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R_B < Part 4 (3/7) >


 飛行部隊での初日、仁は顔合わせもそこそこに1期メンバー10人のフライトをチェックした。


「なかなかの精鋭揃いじゃねぇか。俺の出番なんて無ぇぞ」


 チェック後、白群と遅めのランチを摂りながら素直な感想を述べると、彼は聞くなり渋い顔をする。


「何言ってんだ、大アリだぜ。確かに技術は悪かないが、どいつも機体の性能に頼りすぎる傾向がある。メカが進歩して、それなら人間も同じだけ進化したかと問えば答えは“ノー”だ。機械に人間が支配されたら終わりだからな」

「流石、手厳しいな……言いたい事は解るが」


 仁と白群の相性が良いのは、この辺りの認識が基本的に同じと言う事もあるだろう。その先の方法論に若干の違いはあるとしても。


「まあ、この後は部隊長さんのデモフライトもあるワケだし。お手並み拝見だ」

「おぅ、任せとけ」


 そしてピンと立てた人差し指を仁に突きつけ、続けた。


「それと、明日はあんたもな」

「俺にデモをしろってんのか?」

「いくら俺でもそんな無茶は言わないさ。先に空の感覚を戻さないと面白くないだろ?俺が乗せてやる」

「……成る程」


 仁の口元が綻ぶ。


「飛ぶのは問題無しなんだな?」

「おう。安心しろ、ちゃんと医者に確認も取った。通常飛行なら大丈夫だと」

「なら後でしっかりイメトレさせて貰うか」


 そこへ鳶がやって来た。白群が隣へ座れと手招きする。


「お疲れさん、鳶。メシ済んだか」

「はい」

「どんな様子だった?あいつら」


 1期メンバーの事だ。


「ざわついてますよ。ビッグネームとの初顔合わせで、さあどんな人だろうと思っていたら速攻フライトチェックされてびびっている、といったところです」

「びびってる?」

「技術の低い者は外されるとか、降格処分が待ってるんじゃないか、とか」

「何でそうなるんだ……」


 がっくりと肩を落とす白群を見て、仁はニヤニヤと笑った。


「良い教育してるじゃねぇか。危機管理はバッチリだ」

「嫌味だねぇ」

「自信過剰よりは良いのでは?」

「モノには程度ってのがあるだろう」


 鳶に慰めとも追い打ちともつかぬフォローを入れられ、白群は大袈裟にむくれてみせた。


「とにかく、上には上があるって事ぁ解ってるわけだ。ビャクとのレベル差も、日頃からイヤって程実感してんだろう。今はそれぐらいで丁度良い」

「指導官の仰せの侭に」

「どのみち一人ひとりの絶対レベルを上げていくのは永遠の課題だし」

「そりゃ当然なんだが、ある程度は粒も揃えないと編隊飛行で苦労する。その辺りを両立出来る奴等がどれだけいるかだな」


 今の彼が一番、拘っている部分だ。つい浮かない表情になる。
 対して、仁は涼しい顔。


「養成上がりは皆が同じ基礎を叩き込まれてる、この場合はそれがプラスに働く。後は鳶がやってくれる」

「……自分が、ですか?」

「アンタなら出来る。別に今すぐやれって言うんじゃねぇ。他に支障が出ない範囲でと言う制約はつくが、出来る限り1期の飛行訓練に参加してこい。その中でアイツらの相性を見極めて行ってくれりゃ良い」


 技術面は、白群と自分。メンバーと交流を持ちながら、特徴や性格を見てまとめて行くのが鳶。


「成る程、そう言う役割分担か。頼りにしてるぜ、鳶」


 白群が鳶の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。


「折角だから、後でお前のフライトも常盤に見せてやれ。イイ線行ってるぜ、こいつも」

「そうだな、一度見ておきたいもんだ」

「えー……」


 珍しく弱々しい反論の声を上げる鳶に、ここぞとばかり白群が『大丈夫、降格処分になんかしないさ』と混ぜ返せば、仁は耐えきれずに爆笑した。


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 午後、初めて目にした白群のフライトは圧巻だった。確かにこれを見た後では、誰のを見ても未熟と感じてしまう。


