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R_B < Part 4 (7/7 : Epilogue) >


 式典の閉会を告げる声が、モニターを通してがらんとした空間に響き渡る。
 一拍の間を置いて、祝砲が窓の外から聞こえてきた。


「……終わったか」


 1人、式典の一部始終をミーティングルームで観ていた仁は、自分に言い聞かせるように呟いた。もう暫くすれば鳶がやって来る。

 ……仁がSSに所属してから2年余りが経過していた。
 この日は、国が準独立国として新たな歩みを始めた歴史的な日。SSも正式にスタートし、記念式典で飛行部隊の1、2期が見事な模範飛行を披露した。

 SS総統括長、檜皮。
 SS飛行部隊、総勢105名。飛行部隊統括責任者、白群。部隊長、浅葱。

 『常磐』は前日付で飛行部隊から除隊となった。
 そしてこの後、仁は新設されたSS機材開発部門の責任者に着任する……これは2ヶ月ほど前に檜皮と話して決まった事だ。


[仲間と再会する時は一般人の立場で、というお前の気持ちは分からんでもない。だがSSから去れば身の危険が無くなると言う訳でもないぞ]


 饗庭は随分前に、拘置先で看守の目が離れた隙に自ら命を絶ったと聞かされた。裏で彼の手助けをしていた者も特定され、処分を受けたとも。


[まだ何かあるってぇのか]

[何かどころじゃない。寧ろ不意打ちを喰らう危険性は今までより高くなる]


 檜皮の瞳が鋭さを増した。


[戦後の社会変化に適応出来ずドロップアウトしている元軍人も多い。そうした者達の動向までは把握出来ないのが正直なところだ]

[そりゃそうだろう……]

[その中に饗庭のような者が居ないとも限らん]


 そう返されては何も言えない。顔が強張る。


[……ったく、厄介なこった]


 つい零せば、檜皮の表情が少しだけ和らいだ。


[脅すつもりは無いが、これも現実だ。あの大戦に関わった奴は皆、多かれ少なかれ付き合わされている類の物さ]


 俺も白群もそれなりに苦労してるんだぞと返されれば、頷くしかない。


[分かった。俺もまだくだらねぇ事で死ぬ訳にゃいかねぇ]

[だと有難い。俺としても、親友の辛い顔は見たくない]

[そう言ってもらえるとは、身に余る光栄だ。そうしたら、やっぱりアンタに心配をかけちゃ申し訳無ぇな]

[素直でよろしい]


 その言われように仁は苦笑した。


[全く、アンタには敵わねぇ。それで、俺はどうすりゃ良い?]

[例の航空機メーカーから、お前をアドバイザーとして正式に受け入れたいとの要請があった。お前の発案だから、これは完成まで付き合ってもらうぞ]

[了解]

[で、ついでだから機材開発部門を設置する事にした。責任者はお前だ。現場への往復はOJTも兼ねて、SSの下士官を運転手兼ボディガードとしてつける。工場のセキュリティ強化も約束させた]

[おい、いくら何でもそんな事まで]

[悪いか?お前の無理を聞き入れて除隊にしたんだ、それくらいはさせろ。
 除隊したって今後もお前が大切なOBなのは変わりないんだし、空佐ならリタイア後もそれなりの待遇は保証されて然るべきだ。官舎もこのまま使えよ?折角お前用にカスタマイズしてあるんだからな]


 使えるモノは使っておいたら良いのさ、と檜皮はあっけらかんと言った。


[プライベートでも外出時はボディガードがつく。言っても今ほどベッタリじゃないから、大して窮屈な思いはせずに済む筈だ]


 良いな?と視線で問い掛けられる。彼の厚意に、仁は深々と頭を下げた。


[分かった。有り難く拝命する]

[ああ、それと青褐には今後も週2回、お前の所に顔を出させる。周囲への牽制にもなるからな。彼もお前に相談したい事があるだろう、相手をしてやってくれ]

[……幹部までこんな事に使って大丈夫なのか?]

[“こんな事”じゃない。れっきとした渉外の担当業務だ、気にするな]


 ……聞き慣れた足音がドアの外で近づき、次いでノックが2回。


「開いてる」


 返せば直ぐにドアが開き、鳶が入って来た。真新しい幹部の制服は彼に良く似合っている。


「無事滞りなく終了しました。ありがとうございました」

「ご苦労だったな。アンタ達が頑張ったから、今日まで漕ぎ着けられた」

「いえ、本当に今まで……ありがと……ご……」


 そこまで言うと鳶は絶句した。式典での緊張が一気に解けたのだろう。


「おい泣くな。幹部だろ」

「……はい」

「後で晩餐会にも出るんだろ。幹部が目ぇ腫らしてたらカッコつかねぇぞ」

「分かってますよ。相変わらず容赦無いですね」

「ソイツぁお互い様だろうが。書類は?」

「揃ってます。10分後、裏口に迎えの方が来る手はずになっています。蒼が担当します」

「解った」


 言いつつ立ち上がり、鳶に握手を求める。


「世話になったな。アンタには特に、どれだけ礼を言っても足りねぇ」

「こちらこそ……貴方がいらっしゃらなかったら、この日は来ませんでした」


 差し出された手をしっかりと握り返し、彼は今度こそ感謝の言葉を述べた。


「檜皮とビャクにも宜しく伝えてくれ」

「はい。あ、檜皮が『テストフライトを楽しみにしている』と仰ってました」

「そうだな。上手く行けば3ヶ月後にはテストに入れそうだと報告が来てたんだ。俺も本気で体力つけなきゃならん」

「くれぐれも無理したら駄目ですからね?食事もきちんと摂って下さいよ」


 事細かく仁の体調を気にする口調は、補佐の頃そのままだ。仁の顔が綻ぶ。


「分かってる分かってる。ほら、業務に戻れ」

「はい……ありがとうございました。どうぞお気をつけて!」


 握手していた手が離れる。鳶はそのまま流れる動作で仁にSS式で最敬礼をした。


「ああ。アンタも頑張れよ。またな」


 仁も同じ敬礼を返す。

 新しい時が流れ始めた……ふと、そう感じた。



------ The Day After_了 ------


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