも、この件は納得するしかないと思ったのだろう。彼もその後はもう何も言わなかった。


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「お前、何を手伝った?」


 解読の手伝いに駆り出されていた敬は、戻るなり仁に掴まった。


「何が」

「昼の射撃訓練の時だ。何をしたんだ」

「何って、ひたすらアイツの相手だぜ?誠の暗示付きだから、実際どうなってんだかは分かんなかったけどよ」

「分からねぇ?」

「ああ、ぜんっぜん!気付いた時にはアイツ、暗示にかかってんだ。あれはいつ見ても凄ぇな」


 敬は誠を手放しで絶賛するが、今の論点はそこではない。


「そうかそうか。で、どんな事をやったんだ」

「統から聞いてねぇか?基礎の基礎。ひたすら基本の構えと一連の射撃動作だ」

「お前が指示を飛ばしながら?」

「そだけど。何かあったのかよ」

「いや、腑に落ちねぇって言うか……」


 そこで統から聞いた内容を話すと、敬は『ああ、それで!』と納得がいったようだった。


「向かい合う度にすっげぇ嫌そうな顔されるんだよな。いくら苦手な射撃だって言っても、俺との訓練がそんなに嫌なのか?って密かに凹んでたんだぜ」

「じゃあ、やっぱりお前1人が通しで相手してたんだな」

「そうさ。だいたいあの的の後ろなんかに隠れる隙間なんて無ぇだる」

「分かったわかった」


 延々と喋り続ける勢いの彼を、仁は片手をあげて制する。


「とにかく、暗示はバッチリ効いてたって訳だ」

「そう言う事」

「暗示の内容は?」

「さあな」

「……知らねぇってのか?誠からの説明は」

「無ぇよ。いつもの事さ」

「いつも?」


 仁にとっては予想外だ。敬が軽くウインクを返して解説する。


「俺はアイツの暗示の内容は一切聞かねぇ。俺が内容を知ってると“見えない何か”が向こうに伝わっちまう危険性があるんだ」

「そういうモンなのか?」

「だと考えてる。実際ドコまでどうかは解んねぇけど、ホントに伝わっちまったら俺たちのリスクが増える。だからアイツも言わねぇし俺も聞かねぇんだ」


 2人の間での決め事。それ自体が、互いの信頼の証。

 しかしこれでは誠の意図が掴みきれない。仁としては、どうしてもきちんと教えてもらいたいところだった。


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 深夜、仁は誠の部屋に出向いた。ドアをノックする直前に部屋の中から声がかかる。すっかり想定済みだったようだ。


