じゅもんはみんながしっている。

この図書室にはじめてきたとき、わたしは、「よし、ここにある本、みんな読んでやるぞ」っておおはりきりでした。だけどすぐ、ぜったいむりだってわかりました。いまは、物語だけはぜんぶ読もうと、せっせと図書室にかよっています。
 
ある日のお昼休みのことでした。その日は、読む本をなかなかきめられませんでした。まよっていたらひるやすみがおわってしまいます。それで、 “えらびのじゅもん”をとなえました。みんな知っているあれです。
「どれにしようかな てんのかみさまのいうとおり」
 
 そうやってえらんだ本をもって、つくえにすわって、ぱらぱらとめくってみました。すると、あるページに、しおりがはさまっているのを見つけました。めがねをかけて、本をかかえて、まほうつかいみたいな服を着た人の絵が、かかれていました。わたしはそのしおりがとても気に入りました。でもこれ、わたしのものにしていいのかしら・・・。
 
 すると女の人の声が、「しばらくは、あなたのものにしていいです」といいました。だけど、わたしのまわりには、だれもいません。つくえのあちこちにすわっている子は、みんなだまって本を読んでいます。
「おかしいな」と首をかしげたとたん、まほうつかいのしおりが、ひょいと本の上に立ったのです。
「十年よ、十年。ずーと、まってたのに、だれも見つけてくれないんだから。まったくさいきんの子は、本を読まなくて、こまるわ」
「あなた、生きているの?」
 わたしは小さな声でいいました。ほんとうはとてもおどろいたのですが、わたしは大きな声をだすのは苦手なのす。
「生きていますとも。あたしのなまえはブラリー。図書室のまほうつかいよ。ほんとはしゃべったりしないんだけど、十年よ、十年。あなた、かくれんぼしていて、十年もだれも見つけてくれなかったときの気持ちになってごらん」
 わたしは、ブラリーの気持ちがよくわかりました。
「それに、あたし、あなたのことが気に入ったみたい。ずいぶん本を読んでいるわね。こんどわたしを見つけるのは、きっとあの子だわと思ってた」
 そのとき、図書室のスピーカーから、音楽がながれだしました。お昼休みは終わりです。するとブラリーは、ふわっとうきあがって、わたしのポケットに入りました。
 
 そうじが終わって、、理科室の前を通ったら、先生によびとめられました。
「ちょうどよかった。次の授業で使うから、すまないけどこれ、教室に運んでください」
先生はそういって、わたしにだんボールの箱をわたしました。なかには、試験官やビーカーが入っています。重くはないけど、もし落としたらたいへんです。
「はい」とわたしは小さな声でへんじをして、箱がゆれないように、そろりそろりと歩きました。
「あ、それから」
と先生がいいました。
「もっと大きな声で、はっきり話せるようになってほしいなって、先生は思っています」
「はい」
とまた、私は小さな声でいいました。それはわかっているけど、わたしにはむずかしいことなのです。
 
 わたしは、箱をかかえて教室にいきました。ところが、教室の戸は閉まっています。箱をいちど床に下ろそうとしたら、ガラスがぶつかりあう音がして、わたしはドキッとしました。
 すると、ポケットからブラリーが、ひょいと顔を出しました。
「あたしが開けてあげようか?」
「でも、そんな小さな体で開けられるの?」
「おや、あたしはまほうつかいだよ。さて、とびらを開けるじゅもんはなにか、知ってるかな?」
「そんなのかんたんよ。『ひらけ、ごま』でしょ」
「だったらいってごらん。それが正しいじゅもんなら、戸は開くよ」
 そこでわたしは、いってみました。
「ひらけ、ごま」
ところが、戸は開きません。
「ざんねんでした。はずれです。さあ、おつぎはどんなじゅもんかな?」
 わたしは思いつきませんでした。
「だったら教えてあげよう。こういうじゅもんだよ」
 ブラリーは、あんな小さな体なのに、大きな声でこういいました。
「すみませーん。だれか、この戸を開けてくれませんか」
 すると、下級生の男の子がやってきて、戸を開けてくれました。
「ありがと」
 わたしはその子にいって、教室に入りました。
「すごい、ほんとに戸が開いた・・・って、あたりまえじゃん」
 たしかに戸は開いたけど、そんなのじゅもんでもまほうでもありません。
「ふふふ。ことばはね、きちんとつかえば、あなたののぞみをかなえてくれるんだよ」
といって、ブラリーはポケットのなかにひっこみました。
 
それからときどき、ブラリーとわたしは、だれにも気づかれないように、いろんなことを話しました。だけど、ブラリーがいた本を読み終わったら、ブラリーはいなくなっってしまいました。もっとゆっくり読めばよかった。でも、たくさん本を読んでいたら、またブラリーに会えるかもしれません。
 
ブラリーと出会ってから、わたしはちょっと大きな声をだすことができるようになりました。(終わり)。
 
 
 

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