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R_B < Part 6 (8/9) >


「昨夜お前に起こった現象が、実際に統の身に起きた事だと仮定すれば、そこから異世界へ跳ぶきっかけになるものが想像できる」

「フツーじゃねぇレベルの衝撃ってぇ事だよな。高所からの落下とか」

「そう。それが、俺や芥の場合はクラッシュだった。で、お前が」

「至近距離での爆発……成る程ね」


 ひと口飲んだだけのコーヒーはとっくに冷めていた。窓の外からは微かに鳥の囀りが聞こえてくる。


「ったく、過激じゃねぇのが一個も無ぇな。コッチから敢えてその状況を作るにゃ相当な覚悟が要る」

「中止するか?」

「何でだよ」


 敬はあからさまな不快の意を示した。


「お前と鷲からもらったヒントを活かさねぇ手は無ぇ」

「それは頼もしい」


 フッと笑う誠の動きが、どこかぎこちない感じがした。そろそろ休んだ方が良さそうだ。


「長くなっちまって悪かった。寝るか」

「ああ、そうだな」


 照明を落としても室内は然程暗くはならない、既に夜明けが近かった。敬は毛布にくるまりひとつ大きく息を吐くと、誠も眠る体勢に入った事を確かめてから緊張を解く……然程間を置かずにノックの音がした。


「……はい」

「おはようございます」


 朝の定期巡回の声。時計を見れば7時過ぎ。2時間程度は眠ったらしい。


「徹夜ですか?」


 サイドテーブルを一瞥するなり問い質された。
 今朝の担当は潤。不摂生に一番厳しいスタッフだからか、敬とはいまいち相性が悪い。


「いや、そこまでは」

「何時間?」


 間髪入れず、だ。しかも声に棘がある。


「まあ、4〜5時間は寝ましたけど」

「少なすぎます。貴方はともかく、桑染さんは体力も回復途中なんですから」


 潤には彼が誠を振り回しているようにでも見えるのだろう。かと言ってわざわざ説明するのも面倒臭い。ここは素直に謝っておく。


「すいません。以後気をつけます」

「……桑染さんの今日のリハビリは中止します。僕から担当に伝えておくので」


 それだけ言うと誠の体調確認に入った。バイタルを測り、傷の具合を診る……頸のガーゼを剥がすと、潤の顔が曇った。


「此処の傷だけ、治りが悪いですね」


 銃でつけられた、あの傷。


「痛みは?」

「特に無いです」

「本当に?」

「悪化していますか」

「いや、極端に酷くはなってないですが……場所が場所なので」


 うーんと唸りながら、潤は踵を返す。


「先生に報告してきます。蘇芳さんのチェックはまた後で」


 言うなり、彼の姿は部屋から消えた。


「ホントに痛く無ぇのか?」

「ああ」


 不安げに尋ねる敬に、誠は笑って返す。


「それよりも、これで時間が空いた。今日は“式”の設定を考える」

「あんまり無理すンなよ?」

「午前中はしっかり休ませてもらうさ。お前もコンディションを整えておけ」

「おう、モチロン」


--------------


 ラボの手伝いが長引き、この日敬が部屋へ戻って来たのは夕方。
 誠はベッド上で例の黒い機械を弄っている。戻ったぜと声を掛ければ、ちらと視線を向け労いの言葉を寄越した。


「お帰り。今日は長かったな」

「倉庫の片付けがエンドレス。スゲェ研究してるぜ、あのラボ」


 いやぁスゲェわともう一度言い、敬は大きく伸びをするとソファに腰を下ろす。それを見た誠もポータブルの電源を落とし、サイドテーブルに置いた。


「で、どうだ?ソイツの使い心地は」


 朝、潤が戻って来た時に手にしていたヘッドレストの事だ。今は彼の肩から頭の上までを支えていた。


「傷には全く当たらないし、首も疲れにくい気がするから良いんだろう。データの検証作業も楽。数日、これで様子見だ」

「そっか。で?」

「一応、筋道は数パターン考えた」

「さっすが、早ぇや」


 話題は勿論、「式」の事だ。

 