「開いてる。入って来いよ」

「……悪ぃな、遅くに」

「構わない。どうだった?本人の様子は」

「しっかりかかってたな。お前の暗示は本当に大したモンだ」

「慣れも免疫も無いから一発さ。あれ程素直なのは久々だった」

「キツ過ぎって事は無ぇだろうな?」

「通常レベルに抑えてある。浸透したら徐々に緩くする、問題は無い」


 『仁も大概過保護だな』と指摘され、苦笑した。


「で、用件は?」

「暗示の内容を知りてぇ。敬は知らねぇって言ってたが、俺としちゃ教えてほしいトコでね」

「なんだ。簡単さ」


 拍子抜けするほどあっさりと、誠はタネ明かしをした。


「“護れ”だよ」

「……たったそれだけ?」

「それでも本人は十分苦労してる。護る対象は仲間だ、自分じゃない」


 それで仁は納得がいったようだ。


「成る程な」

「ただ、仲間という存在が出来たのがつい最近、それも恐らく初めてだ。暫く混乱するのは仕方無い」

「それ以前の問題じゃねぇのか?仲間っていう認識も怪しいぞ。ありゃあ兄弟ごっこの延長だ」

「信頼する人物に認められ護られるという経験も彼には必要だろう」

「だが強すぎる依頼心は双方の足を引っ張る」

「その通り」


 二人の視線がかち合った。


「敬はここ数日、彼の訓練と情報部のヘルプが殆どだが、その後は外の任務もまた入って来る。その時に本人も思い知る事になる筈だ」


 自分の非力さを。


「本番はそこからってぇ訳か」

「“仲間”について1から考える事になるだろう。だが彼ならいずれ理解出来る」

「だと良いが、あの自己否定感の強さは厄介だぞ?」

「思考が固まってるからな。だから自分が犠牲になれば仲間が助かる、なんて考えてしまうんだろう……まあ、そんなのは自己満足だと直ぐに思い知らせてやるさ」

「すげぇスパルタ」

「他が過保護だから、1人くらいそう言うのが居ないとバランスが悪い」


 わざとらしく溜息をついて、誠が話を締めくくりにかかった。


「葛藤は続くだろう。そこは敬のフォローに期待してるよ。とりあえずは動きを身体に叩き込まないと始まらない」

「ま、出来る事からやるしかねぇな」

「動きが身についてきたら、状況設定のバリエーションを増やす。特に怪我人を庇ってる場合や、何らかの事情で仲間と対峙せざるを得ない場合などを想定してる」

「了解だ。明日は?」

「午前中は俺。シミュレータを使う。午後は時間の許す限り体術を。敬と青褐に頼んである」

「アオカチ?」


 聞き覚えの無い名前に首を捻る仁に、誠が説明した。


「統の同期にあたる。26小隊所属、整備部門で行き来があるんだ。向こうの隊長には許可をとってある。違う人間とも手合わせする機会を持ちたいからな」

「26なら安心だな。午後いっぱい、体術か?」

「いや、実は先に新入り整備士の全体研修がある。だから実際は夕方にかけての2時間くらいだろう」

「分かった。俺も偵察が終わり次第、合流しよう」

「助かる。それだったら、30分でも良いから射撃の時間を取ってほしい。暗示は銃を持った時点で有効になるようにしてある。後は敬に聞いてくれ」

「了解だ。じゃあな」


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「よう、頑張ってるか」

「あれ?仁」


 敬と統が休憩しているところへ仁が顔を出した。


「偵察は?」

「終わった。射撃訓練を見たいと思ってな」


 やっぱり来たかと、敬はこっそり笑った。昨日の様子から絶対こうなると分かってはいたが。


「丁度良いや。青褐もさっき26に戻ったから、どうすっかなと思ってたんだ」

「……また昨日のアレ、やるのか?」


 統がまた渋面を見せるが、仁は気づかない素振りで話を進めた。


「基本は一緒だ。今回は敬がリードする」

「了解。どのくらい居れるんだ?仁」

「40分が限界かな」

「じゃあ移動してサッサとやろうぜ」


 敬が段取りを仁に説明する。その間に統がセッティングを完了させた。


「準備、良いか?」

「ああ」


 統が銃を持つ。すかさず敬が仁に耳打ちした。


「今、かかった」


 やはり傍目には全く分からない。仁は小さく感嘆のため息をついた。


「始めるぞ……構え!」


 その合図で場の空気が一気に張り詰め、統が基本動作に入る……そこには今までの様な戸惑いや躊躇いは微塵も無かった。


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 翌日以降も訓練は続けられたが、当然それだけに時間をつぎ込んでいられる訳では無い。
 研修をきっかけに、統の整備技術の高さはあっと言う間に他隊に広まった。以来、毎日どこかの隊のヘルプに駆り出される。付随業務も有無を言わさず回って来た。

 ……訓練に割ける時間が日を追う毎に減っていく。誠は暗示の定着を急ぎ、本来2人で行う任務も、可能な限り敬の単独で行われた。
 連動するかのように仁の哨戒任務も増加し、久しぶりに3人一緒にゆっくりと顔を合わせられたのは、2ヶ月程経ってからの事。
 仁の部屋で久々に酒を囲みながら、互いの近況を語り合う。


