「ラヴクラフトは魚介類が嫌いだから、彼の作った神話生物は皆海産物の姿をしている」説は正しいのか
ラヴクラフトが魚介類を好まなかったのは非常に有名な話で、そこから「ラヴクラフトは海産物が嫌いだから、彼の作った神話生物は皆海産物の姿をしている」という説が国内外問わず流布している。
しかし、ラヴクラフトが創造した神話生物が本当に魚介類だらけなのか、それを検証した調査は寡聞にして見たことが無い。「ラヴクラフトは魚介類嫌い」「ラヴクラフトは深きものや古のものを創造した」程度の論拠しか挙げられたことはないのだ。
そこで、今回はラヴクラフトのクトゥルフ神話作品を確認し、彼が創造した生物が本当に魚介類だらけなのか検証してみようと思う。
まず、検証の前にその条件を設定しておく。
検証条件
集計結果
以上、割合としては海産物が約27%、非海産物が73%になる。
海産物は大して多くない、3~4割程度だろうと予想していたが、実際3割を切るほどとは思わなかった。
実際にラヴクラフトの記述を確かめてみると、事前の思い込みと異なり、魚介類に例えた描写が存在しなかった神話生物も少なくなく、改めて原作に当たることの大切さを思い知らされた。
作品としてはカダス出身の神話生物が予想以上に多く、ウルハグやプオボス族は読み返すまで完全に念頭には無かった。
クトゥルフ神話の常識と思われていた事項が、詳しく見てみると成立しなかったり、根拠が不明だったりすることは決して少なくないが、今回の「ラヴクラフトは魚介類が嫌いだから、彼の作った神話生物は皆海産物の姿をしている」もまた、検証されること無く放置されたまま膾炙してきた説の一つと言えるだろう。
今後も既存の説を一つ一つ検証し、より精度の高いクトゥルフ神話研究を目指していきたいものだ。
補遺
以下、選考に説明を要する神話生物について、軽く紹介していく。
イスの偉大なる種族
繁殖は水中で行うものの、肉体のパーツを水生生物に例えた表現は無かったので、魚介類にはカウントしない。
イブの住人
深きものを連想させる、膨らんだ目や突き出して締まりのない唇などの描写があり、書籍によっては両生類じみていると指摘されることもあるが、「サルナスの滅亡」の作中では特に動物に例えた表現はないため、海産物にはカウントしない。
ウルハグ
「目の届かない深見からおぼろげに聴こえる風の音は、蝙蝠かウルハグ、」しか描写が無いが、ともかく飛行生物なので魚介類にはカウントしない。
ガタノソア
「永劫より」はラヴクラフトの代作なのでラヴクラフトの創作した神話生物と見做せる。
狩り立てる恐怖
「カダス」作中で言及されていること、後年の作品で神話生物として扱われていること、「形無き」と一言だけ描写が存在することなどを総合的に勘案し、神話生物のカウントに入れる
ギャア=フア
「挫傷」はクトゥルフ神話作品には通常入らないが、リン・カーターの「赤の供物」に登場しており、後にクトゥルフ神話生物として回収されているとは言える。神話生物としてのカウントには入れないが、理由の言及だけはしておく。
暗き惑星ユゴスの異形の落とし子
「永劫より」に登場する種族だが、外見の描写が全く存在しないため、神話生物のカウントには入れないことにする。
ナス=ホルタース・無名の霧
ラヴクラフトの時点では名前しか挙がっておらず、シュブ=ニグラスのように描写を補完する資料をラヴクラフトが残しているわけではないため、除外する。
ノオリ族
「顎鬚を生やし、鰭を備えたノオリ族」と外見の描写があり、また、海に迷宮を築きあげていると「銀の鍵」に一文があるため、海産物にカウントすることにする。
ノーデンス
イルカに貝殻の戦車を轢かせているが、本人には海産物の要素は無いため海産物にはカウントしない。
飛行するポリプ
ポリプはほとんど全て水生生物が持つ特徴なので、海産物にカウントすることにする。
プオボス族
ラヴクラフトは「風変わりで鈍重」とだけ描写しているが、水を飲みに来ているため、明らかに水生生物ではない。
ボクラグ
水蜥蜴ということで個人的にもかなり迷ったが、爬虫類は流石に海産物にカウントするのは躊躇われることから、海産物にカウントしない。
マーテンス一族
「潜み棲む恐怖」はクトゥルフ神話要素が無く、マーテンス一族も基本的には退化した人間で超自然的要素は無いため、神話生物のカウントには入れないことにする。
ミ=ゴ
描写の中で蟹に例えられているため、海産物にカウントすることにする。
ヨグ=ソトースの落とし子
兄の方は山羊、ワニ、象、蜥蜴。弟は鶏の卵、豚の頭、象の鼻などに例えられているが、海産物の比喩はラヴクラフトの描写には無かった。
ワンプ
水かきはあるが、特にそれ以上の言及は無いため海産物にはカウントしない。