「『結果』の設定は、統が立っていたと言う海岸のヴィジョンから始める」

「始める?」

「最初の足掛かりだ。その海岸は『俺達の世界』の可能性が高いんだろう?だったら一度それで読んでみる。そこから視えた物で使えそうなヴィジョンがあれば、次はそれを『結果』として設定する。基本的にはその繰り返し」

「ちょ、繰り返しって、まさか1回視る度に“戻ってくる”のか?」

「そうだ」

「えー」


 敬はふくれっ面で目一杯の抗議に出た。


「面倒クセェな。入ったらそのまま何通りか試しゃ良いじゃん」

「不可能とは言わない。ただそうなると、俺もトランス状態に入る必要がある」

「よっしゃソレやろうぜ」

「駄目だ」


 身を乗り出した敬をジロリと睨む。


「今更の話だが、戦果予測の先読みは『安全性だけは』高かった。お前も言ってた通り“現在”から“未来”へ順を追って読むだけだからな。この前やったと言う先読みの検証も、当時の追体験だから流れの向きは同じ。
 だが“式”の入れ替えは“未来”から“現在”へと時間を逆行させる事になる」

「けどその話から行くと、こないだお前のトランス状態を解いた時は俺1人でも逆行したって事だろ。アレとあんま変わんねぇじゃねぇか」

「大違いだ」


 誠は大きく溜息をついた。


「あの時の俺達は同じ“この空間”に居た。そしてお前は“この空間”で起きた現象について読んだだけだし、逆行した時間も僅か数分。赭も同席していたから万が一の対応も可能だった」

「で、2人一緒だと何が困るのさ?」

「何かあった時に戻れなくなる危険性がある。
 今回やろうとしている読みは、二つの異空間を移動する形になる。この前のが数10センチの小川を飛び越えるレベルだとしたら、これは底無しのクレバスに渡した細い梯子を命綱無しで渡るようなものだ。
 俺が起きていればお前の命綱を掴んでいられるが、2人で逆行してる最中に道を踏み外せば修正の効かせようがない」


 ここへ来て漸く、敬が真顔になる。


「……修正が効かねぇってのは?」

「そのままの意味だ。最悪の場合は恐らく、意識だけが異空間でロストする。それも別々の世界でな」

「げ」

「お前のレベルがもっと上がればそうした危険性も減るだろうが、今の段階ではそこまでのリスクは取れない」

「くっそぅ……」


 何も言い返せず、敬はギリギリと歯噛みした。
 それでも諦めきれないらしい。珍しく必死に食い下がる。


「……お前の代わりにココでウォッチしてくれるヤツがいれば?」

「それなら出来ない事もないだろう。但し万が一の場合を考えると、急変対応が出来る人物が最低限の条件だ。だが、その人に異次元の話を受け入れてもらえなければ何も始まらないぞ」

