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詩・ショートショート

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#散文詩

見えない夕日【詩】

夕暮れの時 水平線の上は薄黒い雲 厚い層を付け足して 主役を覆い隠していた けれど彼は沈んでいない オレンジの光を放ち 雲の際を赤く染め 水の空に黄色を足していく 上空にぼんやりと浮かぶ 儚げな細長い灰色雲 いつしかフェニックスに姿を変え 煤を残して飛び立つとは 風にけしかけられた 若き荒波たち 不死鳥の下で艶々と輝き ゴツゴツとした影を育てていく まだ、彼は沈んでいない

不可思議な宝石屋【詩】

ナイフを入れた桃から 溢れた果汁が 皮を伝ったときの雫とか 深海から掬い上げた原石が 初めて光った瞬間を 永遠に閉じ込めるとか そういう仕事をしている私は 不可思議な宝石屋と呼ばれた 大切なこと:慎重さ 意外に重要:お茶を嗜む余裕 せっかちが生むのは 石ころと火傷だけ 大ぶりのホログラムと 隠し味に超微粒子糸 自然の完全再現にひと捻り 人工味に瑞々しさを この営みを愛する私を 不可思議な宝石屋と人は言う

予定不調和な無【詩】

スライサーの上のチョコレート 冷たく何かを反射する刃 何も動かない無の空間 ただ一押しで完了する 予定調和の時間 突然空調が故障し 溶岩流に変化するチョコレート ドロドロと不気味な無音を垂れ流し 鋭い鋼を汚して進む 「だって私たちには関係ない」 無機質な床に作った水たまりが 目一杯になった頃 全ての形跡を消し去って そこにあるのは 新品のスライサーと 修復不可能な空調だけ

古びた日記のようなもの【詩】

空と宙の境界線は プラスチックの溝からできていて ぐにゃりと曲がりながら動く世界を 寸分たがわぬ動きで覆っているらしい 形が歪むたびに キラリキラリと反射する透明な可塑物 空から宙も 宙から空も ギリギリのところで見えないんだとか そんな話が今朝の郵便受けに入っていて 色褪せた極薄の紙々が続きを待ち受けている 私に差し出すつもりも無かっただろう書き手は この未踏地の秒読みすらしてしまいそうだ