「白群は“鋭さ”だと思うんです」


 隣に控えている鳶が感想を述べた。次は自分の番だと言うのに、まだ準備に入ろうとしない。


「スピードや正確さとはまた違う部分です。貴方が“柔”であるなら、白群は“剛”。好対照だと言うのが、最初の印象でした」

「成る程」


 “剛”とは言っても、無駄な重さは無い。限界まで薄く研がれた硬質の刃が、音もなく対象物を切り裂くという感じだろうか……確かに、自分には無いものだ。


「おまけに腹が立つほど冷静だ。迷いが無ぇ」

「硬質であっても強引ではないですよね」

「テストパイロットでもトップだったってのも肯ける。やっぱり違うモンだ……」


 語尾は轟音にかき消された。ふと横を見れば、鳶が白群の機体を食い入るように見つめている。


(……良い目をしてるな)


 恐らく彼も、空に魅入られた1人……白群と鳶が組んでいけば、この飛行部隊は他国に引けを取らないものになる。どこまで上を目指せるか、も楽しみだ。


「……ついて行くほうは大変だがな」

「え?」


 思わず滑り出た言葉に反応した鳶が、ひょいと首を巡らせる。


「いや、何でも無ぇ。それよりいい加減、スタンバイしろ」

「あ、はい!」


 背中を平手で一発叩いて気合いを入れてやればゲホッと軽く噎せて、鳶は自分用の機体に向かって走りだした。


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 鳶のフライトが終了してからは、改めて全員でミーティング。初日という事もあり、仁は細かい事には敢えて言及せず部隊全体としての目標を提示した。
 要求されたレベルの高さに緊張の色を強くする10人だったが、『鳶も訓練に加わる』と言った途端、場の空気が少しだけ和む。


「ですが、補佐官もご多忙なのでは……?」


 浅葱と呼ばれていたメンバーが遠慮がちに質問した。鳶はニッコリ笑って返答する。


「訓練を通して飛行部隊の現場を知る事も、補佐として大切な仕事。それに、自分も少しでも腕を磨きたいんです。皆さんには遠く及びませんが……」

「い、いえ!そんな!あの……ご指導よろしくお願いします!」


 浅葱は慌てて姿勢を正し、残る9人も急いで起立すると彼に倣った。笑顔を見せている者もいる。
 昼に食事を共にしただけで、この懐かれよう。大したものだ。


「これなら俺、かなりラク出来そうじゃねぇか?」


 隣でこっそり笑っていた白群に耳打ちすれば『天然ってのはつくづく最強だぜ』と返ってきた。


「そしたら、今日はこれくらいにするか」


 白群が立ち上がり、一旦終了を告げる。


「指導官とのミーティングはここまで。この後、明日以降の予定を通達するので暫く残るように。敬礼!」


 仁が立ち上がるのに合わせて白群が号令をかけた。
 メンバーに挨拶を返し、彼は鳶とミーティングルームを出る。


「お疲れ様でした」


 ドアが閉まり、数歩歩き出したところで鳶が労いの言葉をかけた。


「アンタもな」

「このまま報告に?」

「ああ。檜皮のトコに行く」

「休憩は宜しいですか?」

「要らない。寧ろ座り通しで疲れた。ミーティングは昔から苦手の部類だ」

「そのようですね」


 鳶も同意を示すように軽く笑った。すっかり補佐役が板に付いている。


(そう言や、俺もコイツに馴染んだな……未だ3日目だってのに)


 人見知りをする仁に対して、敬は『人付き合いを面倒くさがる』だの『警戒心の塊』だのと言いたい放題だった。しかし鳶に対しては、確かにそれが無い。


(確かに、俺にしちゃ珍しい)


 彼が人に警戒心を起こさせにくいのは、その物腰の柔らかさと豊かに見える表情のせいかもしれない。彼自身も、相手が自分の懐に入ってくるのを咎めない。が、だからと言って脇が甘い訳でもない。

