R_B < Part 4 (6.5/7) >
軽いプロペラ音が何処からともなく響いて来た。
「珍しいな。民間機か」
「……ああ、今日からだったな」
「何が」
「遊覧飛行さ、一ヶ月間限定の」
鳶が伝えてただろ?とビャクが笑った……そう言や一般向けのPRとサービスを兼ねて、オープン前に何かするとか言ってたな。
「此処を上空から眺めるコース、結構な人気らしいぜ。敷地内の見学が出来るオプションコースも、日に8組ある」
「気前の良いこった」
天気は快晴。風もやや強い程度だ。それでもあのクラスだと横風を受ければ簡単にあおられる。
まあ、その程度でどうという事も無ぇんだが。
「飛んでるってより遊んでるみてぇだな」
「だから遊覧飛行なんだろ」
「違い無ぇ」
開港前の、SS飛行隊専用の空港。民間機が此処に発着出来るのは今だけだ。そんな『期間限定』が人々の好奇心を弥が上にもかき立てるんだろう。
「ほら見ろよ、常盤」
ビャクが指差す方を見れば、目の前に相次いでふわふわと3機が降りて来たところだった。小さいタラップを降りる客の数は多くはないが、機体のサイズを考えれば、どれも定員いっぱいに違い無ぇ。
降りるなり歓声が響き始めた。早速写真を撮るヤツも居る。と、格納庫の周辺が一際賑やかになった。特に女性の声。
見れば其処には鳶と木欄。
「あいつ等に案内役を任せた。人当たりも良いしな」
「ベストの人選だ。ずっとアイツ等が案内するのか?」
「言っても1回30分で、日に2〜3回だけだ。良い気晴らしってトコだろ」
この件は木欄が中心になって調整をしたとビャクが教えてくれた。アイツもいっぱしの中堅どころになったって事だ。
「そう言や、あんたはああいうのに乗った事は?」
突然何を思ったか、ビャクが小型機を指差して俺に聞いてきた。
「ソイツぁ、プロペラ機って意味か?」
「それも含めて、だな。小型の民間機」
「どうかな……覚えてねぇよ」
留学の時に使ったのは国際線だから、それなりに大型のヤツだったし。
「そっか。なら折角だ、乗ってみようぜ」
「……あれに?」
「何事も経験さ」
「操縦は?」
「俺」
「出来るのか」
ワザと言ってやれば、ビャクは大袈裟に顔をしかめてフンと鼻を鳴らす。
「あのクラスならおもちゃみたいなもんだ、目ぇ瞑ってたって行ける」
「似合わねぇな」
「言ってろ」
またも鼻息荒く返される。が、その口元は明らかに笑みを形作っていた。俺が既に興味津々なのはバレバレだ。
「ま、機会があれば頼むぜ」
「よし、そしたら待ってろ」
「え……おい、ビャク!」
俺が問い返す間もあらばこそ。ビャクは客の戻り待ちで手持ち無沙汰にしているパイロットの所へ駆けて行き何やら話し始めた。するとパイロットは慌てて通信機を取り出し彼に渡す。
誰と話してんだと眺めていたら、暫くして『明朝、5時30分』とわざわざ手信号で伝えて来た。
「もう手配しちまったのかよ」
相変わらずの、有り余る行動力。しょうがねぇなあ。
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翌朝。指定された時間に空港へ行ってみれば、駐機エプロンでは既に軽いエンジン音が響いていた。
「よう、来たな」
「これか?手配したってぇのは」
「あぁ、登録されてる中で最も古い型だそうだ」
確かに昨日のヤツよりも古い。
「よくこんなのが残ってたな」
「折角なら徹底しないと面白くないさ」
言うとビャクはさっさと乗り込み、『ほい』と俺に手を差し出して来た。掴めば軽々と引き上げられる、2歩も上がればもうシートだ。
うわ狭ぇ。
「凄ぇレトロ」
エンジン付き飛行機の初期型だ。恐らく航空ショーでも見れるかどうかの代物。
「最高時速が100km/hだそうだぜ?」
「何とまあ」
