『抱く女』桐野夏生 (読書感想文)

古ぼけたセピア色の写真を眺めていたかのような感覚。
この物語の舞台は学生運動華やかなりし1972年の東京、暴力の蔓延する鬱屈とした社会。

現代に生きる私たちには馴染み無い時代設定だが、タバコや麻雀、性や酒に溺れる自堕落で退廃的な大学生の日常が、鮮明に目に浮かんだ。

この物語の根底に流れるのは、ウーマンリブの思想と疑問。
2020年の現在でも、女は男を「抱く」のではなく「抱かれる」という表現をする。
女を見下す男に対し、劣等感や憤りを覚えながらも、男に求められることに酔い、自分自身の価値を男の評価に委ねてしまう悲しい女の生き方は遠い過去の話ではない。

この物語の主人公直子は、感じやすくて生きづらい。

思い通りに生きられていない確信があるのに、どう生きたいのかは明確にできない。
客観的に見れば甘えているとしか思えない、矮小な悩みに溺れる直子の姿は、時代の流れに翻弄され、自分の在り方を探す一人の女として、とてもリアルだった。

暴力が蔓延する社会で、「死」が羨ましいほど際立つ一方で、生を贅沢に持て余している自分。
その焦燥感や閉塞感に押し潰されそうになる。

何者でもない女が、その身ひとつを抱きしめて、こんな社会に呑まれまいと足掻きもがく。

決して煌びやかでは無いが、それ故に痛々しいほどリアルな青春小説。

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