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R_B <Part 0-1>

Escape (仁)

あの夜
俺達は何から逃れたと言うのか

小さな鞄一つを手に
見えない恐怖に背を押されるまま
ひたすら あの場所を目指した

あの時は 確かに希望を見たと思った
あの 向こうに

だが 結局は幻

戦いなんて所詮 破壊の手助けをするばかりだ
その力だけは とてつもなく巨大で
人々を ただただ破滅に追い込んで行く

あの夜
俺達は何から逃れたと言うのか

争いは続いている

平穏な夜は掌から零れ落ち
あらゆる矛盾と混沌だけが
俺達の足元で 積み重なって行く


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 Calling (敬)

確かに 今は生き辛ぇ時代だ
たまに ヤケになっちまいそうな事だってある

けど
最後の一線を超えそうになると
必ず親父の言葉が蘇るんだ


『生きていれば必ず良い事もある』


だから俺は待てるんだ
その言葉を信じてるからな

いつか再び 皆で普通の毎日を過ごせるようになる
そんな時が必ずやって来る

普通ってのは有難ぇモンだな
その中にいると分からねぇけどさ

そんな「普通」は とても静かにやって来るだろう
だから俺たちは せいぜいきっちり耳を澄ませとかねぇと


絶対聞き逃したりなんかしねぇぞ

希望の無い時代が終わり
新しい未来への扉が開く
小さな小さな 始まりのベルの音

それだけは 絶対に


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Sacrifice


「ぅあああっっ!!」

 脳内がスパークし、心臓を直接鷲掴みされたかのようなショックが走った。
意識と関係無く身体が痙攣する。押さえ込まれた両腕が、首が、砕け散ったのではないかと思う程の激痛。


 ……どうして。何故。


 疑問は言葉になる前に押し潰され、視線の先にいる人物の姿も霞んでいく。

 仁は既に独房に連れて行かれた。
 もうこれで、決して抜けられない。

 ……ここで生き延びる術を見つけるしか、無い。


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「軍を抜ける?」

「ああ」


  仁は頷いた。


「おいおい大丈夫か?もともと俺たちって志願兵だろ、一応」

「身一つで追い出されようが、そのほうがマシだ」

「それはそうだけどよ……」

「勝手ばかりですまねぇ。お前が止めた時に思い直せば良かった。たとえそれで野垂れ死んでたとしても、その方が良かった」

「ンな事ぁ言いっこ無しだ」


 仁の落ち込みモードは、やたらと空気が重くなる。ま、じきに戻ってくるからそんなに心配しちゃいねぇけどな。


「俺だって結局は納得して来たんだ。単にココが、俺達が思ってたよりもくだらねぇ場所だって分かっただけだろ」


 笑って返してやっても浮かない顔。何でこう極端に性格が分かれたかなあ、双子だってのにさ。足して2で割りゃあ丁度いいくらいだろ……あ、誠も足して3で割ってくれても良いかもな。賢くなれそうだ。


「そう言や、誠には?」

「流石に言えねぇだろ、エリートだぜ?経歴が違いすぎるし、今は黄丹の下で動くのに必死だ。大体、アイツが抜けるなんて考える事自体とんでもねぇ」

「じゃあやっぱり、俺達だけで……か」

「ああ、アイツを裏切る事になっちまうな。でも、どうしようもない」


 確かにな。それに今ならまだ、俺達が抜ける事でアイツに処分が下されるなんて事も無いだろう。

 アイツを傷つけちまう事になるのは一緒だけど……。


「とにかく明日、黄丹の所に行こう。昼には戻ってくる筈だし」

「だな。駄目もとで話をして、拒否されれば実力行使だ」


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 翌日、俺たちが出向くより先に黄丹からの呼び出しがかかった。
 朝イチだ。戻りが予定より早かったらしいが、それにしても……。


「早くから呼び出してすまないな」


 入室するなり、黄丹は本題に入った。

 黄丹の左に誠がいるのはいつもの事。けれど今日は、その隣に更に他隊の隊長が3人、同席していた。

 ……嫌な予感がする。しかもさっきから左腕だけが熱い。昨日酷使した訳でも無ぇのに。


「2人とも訓練は順調だと聞いている。能力も申し分無い。私としても嬉しいし、正直、有難いと思っている」


 左腕の熱が引かない。気が焦る……何が言いたいんだ。

 隣で、仁がギリっと歯噛みするのが聞こえた。


「ただ今回、少し困った事が起きた。お前たちが有能過ぎるために、対処せざるを得ない事が出てきた」

「……何ですか、それは」

「昨日の会議で、お前たちの経歴が問題になってな」

「経歴?」


 内心で首を捻る。俺達の経歴なんか大した事ぁねぇ。普通にカレッジまで行って、でも家の事情ってやつで中退だったんだ。留学だって中途半端のままで。


「特にマズかったのが留学先だ。今、我が軍があの国を最も警戒している事は知っているか?」

「え……」


 微かな金属音が頭の中で一瞬、鳴った……警告だ。


「……文化や経済面で我が国との交流が盛んな国なのでは?」

「過去の話だ。我が国とは遠からず断交する。最近は不穏な動きも多いし、国家予算に対する軍事費の比率も極端に高くなっている……それで」


 反射的に身構える。同時に俺達の後ろに3人が回り込んだ……くそ、流石に隊長レベル。一瞬で退路を断たれた。


「俺は別にどうでも良かったんだが、上層部がお前たちを警戒し始めた。お前たちにそんな気は無くても……」


 灼ける様に熱い……左腕が。


「いずれ寝返って我々の脅威になる可能性がゼロとは言えない。そんな話が出ている事はお前たちにも伝えておくべきだと思ってな。
 だが逆に、これを聞いたお前たちが妙な気を起こしても困る。そこで、今から“印”を……」