「最近はどうだ?統」

「なんか妙にややこしいのを依頼される事が多くなった。最近は手伝ってくれるヤツもいねーし、苦戦中」


 ボヤく統に対して、敬はニヤリと笑った。


「あー。とうとう手伝えねぇレベルになったか」

「……え?」

「おまえの整備の評価、凄ぇんだよ。早さも正確さも敵わねぇってな」

「まさか?!こっちは言われた事こなすのに必死なのに」


 他隊からの依頼は必ず誠を通している。つまり“その隊の整備士ではどうにもならない”“統でなければ解決出来ない”レベルだと彼が確認した整備だけが回ってきている。


「必死になってもこなせねぇヤツらばかりって事さ」

「ウッソだろ?」


 信じられないと言った様子で目をまん丸にしている。自分がどれ程ハイレベルな事をやっているか、自覚が無い。


「それだけ凄ぇコトやってんだよ、今のお前は。だから自信持ってそのままやってりゃ良い」


 仁も口の端に笑いを浮かべていた。上機嫌のようだ。


「そうなんかな……」

「そうそう。大変だろうけど、仁もこう言ってんだし。おまえのペースで頑張っとけば大丈夫さ。ほれ、乾杯」


 敬は勝手に乾杯すると一気にグラスの中身を飲み干した。


「そう言や、誠の訓練は?」


 一息ついて話題を変える。


「結局10回もやれてねーけど、次で終わるらしい。後はとにかく体力をつけろ、体を作れって」

「やっぱスジは良いな。その程度でアイツの訓練が終わるなら」

「自分じゃ分かんねーよ。まだ精度が低いから時間を見つけて自分で訓練しろって言われてるし」

「ま、自主練は誰でもやっていかねぇとな」

「でも何か、最初の頃よりは頑張れるような気がしてる」


 最後にぽつりと付け足されたその言葉に、仁がつと顔を挙げた。


「そいつぁ、どう言う?」

「うん……敬が前に“仲間を護りたい”って言ったけどさ。アレが何となく分かるようになったって言うか、さ。俺でも生きてたら何か一つくらいは護れるかも、って……実際どうかは分かんねーけど」

「そう言うのに正解も間違いも無ぇさ」

「敬の言う通りだ。それで?」

「……実は、訓練始まった頃って『俺みたいな捨て駒を鍛えたって意味ねーじゃん』って思ってたんだ。けど今は、1分でも1秒でも持ち堪えられたら、そんだけでもあんたたちを護る足しにはなるのかな?って感じ」


(……成功させたか)


 誠の暗示は定着した。まだ第1段階ではあるが、大きな進歩だ。


「あ、でもセンス良くねーから、足手纏いになるほうが多いけど……」

「んなコトあるか。それに、背中合わせでドンパチやるだけが護る方法じゃねぇからな」

「……けどやっぱ、一緒に任務に出られたら嬉しいなって思う」


 仲間として共に任務に出る。今の目標は、それなのだろう。


「俺たちもだ。だが今は焦るな、足元をしっかり見るんだ。やるべき事、分かってんだろ」

「分かってる……でもホントに目標なんだ。あんた達が」


 頭では理解出来ても、気は逸る。それはよく分かる。敬がポンと彼の肩を叩いて笑顔を向けた。


「目標にしてくれてるなんて嬉しいぜ。せっかくの仲間なんだし、いつか一緒にひと仕事やろう、な!」

「……ホントに?」

「勿論だ。だから頑張れよ」

「ああ!」


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 更に半年以上が経ったある日、統が嬉しそうに敬のもとへと走ってきた。


「敬、やったぜ!来月から組ませてくれるって!」


 文字通りの転がりそうな勢い。確実に逞しくなっていくその姿を、敬は頼もしそうに眺めた。
 すっかり癖になった……彼の頭をくしゃっと撫でてやる。


「そっか!よく頑張ったな、もうすっかり一人前だ」

「やっとスタートラインだって釘刺されたけどな。最初の任務何だろ」

「あはは!さすがにまだ決まってねぇだろ。その前に一つ、俺も片付けなきゃなんねぇのがあるしな」

「……やっぱ、潜入?」


 聞いた統の表情が曇った。


「ああ。今回はちょっと長引くかもしんねぇけど」

「危険な任務なのか?」

「任務ってなそんなモンだ」

「……だよな」

「そんな気にするなって。今回は誠と一緒だ、アイツがいれば大丈夫。
 帰ってきたら次はおまえとだ。腕ぇ磨いとけよ」


 言われて、彼は気を取り直す。


「……そうだな、頑張る。敬も気をつけて行って来いよ」

「おう!」


 次の朝早く、敬は誠と出発した。
 彼らは準備万端で臨んだ筈だった。


 なのに……


「ウソだ!そんな訳ねーだろ!」


 3週間後、統にもたらされた情報は潜入先で敬が消息を断ったというもの。


「ここで嘘を言って何になる?奴等はあの国と繋がりがあった。こっちを裏切る事も、十分有り得る話だろう」

「ウソだ……」

「事実は事実だ。これ以上彼奴を庇うようなら、お前も処分の対象になる。それでも良いのか?」

「っ……」


 反論出来ないまま、黄丹に追い出された……それからどうしたのか覚えていない。気付けば自室で座り込んでいた。


 ……夕日が窓を照らす。


(ああ、早かったな。邪魔してるよ)