 白群の『天然は最強だ』の一言を思い出し、それも良いかと内心で独りごちた。
 彼は信頼出来る。その認識は少しも揺るがない。

 それは仁にとって、想像以上に安心感を与えてくれるものだった。


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 翌日は午後から演習場へ顔を出した。1期メンバーは、朝から自主トレや整備で既にしっかり汗を流している。


「ここでバトンタッチだな」


 白群が左手を上げ、鳶が応じる。パン、と2人の掌が小気味良い音を立てた。


「先に整備チェックをしてくれ。不足やミスがあれば容赦無く言ってやれよ」

「解りました」

「その後は木欄と組んで飛んでこい。訓練中は浅葱の指示に従え」

「はい」


 鳶は踵を返した。これから午後いっぱい、彼は1期メンバーとの訓練に入る。


[……あんたのフライトを見れる日が楽しみだ]


 白群がそう言って笑ったのは昨日、鳶のフライトの最中だった。


[鳶からさんざん聞かされてはいるが、俺は未だ見た事が無いからな。確かに、あいつのは独特だ。だから余計に“手本”が気になってる]

[確かに、俺を手本にしてたそうだが]

[あいつが言ってた通りなら、同じ系統だろうよ]

[そうか]

[ただ、あれで皆と一緒にってのは結構厳しい……]

[アイツ自身が望んでる事だ。言ったからには努力は惜しまねぇさ]

[根本が違う分、キツいぞ?]

[違っている方が良い。幹部になりゃあ、現場トップのアンタと対等にやり合う事になる。アンタと俺、両方の特性やスタンスを理解した上でアンタと議論できれば、少しは指導の幅も広がる。それがSS全体の為にもなりゃ御の字だ]

[あいつ自身の守備範囲を広げるのが狙いか]

[それが第一。ついでにフライトテクも上がりゃあ良しって事だ……結果的にだが、鳶があの程度で良かった]


 着陸態勢に入った鳶の機体を見遣り、仁は言葉を続けた。


[俺がベースにあると言っても、それで凝り固まってる訳でも無ぇ。寧ろ殆ど真っ新だ。あれならどんな方向にも変化していける]

[1期は俺の方針でガチガチだがな]

[アイツらは今後SSの中核になる。アンタが手本で正解だ]

[だが俺にも弱点はある]


 その点は、これまでに何度も2人の間で話題に上ってきた。


[人間だから仕方無ぇさ。アンタと俺では全くフライトの方向性が違うってのも解った。だが俺のやり方を優先するのは悪手だ、やればアイツらが混乱する。そこは避けねぇとな]

[まあな。あいつら、素直って言やぁ聞こえは良いが、どうにも融通が利かない部分があるし]


 そんなにあれこれ上手くは行かないよな、と言って再び嘆息する彼に、仁は『まあ何とかなるだろう』と笑って返した。


[チューニングには暫く時間がかかるが、鳶がパイプ役になっていくはずだ。さっきも言ったが、その為の飛行訓練だしな。アンタの言う弱点をフォローして、俺が伝えたい事をアイツ等が理解しやすい形で伝える。立場的にもピッタリだ]

[通訳みたいなもんか]

[但し、その為にはあらゆる事を学ばなきゃならねぇ。今がその期間って事さ。俺の護衛にもついてるから相当ハードな事になると思うが、あのまま伸びて行きゃ2・3年で俺より良い指導者になる]

[おい、就任直後から後継者の話かよ]

[それくらいで丁度良い。時間は待っちゃくれねぇからな]