「そっかぁ……そうだなぁー。良いアイデアだと思ったんだけどなー」


 此処でそんな条件を満たす人物は赭ぐらいしか思いつかないが、本業で忙しい彼に自分達の都合でこれ以上手間を取らせてしまうのは流石に心苦しい。

 室内に静寂が戻った……と、小さくドアがノックされる音。


「どうぞ」


 直ぐにドアが開く。葵だ。両手には夕食のトレイ。


「あ、悪ぃ。晩メシ忘れてた!」


 敬は慌てて葵の元へ駆け寄り、トレイを受け取った。


「大丈夫です。丁度配膳時間だったので、ついでです」

「サンキュ。ついでって、俺達に何か?」


 敬の問いに、彼女はいつもの控え目な笑顔を見せる。


「来週には入学の手続きで向こうへ行くので、少し早いんですけどご挨拶に」

「そっか。いよいよだな」

「はい」

「そう言えば、大学は外国だって言ってたよね?」

「ええ。10日後には授業が始まるので、来週行ったらそのまま寮に入るんです。その後は、休暇で戻れるのが早くても1年後で……」


 そうして自分は、また“彼ら”の為に何ひとつ出来ないまま終わるのだろうか。
 見送る事も叶わず、別れの挨拶すら無く。


「……あの、」


 少しの躊躇いの後、彼女は思い切って口を開いた。


「渡航準備は大体終わってるので、今週は時間が空いてて……その間に、何か私がお手伝い出来る事ってありませんか?」


--------------


「こんにちは」


 2日後の夕方、葵は再び彼等の部屋を訪れた。


「こんにちは。来てくれてありがとう、今日はよろしく」

「こちらこそ、お手伝い出来て嬉しいです。よろしくお願いします……蘇芳さんは、まだラボに?」

「いや、食堂に行ってるんだ。夕食を早めてもらったから」

「そうなんですね。お茶淹れましょうか」


 持参した自分の夕食を脇のテーブルに置き、彼女はミニキッチンでお湯を沸かす……扇が此処に居た時も、こうした光景が繰り返されたのだろう。


「……扇は何か、好きだった飲み物とかあるのかな」

「一番好きだったのは紅茶ですね。今ありますよ、飲まれますか?」

「ありがとう」


 一種の願掛けだった。扇の後押しも貰えたら有難い……こんな事をするようになったとは自分も随分変わったものだと、誠は一人そっと笑う。


「お、もう来てくれたんだ」


 敬が食事を手に戻ってきた。


「こんにちは。紅茶淹れてますけど、いかがですか?」

「サンキュ。たまにはソレも良いなぁ」


 『ちょっと悪ぃ』とトレイを誠のオーバーテーブルに2つとも置くと、脇のテーブルやソファの位置を整える。


「こんなモンか?」

「ああ。始める前にソファの向きだけ変えたら良いだろう」


 今、2人のベッドは頭側が近づくようV字型に置かれていた。葵がトランス状態に入った彼等のモニタリングをしやすいと判断しての事だ。


「そしたら、食いながらやっちまうか?ミーティング」

「そうだな。葵さんもそれで良い?」

「勿論です。お願いします」


+++++++++++++++++++++++


[……何か私がお手伝い出来る事ってありませんか?]


 彼女の申し出は渡りに船だった。何よりも2人の立場を理解してくれているし、医療の心得もある。


[え、マジで?]

[はい、是非。私で良いなら何でもします]

[ソイツぁ有難ぇ!じゃあ……]

[その前に確認させてくれるかな]


 一気にテンションが上がる敬を片手で制しながら、誠は慎重に話を進める。


[確かに、君だからお願いしたいと言う事はある。けど、夕方以降でも大丈夫?下手をすると夜中近くまでかかるかもしれない]

[問題ありません。今はこの病院の関係者扱いになっているので、スタッフルームで泊まれますし]

[有り難いよ。あと、もう一つ聞きたいんだけど……君は催眠とか暗示と言ったものに拒否感とか嫌悪感は]

[特に無いです。私自身は何も出来ないですけど、扇がよく話してくれたんです。催眠って、心理療法やカウンセリングとは違うんですよね?]

〈……大丈夫、彼女なら出来ます。どうかやらせてあげて……〉


 彼女の言葉に一瞬、扇の声が重なった気がした。それは敬も同じだったらしい。
 2人の視線が合い、小さく頷く。


[確かに“催眠イコール心理療法”ではないね。これはあくまで一つの手段。だから、使い方次第で色々な事が出来るんだよ。
 実は今回、催眠を使って試したい事が出て来たんだ。ただ今までと全く違う形でやるから、他の誰かに立ち会ってもらった方が良いって話してたところで……]


 葵は真っ直ぐな瞳で彼の話を聞く。敬の能力、誠の催眠技術で出来る事……時折、その内容に驚く事はあっても拒否や嫌悪感を示す様子は無かった。


[……だから今回は2人揃って催眠状態に入る計画なんだけど、僕達もこれは初めてのパターン。正直言って僕自身も少し不安がある]

[と言う事は、桑染さんは今まで経験されてきた以上の深い催眠状態に入るんですね?蘇芳さんと同時に]


 彼女は誠の話を理解してくれている。この言葉だけで分かる。


[その通り。そこで君にお願いしたい事は二つ。一つ目は催眠導入時と解除時の補助。二つ目は、催眠に入っている間の僕達のモニタリング]

[え、催眠って私でも出来るんですか?]