 ひどく普通に声をかけてきた、窓辺で雑巾を手にした笑顔の人物。


(……自己紹介がまだだったな。蘇芳 敬。第31特殊小隊所属。よろしく)


 敬が、消えた。

 もう……ここには居ない。


「……っぁあああああ!!!!」


 床に崩れ落ちた。


「……何で!何で……あいつが、っ!!」


 狂ったように拳を叩きつける。手の関節が軋み、皮膚が裂けた。


「統!」


 叫びを聞きつけ駆け込んできた仁の目に映ったのは、血に塗れながら床を殴り続ける彼の姿。

 針金で締め上げられたように仁の心臓が凍り付く。


「は……っ!」


 咄嗟にその拳を掴んで止めさせるが、彼は尚も腕を振り回そうと身を捩った。


(なんて泣き方しやがんだ……)


 仁は初めて見た。声をあげて泣く彼を。
 全てが自分のせいだと言わんばかりの、涙の無い慟哭。


(辛すぎるじゃねぇか……そんな泣き方)


 思わず抱え込んだ彼の肩は、儚い程に細く感じた。泣くなと……もうそれ以上泣いてくれるなと、片方の手で彼の頭を自分の肩口に押し当てる。
 尚も止まらない慟哭が直接自分の胸郭に響く……共鳴して震えそうになる声を必死に抑え、仁は話しかけた。


「落ち着け……自分を責めるな。お前のせいじゃない、誰のせいでもないんだ。だから……」


 彼が黄丹から何を言われたかは知っている。
 その内容が、誠からの報告とは違っている事も。

 だが今は言えない。何もかもが不鮮明なこの状況で伝えれば、更に彼を混乱させるだけ。

 彼の両手に力が籠った。抱え込まれていた体を引き離す。


「じゃあ誰のせいだ!アイツだけが戻って来やがったんだぞ、アイツだけが!
 何で敬が居ねーんだよ?!次は一緒に組むって言ったのに!」

(……そんなにも敬を信じてくれてたのか)


 彼が敬に寄せていた信頼。対等になって護れるようになりたいと言う思い。その強さ、深さを今更ながらに痛感する。
 仲間を護るために強くなる。純粋に、その思いを胸に彼は今日まで走り続けて来た。単なる暗示だけではこうはならない……なる訳が、ない。


「……何であんたはそんなに落ちついてられんだ!あんたのたった1人の弟だろ?!」


 肩を大きく揺さぶられた。視線が合う。睨み付けるルビー色の瞳の奥にあるのは怒りではなく、哀しみ。


「落ち着いてなんかねぇ。そりゃあショックさ……」


 自然と手が伸びた。彼の頭を撫でてやる。


「だが、まだお前が居てくれる。俺達は独りになった訳じゃねぇ」

「……」

「まだ全てが終わった訳じゃねぇ。行方不明だってだけで、アイツの死体が見つかった訳じゃ無ぇんだ」

「……俺、どうすりゃ……」

「生きろ。生きて、アイツが戻るのを待つんだ」


『大丈夫だ……きっと会える……』


 独房で焼け付く程の腕の痛みに耐えていたあの時、壁越しに聞こえた敬の言葉。
 目指していた未来が、こんなところで終わる筈が無い。

 ……統も、敬の言葉を思い出した。


『生きてりゃその内、何かが分かる。だから、生きよう』

「……そうだな。大丈夫って言ったんだもんな、あいつ」


 彼が見た未来は、もっと先にあるのかもしれない。
 ならばなおさら、諦める訳にはいかない。それに……そう、こんな事になって一番辛いのは仁だ。自分が彼を困らせている場合ではない。

 ……絶対に仁を死なせはしない。敬と再会する日まで。

 統の瞳の奥に強い意思の光が宿った。


「ああ……生きる。生き延びてやる。絶対にな!」


--- Part 0-2 The Wheel of Fortune (了)---



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