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【ss】紅葉鳥 #シロクマ文芸部


「紅葉鳥...ですか」

その人は、いかにも困りましたというように大袈裟に眉を寄せた。

「はい、この山でこの角笛を吹けば必ず紅葉鳥が現れると聞いたもので」

私が胸ポケットのファスナーの開け、小さな角笛を取り出して見せると、その人は目を細めた。

「ちょっと拝見しても?」

大切な預かり物だから少し迷ったものの、ようやく話を聞いてくれる人に会えてほっとしていた私は、結局その人に角笛を渡した。

改めて見ると不思議な人だ。年齢は私と同じくらいか少し上、20代中頃だろうけど、やけに落ち着いている。そして山の中を歩いてきたとはとても思えないような軽装だった。その人は角笛を見つめて微笑むと、すぐに返してくれた。

「祖父のものなのです。小さい頃この山でよく遊んでいて、その時に一度だけ紅葉鳥を見たことがあると。祖父の思い違いかもしれませんが...」最後の方は小さな声になってしまった。

「お祖父様は今は?」

「足を悪くしてしまって、もう山には来られないのです。記憶も曖昧になってきて、私の事もわからないことがあって」

紅葉鳥が一般的に何を指すのか、スマホで調べたので私も知っている。でも祖父は何度も何度も言うのだ。「羽がモミジの葉みたいにギザギザでさ、ふっくら丸くて小さいんだ」モミジとおんなじ赤色だから、見つけるのは大変なんだよ、と。

私の話を聞くと、「こちらへ」と言ってその人はゆっくり歩き出した。

「紅葉鳥が毎日同じ時間にやってくる木があるのです」

山の中を10分ほど歩くと、崖に迫り出したように生えているヤマモミジの木の前で立ち止まった。

「危ないのでこれ以上は近寄らないでくださいね。もう5分程で紅葉鳥がやってきますよ」

私は慌ててカメラを構える。足が悪くなった時に祖父がくれた古いニコンの一眼レフだ。
カメラを構えたまま、私は聞かれてもいないのに祖父の話をした。

「祖父は定年退職後にバードウォッチングが趣味になりまして、祖母と2人でよく山に行っては鳥の写真を撮っていました。仲のいい夫婦でしたが、祖母が亡くなってからは出かけることもあまりなくなってしまって」

カメラのレンズを覗いているので、その人がどんな顔で話を聞いているのかわからなかったが、何故だかしっかり聞いてくれているような気がした。

「ほら、きましたよ」
耳元で囁くような声がしたと思った直後、紅葉鳥が現れた。

何処かから飛んできたのではなく、木の枝に突然ふわりと現れたのだ。私が驚いていると、また耳元で声がした。

「撮らなくていいのですか?」
慌ててシャッターを切る。紅葉鳥は首を傾げたり、毛繕いをしながらも大人しくその枝に止まっていた。

紅葉鳥は実に不恰好な鳥だった。
歪んだ丸い胴体はまだらな茜色の毛に覆われ、小さな頭には大きさの違う黒い目がポチポチと乗っかり、およそ飛べるとは思えないギザギザの羽は胴体にただ張り付いているようだった。それはまるで、ちいさな子供がクレヨンで描いたような、アンバランスで抱きしめたくなるほど可愛い生き物だった。

「鳴いてますよ、ほら」
カメラを下ろして耳を澄ますと、ヒヨヒヨヒヨという小さな鳴き声が聞こえた。遠くで聞こえていたはずの他の鳥たちの声も風が葉を揺らす音も今は聞こえず、ただ紅葉鳥が鳴く小さな声だけが聞こえた。

現れた時と同じように、紅葉鳥はふわりと消えた。

「暗くなる前に帰りなさい。そしてこの山にはもう一人で来ては行けませんよ」その人は言った。ここも代替わりするのでね、と。

山の麓まで送ってくれると、「お祖父様によろしくお伝えください」と言いその人は帰って行った。

何度もシャッターを切った筈なのに、紅葉鳥が写っていたのは一枚だけだったが、祖父はその写真を枕元に飾り、山で出会った不思議な人の話を嬉しそうに何度も何度も聞いた。

祖父が亡くなった時、角笛と紅葉鳥の写真を棺に入れて一緒に焼いた。
あの山にはあれから行っていない。




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お久しぶりです。諸事情により少しお休みしてましたが、また宜しくお願いします。

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