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R_B ーFINALー


〈よう、仁〉


 そろそろ休もうとしていたところに鳴った、一本の電話。


「おぅ、ビャク。相変わらず忙しそうだな。元気か」

〈おかげさんで絶好調。悪いな、遅くから〉

「構わねぇ。何だ?」


 仁が新規部門へ異動して8ヶ月が経っていた。久々の連絡に頬が緩む。
 2人が言葉を交わすのは久しぶり。仁はテストフライトの為に何度かSSの飛行場へ足を運んでいるが、其処で白群と直接会えたのも最初の1度きりだ。


〈例のヤツが完成したのさ。覚えてるか?〉

「勿論だ。俺の誕生祝いっていうアレだろ」

〈そう。予定より遅れてすまなかったな〉

「構わねぇが、そう言や全然その情報が入って来てねぇな。ココの系列メーカーで作ってるってぇのに」


 仁の言い様に白群があははと笑って返した。


〈受取る奴が贈る奴より先に実物見てどうするよ?〉

「近場にモノがあるって分かったら見たくもなる。造ってる工場は分かっても其処まで行くヒマが無ぇ」

〈お、やっぱ危なかったな。極秘事項って担当に念押ししといて良かったぜ〉

「何だ、元からグルか」

〈そりゃ言い過ぎだろ。人聞きの悪い〉


 悪態をつきあっているようで、互いに声は弾んでる。


〈まあ兎に角、来週だ。来週の水曜、あんたオフだろ〉

「ああ」

〈その日に実物を見に来い、SSの飛行場だ。あんた用の格納庫も残してあるから駐機場所も心配要らない。1100に来てくれ。路考が案内する〉


 “路考”は、幹部になった鳶のコードネーム。今も律儀に週2回ペースで仁の元へ顔を出している。


「了解。ありがとよ」

〈おっと、礼を言うにはまだ早いぜ。じゃあな〉

「おい、ビャ……」


 最後に今度は意味ありげな笑いを残し、仁が問い質す間を与えずに白群は電話を切った。


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 その翌日。仁が出勤すると、彼が使っている執務室の隣室のドアが久しぶりに開いていた。


「隣、なんかあるのか?」


 通りかかった作業員に声をかける。


「はい。新たに着任される方が決まったので、部屋の準備です」

「……そうか。ご苦労さん」


 新任が来るとは初耳だ。普通なら、先に仁のところへ連絡があるのだが。


(執務室を使うなら、まあまあのお偉いさんだ。て事ぁ、入れ替わりで俺がどこかに行くのかもしんねぇな)


 異動ならその心構えだけはしておきたいものだと、彼は人事部門へ足を向けた。


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 仁の来訪が伝えられると人事のチーフが大慌てで窓口に現れた。
 面談室へ通され、仁は早速用件を切り出す。


「俺の隣の部屋に新任が来ると聞いた。俺も異動になるなら先に教えてもらいたいと思ってな」

「はぁ?!」


 直ぐには彼の言っている内容が理解出来なかったらしい。相手は暫く言葉を失い、続いて文字通り頭を抱えた。


「……いきなり何を」

「いや、プロジェクトの引き継ぎが必要なら早目に言ってもらいてぇなと思って」

「引き継ぎも何も。そもそも、このプロジェクトは貴方の発案でしょう。この大詰めのところで統括に抜けられたらプロジェクトの意味が無くなります」


 いきなり何を言うかと思えばと繰り返されれば、仁は苦笑するしか無い。


「早合点だったな、すまなかった。そしたら新任ってのは他部署に配属か」

「はい、隣の部門です。腕の良いエンジニアだそうですから、慣れたらそちらのプロジェクトにも協力して頂けるでしょう」

「そりゃ頼もしい。で、ソイツの名前は?」


 仁がそう尋ねた途端、相手は言葉を濁した。


「あー……いえ、それは私のほうにもまだ報告が来ておりませんので」

「そんな事あるか。怪しいぞ」


 ずいと詰め寄れば、その分相手は身を引く。


「アンタ何か隠してるだろ」

「隠してなどいませんって。あの……来週の半ばには貴方とも顔合わせをして頂く予定との連絡は来ていますので、どうかそれまでお待ち下さい」


 では会議がありますのでこれで、と人事チーフは奥のドアへ消えた。
 残されたのは、憮然とした面持ちの仁だけ。


「……何なんだ、一体」


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 結局それ以上の事は何も知らされないまま、週が変わった。新たに分かったのは、新任の肩書きが『副統括』だと言う事だけ。


「向こうも色々と段取りがあるんでしょう」


 水曜日。目的地へ向かう車中で仁がボヤけば、鳶は笑ってそう返した。
 彼は先週末に顔を出せなかった事を仁に詫び(その代わりに檜皮が来た)『今日は白群から指名されましたので』と仁を迎えに来ていたのだ。