[導入と解除なら、基本的に特別な技術は要らないんだよ]

[……ちょっと意外でした]


 くるりと瞳を瞬かせ、葵は少しだけ安堵したように笑った。その様子を見て誠も笑顔を見せながら、出来る限り彼女が負担を感じないように言葉を選びながら説明を続ける。


[あと、これは念の為の話だけど……途中で何かあった時には僕だけでも確実に覚醒出来るようにしたい。その際は僕の手助けをしてほしいんだ]

[だからモニタリングも必要だと。桑染さんの覚醒を優先するんですね?]

[2人一緒は流石にちょっと大変だからね。その後に僕が敬を起こすから大丈夫]

[あと、何かの時と言うのはどう判断すれば?]

[脈や呼吸に変化が出るんだ。看護師になる君なら直ぐ分かる基準さ]


 葵が大きく頷いた。


[分かりました。また教えて下さい]

[うん。手順と合わせて、当日伝えるようにする。途中で何も問題が無ければ、一定時間が経ったところで僕達の催眠を解いてもらって、それで終了になる]

[はい]

[そうしたら……明後日の夕方、今ぐらいの時間からでも良いかな?]

[勿論です。よろしくお願いします]


+++++++++++++++++++++++


 夕食後に小休憩を挟んでから、2人はそれぞれのベッドに横たわり目を閉じた。

 打ち合わせ通りに導入の手順を進めれば、程なく葵の声は彼方へと消え、入れ替わるように波の音が2人に近づいて来た。
 音に吸い寄せられるように移動する……やがて夕焼けに染まる海が2人の視界に広がった。


〈間違い無ぇな。こないだ視た海岸だ〉


 敬の“意識”が呟いた。


〈統は?〉

〈ちっと待ってくれよ……アレだ。1時の方向〉


 彼が何方を向いているのかは判らなかったが、声と同時にグイと強制的に向きを変えられる感覚を受ける。
 果たして夕焼け色の先、小さく見える人影を誠も認めた。


〈よし、この時点を『結果』として設定しよう。『現況』は、統が“この空間”に現れた時〉

〈了解。一発目、やってみるぜ〉


 直ぐに、敬が先読みに入る気配が伝わってくる。暫く待っていると、あたかも映像を早戻しするかのように統が近づいてきた。そのまま2人の目の前を通り過ぎ、波打ち際で膝をつき、うつ伏せの体勢になる。

 そして彼の姿は宙に浮き一瞬で消えた。


〈……マジか〉


 少しの静寂の後に、呆けたような敬の声。


〈こんな風に視えるんだな。なかなかじゃないか〉

〈いや、違う。ここまでクリアなのは初めてだ〉


 誠が先読みのヴィジョンを実際に目にするのはこれが初めてだったと気付いた敬は、彼の感想を慌てて訂正した。


〈いつもはココまで流れが無ぇって言うか、もっと断片的なんだ。リバースモードも初。俺の方がびっくりしてらぁ〉

〈なら、読みが今までよりレベルアップしているのかもしれない〉

〈確かにメチャメチャ視えやすい。お前が一緒に居るせいかも。分かんねぇけど〉

〈それなら尚更、此処で成果を上げておきたいところだな〉


 この調子だと、最初に想定していたよりも多くの事が分かるかもしれない。だが統が消えた“その先”まで辿るのは、やはり危険な気がした。


〈よし、次だ。この場所を特定する……“上がる”ぞ。はぐれるなよ〉

〈了解!〉


 身体が無ければ移動も自由。互いの気配を感じ取れる距離感を保ちながら、2人は一気に上空へ飛んだ。
 やがて見えてきたのは、見覚えのある海岸線。
 芥達と飛び立った時に見た、あのルートだ。


〈コレ、基地からそんな遠くねぇよな?〉


 敬も直ぐに気づいた。


〈ああ。間違い無さそうだ〉


 此処が、目的地。
 自分達が戻るべき世界。


〈いやー惜しい!このまま身体を持って来れたら話が早ぇのに!〉

〈無茶言うな〉


 敬の言い草についつい苦笑する。


〈素直な感想を言ったまで。じゃあそろそろ2回目〉

〈さっきより難しい設定になるぞ〉

〈おう。『結果』はココで良いよな?〉

〈ああ。俺達がこの海岸に立っているイメージを『結果』に。『現況』は、赭と葵の居る世界から跳ぶ直前のイメージで〉

〈直前かぁ。どっから跳ぶかね?〉

〈それが難しい。お前が決めてくれ〉


 は?と間の抜けた敬の声が辺りに木霊した……ような気がする。


〈ココでまさかの丸投げ?〉

〈そうじゃない、聞け。先日言った通り、この読みで俺達は本当に、意識だけで異空間を往復する事になる。道を踏み外さず行き来出来るかどうかは、お前がどれだけ明瞭で強いヴィジョンを持てるかにかかってくる筈だ〉