「……さて、俺達も飛ぶとしよう」


 浅葱と打合せに入る鳶の後ろ姿を確認してから、白群は仁を手招きした。


「ああ」


 久々のパイロットスーツは身体が覚えているよりも重かったが、それ以上に懐かしい感覚に心が浮き立つ。白群の手を借りて、仁は後部シートに収まった。


〈無線、行けてるか?〉

〈問題無ぇ〉

〈キツかったら直ぐに言えよ〉

〈了解〉


 エンジンの轟音が機体を揺るがす。シートに身体を沈み込ませるGが掛かり、直ぐにふいと足下が軽くなった。

 ……この感覚だ。焦りや不安が霧散し、全てが自分の中でクリアになって行く。
 希望を思い出させてくれる、空。


〈気分はどうだ?〉


 暫く水平飛行をした後に白群が聞いてきた。


〈快適だぜ、問題無い〉

〈よし。とりあえず、のんびり遊覧飛行と行こう〉


 彼も、こうしたフライトは久しぶりらしい。『海岸線でも飛ぶか』と弾んだ声がスピーカーから響き、仁も顔を綻ばせた。


 翌日からも、白群は訓練の合間を縫っては仁をフライトに誘った。少しでも彼の現役復帰を助けたいと言う思いだろう。勿論、仁も大いにそれを希望した。
 最初の数回は互いの癖の違いに戸惑いもしたが、そこは流石にトップレベル同士。今まで会話だけでは掴みきれなかった感覚を文字通り体で感じ取る事も出来て、互いの理解が深まったのは何よりだった。


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 仁がSSに関わり始めてから2週間程が過ぎた。退院後2度目の診察を済ませて廊下に出れば、白群が駆け寄って来る。


「どうだった?医者の診断は」

「とりあえず行動の制限は全て無くなった。脚はこれ以上は戻らんそうだが、逆にGの干渉を受けたからって悪化する事も無ぇんだと」

「……それはそれは」


 白群が複雑な表情を浮かべた。


「あんたのフライトを見るチャンスが消えちまったかな」

「少なくとも単座型は無理と考えないといけませんね」


 鳶も浮かない表情になる。


「そうだな」


 仁もどこかで覚悟はしていたが、聞いた時は一瞬、血の気が引いた。
 それでも飛ぶ事そのものを諦めろと言われた訳では無いと思い直す。どうすればこの状態でSSに貢献出来るかを考えて行くしかなかった。


「取り敢えず、今まで避けてたマヌーバを入れて飛んでみたい。やってもらえるか?ビャク」

「そりゃ構わないぜ。流石に今日は無理だが」

「明日で良い。それと、浅葱は複座型も慣れてたな?」

「ああ、1期の中では一番だ。一応、副部隊長だし……」


 そこまで言って、白群は彼の意図に気付いたようだった。


「やるのか?」

「いずれやろうと思ってた。お陰で俺もだいぶ後部シートに慣れたし」


 アイコンタクト一つで、3人とも同じ事を考えていると解る。


「では、常磐は複座型にコ・パイとして搭乗されると。メインは白群と浅葱で交代しながら」

「俺1人じゃ何も出来ねぇが、2人で乗りゃあ浅葱に操縦桿で伝えられる事もあるだろう。ビャクの感覚を俺なりにコピーして、それを基にアイツに伝える。
 俺は実際に体に叩き込んでやりてえんだ。理屈やスタンスは鳶が伝えてくれる方が効率が良い」