「……っ!」


 黄丹が言い終わる前に、俺たちは身を翻した。一か八かで後ろのヤツらにタックルをかける……けど、結局は無駄な足掻きに終わった。


「……くそっ、放せ!」


 あっさりと腕を後ろ手に捻り上げられ、跪く。後頭部を押さえつけられ、隣に居る仁の姿は肩のあたりまでしか見えない。
 前方には、黄丹と誠の脚だけが見えた。表情までは見えない……それは幸いだったんだろう。

 『準備出来ました』の声を受け、仁を押さえつけていた奴は黄丹と交代し、そのまま部屋の外に出た。見張り役か。


「桑染」

「……はい」


 黄丹に呼ばれ、彼は正面にあるデスクの前に立った。背中を向けている……今、顔を見せたくも見られたくもないだろう。その肩は微かに震えていた。


「では、お前からだ」


 言うなり、黄丹は仁を立ち上がらせた。
 一瞬、目が合う。見えたのは絶望と恐怖。そして悔恨。

 ……言葉を掛けてやりたかったが無理だった。俺の顔も負けず劣らず引き攣っていた筈だから。


「……っ放せ!放しやがれ!」

「己の浅知恵を呪う事だな。安心しろ、死にはしない」

「俺だけにしろ!志願したのは俺だ!敬は俺に付き合わされただけだ!」

「笑止」


 黄丹は喚く仁を苦も無くその怪力でねじ伏せ、デスクに上体を押しつけた。
 指示を受けて誠が彼の左腕を固定する。2人がかりではもう抗えない。


「やれ」


 合図で、仁に“印”が刻まれる。俺は髪を鷲掴みにされ、その様子を嫌でも見ない訳には行かなかった。

 絶叫が耳をつんざく。服の繊維と肉片の焦げるような匂い、そして薬品の臭気が鼻を突いた。

 そして……俺が見たのは、痙攣する彼の身体を押さえつけている黄丹の薄ら笑いと、誠の頬に確かに伝った一筋の涙。

 泣いていた。
 誠が。


 ……それで十分だ。まだ俺は生きていく。
 ここで。


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 意識を取り戻した時には、俺も独房に入っていた。
 左肩の痛みは続いている。かなり強烈だ。
 そのせいだろう、頭痛も酷い。

 体を起こすのも億劫で、転がったまま後の壁に話しかけてみた。


「……大丈夫か?」

「ああ」


 返事は直ぐに返ってきた。


「残念だったな。やっぱ向こうの方が何枚も上手だったってこった」

「ああ」

「取り敢えず、痛みが引くまでは任務も無ぇだろ。骨休めしようぜ」

「……」

「仁」

「……っく、ぅ……」


 押し殺した慟哭。嗚咽の合間に『すまない』と何度も謝ってくる。


「……そんな謝るなって、仁。俺なら大丈夫だから。
 言っただろ?俺もお前に同意して行動したんだ。1人で背負い込むんじゃねぇ。こんな時代が永遠に続く訳でもねぇさ、生き延びようぜ……何があっても、な」


 そう返せば、少しずつ嗚咽が小さくなっていく。

 やがて、仁は再び口を開いた。


「押さえ込まれた時、誠が言ったんだ……『すまない』と」

「ああ。泣いてたぜ、アイツ」

「……そうか」


 こんな事、誠だってしたくなかった筈だ。
 けれど上からの命令には従うしかねぇ。ここは軍で、アイツは黄丹の部下。俺たち全員が、今日、それを再認識させられたんだ。

 俺たちもアイツも、こんな時代の犠牲者だ。だけど、同時に加害者だってのも分かってる。
 入隊して僅か3ヶ月、その間にも俺たちは既に人の命を奪い、人々の生活を奪っている。間接直接なんか関係無ぇ……これから状況が悪化すれば、犠牲者はもっと増えていく。

 俺達は今、それを増やす側に加担してるんだ。


 ……どうして。何故。


 こんな時に無駄な問いだろうか。
 俺たちなんかじゃ止められない、世の中の流れ。加害者になりたくなけりゃ、自ら存在を消すしか無ぇのか?
 確かに、たった今ここから俺たちの存在が消えたって、誰も何とも思わねぇけどよ……。


 思考は堂々巡りを繰り返す。
 明確な解など出る訳は無い。

 それでも願わずにはいられない。
 仁も誠にも生きてほしいし、命を賭けてもアイツらを守りたい。

 俺の能力なんて、戦争が終われば無意味。
 そう言われる時が、一日でも早く来てほしい。


 ……ぼんやりと眺める独房の壁、夕日が鉄格子のシルエットを描く。
 暖かいその色に、まだ見ぬ少年の影が過ぎる。

 これから出会うだろう人たちの予感が、ある。


「大丈夫だ……良い奴らにも、きっと会えるさ」

「……敬?」

「悪ぃ、寝ちまいそうだ……また後でな」


 のし掛かる睡魔に逆らわず、俺は目を閉じた。
 瞼の奥に感じる暖かな光が、俺に勇気を与えてくれる。


(生きようぜ……皆で……)


 再び落ちていく意識の中で、俺はただただ、祈り続けた。


>>>Part 0-2 (1/3)


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