〈それなら俺達が実際に見た事のある場所の方が良い〉

〈だが俺は未だ最初の病室と扇の部屋しか知らない。お前の方が知っている場所は多い。だから、お前に決めてもらいたい〉

〈そー言う事ならしゃーないな……やっぱ、どっか高ぇトコのが良いんかなぁ〉


 確かに誠よりは出歩いているが、敬も病院の敷地から出た事は無い。イメージ出来る場所は限られていた。一番使えそうなのは、あの屋上ぐらいか……。


(……いや、もう一つある)


 不意に思い出した。この奇妙な“旅”が始まった場所を。


〈誠、もう一回確認。ホントに俺が設定して良いんだな?〉

〈ああ、任せる〉 


--------------


「……大丈夫ですか?」


 葵の声が聞こえ、次いで己が掌に温かさが戻る。催眠の間、彼女は2人の手を握ってくれていた。


「大丈夫。ありがとう」

「バッチリ覚めたぜ。上手いモンだ」

「あー、良かった……」


 2人が覚醒した事を確認し、葵は手を離した。表情が緩む。


「僕達に何か変化はあった?」

「そうですね、最後の5分くらいで、桑染さんの呼吸に少しだけ乱れが。蘇芳さんは安定していました」

「分かった。ありがとう」

「まだ横になられてますか?」

「そうだね。10分ぐらいは」

「ゆっくりして下さい。その間にお茶の用意をしますね」


 彼女がミニキッチンへ向かうのを確認すると、敬は誠にだけ聞こえるレベルの声量で話しかけた。


「ありゃ流石におかしい。異常だ。お前が読みを妨害するなんて思わねぇけどよ。
 それに意識だけで呼吸苦を起こすなんてアリか?あと1分でもあの状態が続いたら強制覚醒だったぞ」

「……悪かった」

「謝る必要なんて無ぇ。けど、ありゃぁ一体……」


 ……扇が乗っていたヘリが墜落した森、即ち2人が発見された場所を敬は『現況』に設定して読みに入った。
 しかし直ぐに不可解な現象が起き始めたのだ。最初は早回りを始めたヴィジョンがノイズに覆われたため中断。2回目と、続く3回目は共に誠が自分の近くから“引き剥がされる”感覚を受けた。いずれも即座に読みを止めて“あの海岸”まで戻ったので最悪の事態は逃れたが、3度目の読みを中断した後、今度は誠が息苦しさを訴え始めた。
 その直後に打ち合わせていた覚醒時間が来たのは幸いだったと言えよう。


「どー言う事なんだろなぁ……」


 誰に言うともなく敬は呟き、ふと誠の方へ視線を巡らす。
 彼は未だ先程の感覚の余韻が残っているようだった。ゆっくりと、どこか怠そうに自分の右手を頸に当てる……その仕草で、敬はまさかと思った。


「誠」

「……どうした」

「さっきのお前の息苦しさってさ、病的な呼吸困難って言うよりも誰かに首を絞められるような感覚だったか?もしかして」


 突然の問いに動きが止まり、誠はふむと考え込む。


「言われてみればそんな気もする。気道が押し潰されると言うか……」

「あと一つ。キツい事聞いて悪ぃけど……それ、背後からじゃね?」


 言った瞬間、彼の全身が小さく震えるのを敬は見逃さなかった。


「そー言う事か。どんだけシツコイんだ、あの粘着野郎!」

「粘着?何の事だ」


 いきなり怒り出す彼を訝しむ。誠は我が身が起こした変化に気付いていない。


「黄丹だ!アイツが邪魔してやがる……ったく、マジ面倒臭ぇヤツだぜ!」


 敬の勢いは収まらない。声を荒らげ、彼はがばと跳ね起きた。


>>>Part6(9/9)


20230617

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