「最高級の実践シミュレータだな。何とも贅沢」


 白群は大きく頷くと、すぐさま今後の計画を組み直していった。


「そうしたら、明日は俺と常磐でガッツリ飛んでくる。鳶はフルで演習に入っといてくれ」

「はい」

「明後日には浅葱と常盤で飛んでみてもらうか。あいつには俺から言っておく」

「OK」

「よし」


 仁の了解を得た白群は『じゃあ、浅葱をつかまえてくる』と言い残し、即座に走り去った。


「……素早いですね」

「アイツは思考が抜群に速い、しかも理論派だ」

「思いつきで話されているようでも、しっかり裏付けがあっての事だと、後からいつも気付かされます」

「だが部下がそれを理解出来る頃には、アイツは更に先へ行っちまってる。たまに誰かが手綱を締めてやらねぇと、周りがついていけねぇ」


 話しながら隣の棟へ向かう。そろそろ昼食の時間だ。


「アンタは普通についていってるが、1期の奴等だとそうも行かねぇ」

「じっくり話を聞けば大丈夫なんですが」

「スピード感の違いだな。フォロー頼むぜ」

「努力します。それにしても浅葱は今頃、慌てているでしょうね。明後日までずっと胃が痛くなること請け合いですよ」


 自分へのプレッシャーは軽く受け流し、隊員の心配をするあたりが彼らしい。幹部候補生ともなれば当然かもしれないが、あまりにも自然で力みを全く感じない。


「そこはもっと図太くなりゃあ良いのに……とりあえずメシにしよう。食ったら檜皮へ報告と相談に行く」

「相談とは?」

「今後の機体の事で、ちょっとな」

「はあ……ではひとまず後ほどで」


 この件は保留だ……丁度、食堂に着いたためでもあったが。
 窓際の席を取ると、鳶が2人分の食事をトレーに用意して持ってきてくれた。


「……それにしても浅葱は、見ていて確かに痛々しい」


 昼食を摂りながらの話は、自然と1期メンバーの事になる。


「どなたのせいでしょうね」


 さらりと言い返す鳶の口調には、浅葱への同情が混ざっているようでもある。


「言いやがったな、コノヤロ」

「指導官がこれだけ一生懸命なんです、彼も緊張の毎日でしょう」

「アイツ、自覚無しの内に根を詰めすぎて身体を壊すタイプじゃねぇか?」

「自己管理が出来ているからこその副部隊長です、大丈夫ですよ。2期が来る迄が一つの勝負だと言っていましたし、状況は分かっています」

「そうか」

「まだ若いから多少の無理はききますし」

「なんだ、俺達はもう年寄り扱いか」

「何で"達”なんですか」

「アンタ、今ホントは俺より年上だろうが」

「放っといてください」


 小さくシッシッと手を払う仕草で、仁の笑いを誘う。


「……若いってなぁ良いな」

「あの年代の特権ですね。今なら彼等は徹夜してでも貴方の指導を受けると言いかねない勢いがありますし」

「そうか」

「……まさか、やるつもりじゃないでしょうね?」

「夜間訓練までとっておく。流石にそんな無茶はしねぇよ」


 鳶の言うように、浅葱は自分に課されている責任の重さは承知しているのだろう。メンバーのフライトは目を凝らして一挙一動をチェックしているし、少しでも腑に落ちない事があれば白群を掴まえて質問責め……あの必死さが似ているのかもしれない。


「……芥みてぇだな」


 久々に、穏やかな湖面に深淵からの泡が浮かび上がるように、自分を救ってくれた恩人の顔がふわりと脳裡に現れた。


「どなたですか?その方は」

「山吹 芥だ、31の時の」


 山吹 芥……あの時、鳶が格納庫で少しだけ目にした彼。


「ではやはり、山吹軍曹は貴方の弟さんとは別人だったんですね?」

「よく覚えてるな」


 仁はぼんやりと視線を遠くに投げる……目の前に居ながらにして、彼の記憶の時間軸が僅かにずれたのが鳶にも解った。

 今、彼が見ているのは“8年前”。


「……常磐」


 隣のテーブルに人が居ない事を確認してから、鳶はそっと呼びかけた。


「ああ……悪ぃ」


 直ぐに指導官の顔に戻る。そして苦笑した。


「芥も頑固なヤツだった。浅葱とは少し違った意味で、だがな。
 どんなハードな訓練にもひたすら食い下がってきやがるし、空きがあれば一人でシミュレータとにらめっこしてたモンだ」


 ……彼の弟と瓜二つだった、芥と言う人物。

 “逃亡”の時、ふらつく足下を必死に抑え平静を装っていた。直前に何かあったのは間違い無い……それも恐らく、酷く衝撃的な事が。
 それでも確かにその目はひたむきで真っ直ぐで、それが仁とそっくりだった事を鳶は覚えている。