「どんな段取りだろうが、コソコソしてんのが気にくわねえ」

「貴方が仕事の時はしっかり気持ちを切り替えて取り組む人だと知っているから、周りも安心してコソコソ出来るんです」

「何だそりゃ。アンタ絶対、俺の補佐だった頃より性格が悪くなったな」

「そんな訳無いでしょう。どれも本来の自分です」

「どーだか」


 またもボヤく彼に、鳶は笑って傍らのコーヒーを勧める。


「どのみち、もう今日の話です。その方にもあと数時間と待たずに会うんですから、素直に楽しみにしておきましょう」

「俺の人見知りを知ってて、よく言うぜ」

「そんなの、せいぜい数日間じゃないですか。SSで100人単位の部下を仕切っておいて何を今更」

「うるせぇ」


 小さく唸ってコーヒーを一口。そのタイミングで鳶は話題を変えた。


「それより。今日は檜皮からもプレゼントがあるそうです」

「檜皮から?」

「はい」

「何だそりゃ」

「さあ……何でしょうね」


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 1時間後、2人は滑走路の端で白群の到着を待っていた。連絡はさっき入ったので、特に問題無ければそろそろ機影が見えてくる筈だ。


「楽しみですね。自分も実際に見るのはこれが初めてです」


 鳶が珍しくはしゃいでいる。確かに、今となってはレトロタイプの小型機を見る事自体、滅多に無い事だ。


「……あ」


 ぽつん、と東の空に小さな点が現れた。


「あれですね」

「そうだな」


 風はそこそこ強く気流の乱れもあるが、白群が操縦する小型機はそれらを容易く躱して飛んで来る。


「お、すげぇ!」

「格好いいですね!色合いも貴方のイメージにぴったりです」


 やがて飛行場の上までやって来た機体を見て2人は歓声をあげた。ボディの塗装はブルー。飛行部隊よりも若干明るい色調だ。そこに白とレモンイエローのシャープなラインが描かれている。


「やあ、仁」


 声のした方を見れば、檜皮がやって来るのが見えた。仁は手を挙げて応える。


「忙しいのに来てもらってすまねぇな。感謝する」

「とんでもない。今日は記念すべき日に立ち会えて光栄だ」


 握手を交わすと、檜皮は改めて小型機を振り仰いだ。


「良い機体じゃないか。白群のセンスもなかなかだな」

「ああ、バッチリ俺好みだ。心得てやがるぜ」


 いよいよ着陸態勢に入る……と、旋回した時に何かが見えた。


「ん、あれは?」


 後部シートに、人影。


「どうされました?」

「誰が乗ってんだ?後部シート」

「浅葱ではないですか?貴方にお会いしたいと言ってましたし」

「いや……」


 それだけじゃない。見間違いでなければ3人、乗っている。


(こんな形で新任と顔合わせ?いや、それとも本当に浅葱や若草あたりが便乗してきたか……)


「よう!」


 あれこれ考えてる内に小型機は着陸を完了していた。スポットに駐機するなり、白群が小型機から飛び降りて走って来る。


「おう、久しぶり」


 仁が右手を差し出した。固く握手を交わす。


「どうだ?ひと目見ての感想は」

「想像していた以上だ。デザインも良い。最高のプレゼントだぜ」

「そうか、それは何より」


 高評価をもらい、白群は破顔した。


「あんたも後で飛んでみろ。新規のフライトシステムも良い感じだ、本当に腕だけで簡単に操縦できる」

「そうか」

「SS機への転用と量産化も俄然、楽しみになってきた。ありがとよ」


 そう言って彼は仁の肩をポンと叩くと、振り向きざま鳶に指示を飛ばす。


「……よし、行け!」

「はい!」


 鳶は即座に反応した。返事をする間も惜しいとばかりに、小型機へ向かって駆け出す。


「鳶?」

「おっと。次は檜皮からのプレゼントだ」


 いきなり何事かと訝る仁の両肩を掴むと、白群は半ば強引に彼を檜皮の方へ向き直らせた。

 

「おいビャク、アンタ何を……」

「話は全て聞いた」


 全て。

 檜皮のその一言で、仁の動きがぴたりと止まる。


「……檜皮?」


 状況が飲み込めず呆然とする彼の頭をポンポンと撫でてやる。親が子に……或いは兄が弟にするように。


「よく頑張ったな、仁。これは俺からのプレゼントと言うより、天からの褒美だ」


 白群に替わって今度は檜皮が彼の肩を抱え、一緒に小型機の方を向いた。

 鳶が後部シート側のドアを開ける。


「まさか……」


 呟く彼の唇が震えた。


「彼は、お前の下で副統括として職務に就く。一流の腕を持つエンジニアだ」


 1人、赤い髪を靡かせて身軽に飛び降りる。


「薄鈍 統」


 直ぐに全力で駆け出す統に続き、更に2人が降りるのが見えた。


「他の2人は、それぞれのボディガード兼、相談役だ」


 とん、と背中を押される。
 仁は知らずの内に一歩、踏み出していた。


「桑染 誠……そして、蘇芳 敬」


 後ろで微かに、杖の転がる音。
 涙で視界が滲む。


「もう二度と離れるんじゃないぞ」

「仁!」


 崩れ落ちそうになる身体を統が抱き止め、次いで誠が2人を支えた。

 そして。


「俺、参上!ひっさしぶりだな、仁!」


 ずっと待ち侘びていた、懐かしい姿。


「何……言ってやがる……」


 咽び泣き、既にまともに言葉が出ない。仁はそれでも、この期に及んで能天気な弟の頭を一発、しっかりと小突いてやった。


------ Real_Border 了 ------


20121017-20231026

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