エンジンは懐かしのレシプロで、俺達からしたら本当に玩具のような機体。計器や操作ボタンも到ってシンプル。
だが逆に言えば、これだけあれば飛べるという事。
「準備良いか?」
「ああ」
「それじゃ、野郎二人で夜明けの海でも眺めるとしますか」
「爽やかさの欠片も無ぇな」
「今日はお試しだからな、我慢しろ」
狭い機内だから俺の手は容易に彼に届く。頭を小突いてやれば、彼は軽く笑って機体を滑走路に移動させ始めた。
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朝靄が晴れて行く中、小型機はのんびりと地上を後にした。
東の空は夜明けが始まっている。闇は薄れ、名残惜し気に瞬く1等星に黎明が見る間に覆い被さって行った。
プロペラの回転音、パタパタというエンジンの軽い音。そして時折、それらよりは幾らか鋭く、機体が風を切る音が直に耳に届く。
視覚、聴覚、皮膚感覚……あらゆる感覚がダイレクトに外界とリンクする有視界飛行。
「徹底的にアナログってのも気持ち良いモンだな」
「はは、あんたらしい」
「やたら人間臭ぇし」
「そうだな、人間が作ったモンだから人間臭くて正解だ」
ウンウンと頷く……そして一呼吸置くと、彼は珍しく問わず語りを始めた。
「……当然だが、SSの戦闘機の飛行速度は国内最速だ。俺は、その速さに身を置くのを面白いと感じる人間なんだ。テストパイロットを事あるごとに志願してたのも、またと無い機会だったからさ」
「速さと肉体の限界に挑めるチャンス、か」
「ああ」
「だがその大半は機体の性能にかかってる。“人間の能力”なんて微々たるモンだ」
「分かってる」
小さく溜息。
「だからだろうな、操ってるのは“俺”なのに、何処かで自分自身が機体の部品になっちまうような……孤独感みたいなのに襲われる事がよくあった。変な話だがな」
「何も変じゃねぇさ。そもそも人間は空を飛ぶようには出来てねぇ」
「けど……それでも昔から空に憧れてたんだよな、人間ってのは」
何処かうっとりとした口調で彼は話す。視線は前に向けたまま。
「勿論そこからが人間の凄いとこだ、ってのも認めてるぜ。憧れて、飛びたいと思う気持ちが智恵を出す。飛ぶ為の道具を発明しちまう。
意思を具現化する力が半端無い。こんな小さな機体が初めて飛んだ時に人々がどんなに熱狂したか、想像するだけでゾクゾクする」
「0を1にしてきたヤツの努力と熱意は、確かにとんでもねぇパワーだ」
「そして今は音速超え。人ってのは、その気になったらいずれ光速も時間も、もしかしたら空間だって超えていくのかもな……まあ俺としちゃ、あんたがそれをやったとしても驚かないが」
……ビャクには何も話してねぇ。鳶も“俺の事”は極秘にしてくれていると分かってる。それでも、続く言葉に俺の鼓動は跳ねた。
「先ずは仲間と再会する事だな。いずれ叶うさ」
「……そんな風に思ってくれてたとは、な」
「待ってるんだろ?諦めんじゃないぞ」
今も“事実”は何も話してねぇ、それは申し訳無ぇと思っている。それでも彼なりに、目には見えねぇ“何か”を感じているんだろう。
コイツはずっと、俺を信頼してくれている。そして31の絆みてぇなモンも、全員の無事も、信じてくれている……そうと分かっただけで、すっと肩が楽になった。
そうか。俺はあの時からずっと、気を張り詰めたままだったんだ。
「勿論だ……ありがとよ」
これ迄の反動か、不覚にも涙腺まで緩みそうになる。其れを知られたくなくて、俺は暫く黙って外を眺めた。
やがて、陽光が一足先に雲を照らし出す様が視界いっぱいに開ける。
見事な朝焼けだ。そして空と海との境界線が一条の金色で分たれたかと思えば早春の光が双方に満ち、海面は見る間に金色の絨毯へと変わっていった。
「おめでとさん。一足先に、お天道さんのお祝いだな」