「アイツこそ本当に死にもの狂いだった。あんな時代に、この世界の事を何にも知らないままいきなり軍に放り込まれて、それでも……」

「すいません、常磐」


 思わず鳶は話を遮った。


「“この世界”とは、彼が他国籍の人物だったと言う意味ですか?」

「ん?」


 少しの間を置いて、仁が『そうか、そうだったな』と改めて説明する。


「あのな、鳶」


 少し、声を潜めて。


「はい」

「俺の場合はタイムリープしちまった、それは理解してもらったと思うが」

「ええ」

「アイツは本当に別の世界からやって来たんだ」

「……と言う事は」


 暫くの後に思い当たったらしい。


「パラレルワールドですか」

「らしいんだ、これが」

「はぁ……」


 飛び上がる程驚くという事は無かったが、流石に直ぐに納得できるものでもないようだった。団栗眼になったままなのがその証拠だ。
 鳶は辛うじてコーヒーカップをテーブルに置く。中身が空で良かったと思った。


「……取り敢えず山吹軍曹の件は、もう少し自分の中で整理します」

「すまねぇな。ひとまずこの後は、檜皮の所へ」

「はい」


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 仁から手渡された診断書に目を通すと、檜皮は『そうか』と言って顔を上げた。


「今後の予定は追い追い調整していくとしよう」

「手間をかけて申し訳無い。だがSSに貢献していく気持ちは変わらねぇ」

「心配するな。それはこの2週間を見ていればよく分かる」

「当面の訓練についてはビャクと相談しているが……」

「それで良い、彼に任せているからな。俺も変わらずお前をバックアップしていきたいと思っている。これからも頼むぞ」


 差し出された右手を握り返す。緊張を孕んでいた場の空気が漸く和んだ。


「まあ座れ。で、相談とは?」


 ソファを勧められた仁は、腰を下ろすなり口を開いた。


「直ぐにとは言わねぇが、一つ検討してもらいてぇ事がある」

「何をだ」

「俺みたいなのが1人で操縦出来る機体を作ってほしい」

「……何だと?」


 
 檜皮の片眉がピンと跳ね上がる。予想外だったようだ。
 傍らで聞いていた鳶も驚きを隠せない。


「それですか、貴方が仰っていたのは」

「何も戦闘機クラスは要求しねぇ。平時のパトロール向けでもあれば」

「……そう来るとは思いませんでした。両腕だけで操縦出来る機体ですか」

「理想は、全てを腕一本で出来るヤツだ」


 檜皮が僅かに身を乗り出した。興味を持ったようだ。


「ノーマルタイプでも、なかなかの難問だぞ」

「分かってる。今後の課題として取り組んでもらえりゃと思ってな」

「なぜ、そんな事を?」

「……SS飛行部隊は、最高レベルの飛行技術を獲得・維持するヤツらの集団だ」


 仁と彼の視線が正面からぶつかる。


「それだけに現場は過酷だ、負傷者が出るのは避けられねぇ」

「そうだな……本当は1人もそんな事にならずに済んでほしいが」


 機体の性能がどれ程良くなろうとも、そして隊員の能力がいくら向上したとしても、人は完璧にはなり得ない。それは檜皮のほうが解っているだろう。


「だがヤツらが身に付けた技術は、その身に染みついてる」


 ……ただ、その先をどう考えるかが違っているだけ。


「だったら、本人の身体機能に合わせて機体をカスタマイズ出来りゃあ、現場復帰出来るヤツもいるだろうと思ったんだ」

「……復帰、か」


 肌が粟立つのを檜皮は自覚した。


「この数時間で、それを?」

「俺の中で明確になったのは、さっきだな。思いついたのは10日ばかり前だが」

「そうか……」


 檜皮は沈黙した……そうまでしても空を飛びたいと思う、彼の執念に純粋に心を打たれたと言うのが近いだろうか。


「解った、検討しよう」


 そして決断した。


「こちらとしても優秀な人材が志半ばで去って行くのは惜しい。本人が飛び続けたいと言うなら叶えてやりたいとも思う。
 年単位の計画になるが、待っていてくれ。試作機が出来たら、お前がテストパイロットだ。いいな?」


>>>Part 4 (4/7)


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