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【ss】書く時間 #シロクマ文芸部

書く時間はあっという間に終わり、私達は夫婦から元夫婦になった。

正確にはこの紙切れを提出した後だけど、最後の1文字を書き終わった瞬間にはっきりと終わった気がした。このまま2人で区役所に行き、そこでさよならだ。

署名したものを送ってくれたら私が出すと言ったのに、元夫は最後のケジメだから一緒に行くと聞かず、結局このファミレスで待ち合わせになった。

書き終わった元夫は、生姜焼き定食を食べている。

「ちょっと待ってて、今食べ終わるから」

普通、こういう場面でがっつり食べるかね。
そういうところがね…

5年付き合って結婚し、2年で別れることになった。子どもが出来なかったのは今となっては幸いだけど、子どもがいたらこうはならなかったのかもしれない。

いつの間にか夫婦というより、同居人のようになっていて、それもそれでいいかと思っていた矢先、夫の軽い浮気のようなものが発覚した。

許せと言われたら許せなくない程度のことだったけど、共有しているものが少ないからこそ、そこの部分が揺らいでしまったら終わりだろうと思った。

あっさり離婚に応じるかと思った夫は、意外にも盛大にゴネて拒否した。何度も土下座し、泣いて縋る姿は滑稽で、見る度にどんどん心が離れていき、私が家を出て数ヶ月後、ようやく離婚が決まった。

元夫は生姜焼きを頬張っている。美味しそうにご飯を食べるところは好きだったなと、付け合せのチンゲン菜とエノキの煮浸しを見ながら思う。

私が見ているチンゲン菜に気づいた元夫が、
「食べる?チンゲン菜好きだもんね」と言って
ニヤっと笑った。その顔久しぶりに見たな。

付き合い始めてすぐの頃、夫が作る味噌汁によくチンゲン菜が入っていた。この人チンゲン菜好きなんだなと思い、私もよく使うようになると、暫くして「本当にチンゲン菜好きだよねー」と言われて驚いた。

結局、お互い相手が好きだと勘違いしていたことがわかったけど。それから、チンゲン菜を見る度に顔を見わせて笑っていたのだ。

あーあ、なんで今そんなこと思い出したんだろう。プロポーズでも結婚式でも、もっとドラマチックな瞬間もあったのに、最後に思い出すのはそんな日常のひとコマだ。

何が悪かったんだろう、なんでこうなっちゃったんだろう。どうして彼を許してあげれなかったんだろう。

やっぱり会うんじゃなかった。
離婚を決めた時のように、何も感じないままお別れしたかった。最後の最後にこんな悲しい気持ちになるだなんて。


「離婚、辞める気になった?」
少し様子の変わった私に、すかさず元夫が聞いてくる。

「絶対止めない、でも…」



「ヒマな時はまた、ご飯たべよ」

掠れた声がでた。

元夫になった人は、泣きそうな顔で目を細めてうなずきながら笑った。


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