「は?」
唐突な祝いの言葉に固まる俺を見て、ビャクは喉だけで笑う。
「誕生日。あんた忘れてるだろ」
言われてみれば、確かにそうだ。
「あー、綺麗さっぱり忘れてた」
「救いようがねえなあ。相変わらずテメェの事には無頓着な奴だぜ」
あーあ、と彼は大袈裟に溜息をついて見せると『あのな』と続けた。
「彼奴等には黙ってろって言われたが、このままじゃ皆が不憫だから先に言っとく。今日は夜になったら宴会だぜ」
「……それでか」
昨日鳶が俺のスケジュールを知らせてくれた時、確かに違和感があった。今日だけポッカリと半日オフになってたから。
SSの正式発足に向けての準備も大詰めのこの時期にと問い質したら『だから少しでも体を休める時間を入れておかないと』と返され、粘れば暗に1期の頃の失態を持ち出されて、とうとう俺は全面降伏した。
自己管理についちゃ、今後もずっとアイツには頭が上がらねぇ。
「正式にSSの活動が始まれば、全員でバカやれる機会なんて無いからな。何もかもひっくるめて一発ぶちかまそうって事だ。主賓は勿論、あんただぜ」
「こいつぁ寝させて貰えそうに無ぇな」
誕生祝いなんてガキの頃以来だ、流石に照れ臭ぇ。苦笑いで誤魔化そうとしたが、ビャクはいきなり真面目に釘を刺してきた。
「おい、間違えるなよ?皆、本当に祝ってやりたくてうずうずしてんだ。
あんたの過去は知る由もない。記憶の事だって、俺達はあんたに何もしてやれない。それをもどかしく思ってる奴は少なくないだろうさ」
「……そうだな。アンタらには今も心配かけちまって」
「だがそれ以上に、あんたと“今”を共有出来る事が皆、本当に嬉しいんだ。其処を間違うな。彼奴等の気持ちだけは、どうか受け取ってやってくれ」
気持ちが、暖かい。柔らかな、言葉にならない何かで全身が満たされたような心持ち。ふわふわと身体が揺れるのは、このフライトのせいだけじゃ無ぇ。
「……了解した」
「しっかり祝ってもらえよ」
「ああ」
「よし。そうしたら俺からは」
操縦桿をぺちぺち叩きながら、悪戯っぽくニッと笑う。
「これ。誕生祝いな」
「おい、まさか」
プレゼント、って……。
「何だ」
「これって、コレか?」
「これだ。流石にこれ本体じゃないが、設計図は残ってるからちゃんと造れるとさ。実はもう発注済み。定員は4名にするし、あんた仕様に改良もする。半年後には納品予定だ。ちと遅くなるが待ってろよ」
て事ぁ、昨日フライトの予約と同時に発注したのかよ。
「マジか」
「良いだろ?どうせこんな事は後にも先にも一度きりだ……ま、今の内に」
という事は。
「聞いたのか」
「ああ、檜皮からな」
SSが正式にスタートしたら俺は抜ける。そう希望した事を。
「他のメンバーは」
「これこそ未だ誰も知らないさ、安心しろ。だがあんたから飛ぶ事そのものを奪ったら、あんたはマトモじゃいられない」
「クソ……違い無ぇ」
「だろ?だからたまには空に戻って来い。仲間が揃えば一緒に、だ。その為に4人乗り設計にしたんだぞ。勿論全員フリーパスだから、いつ来たって構わないぜ」
「ビャク」
「あんたは他にやるべき事がある、其れを実現させろ。俺も楽しみにしてる」
言ってから、彼は機首を飛行場に向けた。
「さて、またキリキリ働くか」
「そうだな」
「夜は宴会だし」
「そうだな」
「マジ知らない振りしといてくれよ。でないと俺がドヤされる」
「了解だ」
互いに顔を見合わせ、それから俺達は腹を抱えて笑った。
「よし、帰投!」
のんびりと、今飛んできたルートを戻る。眼下には朝日を受けて輝く山と、人々の住む街並み。そして目を上げれば、西の空に下弦の月。
今日も、良い日になりそうだ。
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