『私の男』桜庭一樹 (読書感想文)

仄暗く陰鬱な情景描写が、この物語にはふさわしい。
一貫して、湿った雨の匂いと、ドロドロとした海の嫌な感じがする。

お互い以外に興味のない排他的な2人の主要人物に、多分作者の狙い通りに嫌悪感を抱かされた。
その嫌悪感も利用して、リアリティも形もない壮大なテーマを、全く飽きさせず、グロテスクかつ魅惑的に書き切った、その筆力が見事。

愛に飢える空虚な2人が、奪い合って生きていく。そこには善悪の概念も常識も必要ない。
職場の仲間や周囲の人との関わりが描かれれば描かれるほど、2人に巻きつく重い鎖のような絆が引き立つ。

鎖は2人を縛りつけているようでもあるし、2人が立つのを支えているようでもある。

淳吾は、「私の男」。
彼氏でもなく兄でもなく養父でもない。「私の男」だ。
その言葉には醜い独占欲と切実な願いが込められているようで、どうしようもなさが切ない。
無ければ生きていけない、耐えられないほど重い。
それは、妖しく魅惑的、神秘的で禁忌的な、
一つの歪んだ愛の形。

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