【小説】探偵・巻牧麻木 真樹馬の事件ノート 解決編

「朝から急に集まっていただいてすみません。どうしても、今この時間でないといけなかったもので。」
 探偵・巻牧麻木 真樹馬(まきまきまき まきま)は、ホテルのロビーに集まった容疑者三人に頭を下げた。
「もしかして・・・犯人が分かったんですか?」
 頭を上げた真樹馬に最初に声をかけたのは容疑者の一人、モデル兼コスプレイヤーの大活府 宗美(おおかっぷ むねみ)だった。いきなり呼び出されたせいでノーメイクでパジャマのままだったが、それでもその佇まいには人前に出ることを常に意識しているであろう上品さが滲み出ていた。
「犯人当てなら早くやってくれ。変な時間に呼び出すからジムのあとのシャワーをまだ浴びてないんだ」
 二人目の容疑者、長袖のトレーニングウェアを着込んだボディビルダーの名伊須 張九朗(ないす ばるくろう)は明らかに不機嫌である。その額からは文字通り玉のような汗がいくつも滴っていた。
「まあまあ、そう気を悪くしなイデ。探偵サンにも筋書きというものがあるのでショウ」
 そんな張九朗をなだめるのは容疑者の最後の一人、多目的四脚型自律思考式ロボットのZDR-4000だ。
「まずは昨日起こった事件と状況をおさらいしましょう。」
 張九朗がまた何か文句を言い出す前にと、真樹馬はすかさず話を進めた。
「昨日、この山奥の小さなホテルでは早朝から宗美さん主催の撮影会の準備が行われていた。参加するモデルは二人。宗美さんと、新人の初野ウブさん・・・今回の被害者です。ここまではいいですね、宗美さん。」
「はい。私たち二人は前日、つまり一昨日から泊まり込んで準備をしていました。ウブちゃんは事件のショックで今は部屋で寝込んでいますけど。」
「そこにたまたま居合わせたのが我々三人。山籠もりの修行をしていた張九朗さんと、野鳥のデータを取っていたZDR-4000。そしてツチノコを探していたら迷子になった僕、巻牧麻木 真樹馬です。」
 真樹馬が言い終わると、張九朗が不機嫌そうに口を挟んだ。
「で、事件の方は何が起きたんだ。あんたらが勝手にバタバタやってただけで、俺は細かくは知らされていないんだが。」
「では順を追ってお話ししましょう。」
 真樹馬はどこからか持ってきたホテルの見取り図を広げて説明不足を始めた。

「事件が起きたと思われるのは昨日の朝8時。簡潔に言うと、初野ウブさんが撮影会で着る予定だった水着が、全て刃物のようなものでズタズタに切り裂かれていました。撮影会は中止。今回が初めての撮影会だったウブさんは、先ほど宗美さんが言った通りショックで部屋で休んでいます。」
「朝8時とハッキリ分かるのは何故デスカ?」
 ZDR-4000が疑問を投げかけた。
「水着が置かれていた2階の部屋の前に監視カメラがあったからです。」
「じゃあそれに映ってる人が犯人で決まりじゃないか。」
 張九朗の指摘に、それで解決すれば探偵はいらないという言葉を飲み込みつつ真樹馬は説明を続ける。
「正確に言えば、犯行が行われたと思われる時間だけ、監視カメラの映像が写っていなかったんです。」
「どういうことデスカ?」
「これについては実際に録画したものを見てもらった方が早いでしょう。」
 そう言って真樹馬は、ロビーに据え付けられた40インチの液晶テレビに向けてリモコンのボタンを押した。
 テレビに映し出されたのはホテルの廊下だった。画面左上に昨日の日付。すぐ下にはデジタル時計が表示され、その瞬間が訪れるまでを一秒ずつカウントしている。
 その場にいる全員がテレビを注視する。水着が置かれていたという部屋の前に取り付けられた監視カメラが捉えた映像。天窓から差す光の中を、時折鳥の影が通らなければ静止画と間違えそうなくらい、ただただ変化がない静寂に包まれた廊下。
 しかし、時計が8時00分になった瞬間、それは起きた。
「あっ」変化をいち早く目で感じ取った宗美が小さく声をあげた。
 煙のような、湯気のような何かで映像がどんどんと白く曇っていくのだ。
 火事でも起きたか、或いは常識の無い人間が室内でバーベキューでもやってしまえば有り得る変化だが、勿論そんなことが起こっていないのはその場にいた全員が分かり切っていた。
 みるみるうちにカメラの視界は白い何かで覆われ、何も見えなくなった。
「これは・・・」誰かが何かを言いかけたのを真樹馬は「静かに」と止めた。
 もはや何も映っていないのと同義の真っ白な映像を見続けていると、ある変化が現れた。音だ。
 廊下に微かに響く足音。しかしカメラの性能なのか、人物の特定に至るほど明瞭には聞こえない。
 だがもう一つ、音が聞こえた。床と靴底がぶつかるのとは、明らかに違う音。

むちぃ・・・むちぃ・・・

 画面の中の何者かが歩く足音のリズムからやや遅れて、謎の音が数回テレビのスピーカーからロビーへとこだました。
「なんデスカこの音は」
我慢できなくなったZDR-4000が声を発した。
「この音こそが今回の事件の犯人を暴くヒントになりました。」
「そうか、分かったぞ!」
 真樹馬が話すのを遮って張九朗が大声を挙げた。
「むちぃむちぃって音!犯人は宗美だろ!あんたその爆乳に爆尻だ。水着や下着で歩いたら肉から音が出るのは当然だ!」
「わ、私じゃありません!そもそも、どうして水着で廊下を歩く必要があるんですか!それにあの白い煙だって!」
「それは・・・」
 勢い任せの推理に反論されて張九朗が言い淀んだところで真樹馬は話を続ける。
「確かに宗美さん程の恵体であれば、歩く際にむちぃむちぃと音も出るでしょう。しかし彼女が犯人であると仮定した場合、不可解な点が多いことは張九朗さんがたった今証明してくれました。」
「ッ・・・じゃあ犯人は誰なんだよ!」
小さく舌打ちをしたあと突っかかる張九朗。
「張九朗さん、あなた暑くないですか?」
「あ・・・?なんだ急に」
自分の苛立ちを意に介さず話を続ける真樹馬に、張九朗は不意を突かれた様子だ。
「張九朗さんが着ているのは材質からして普通のトレーニングウェアではなく、サウナスーツというやつですよね。ここに集まっていただいた時から大量の汗をかいているのに、なぜ上着を脱がないのですか?前のジッパーすら開けていません。」
「そんなの俺の勝手だろ!」
「いいえ、あなたにはジッパーすら開けられない理由があるんです。」
言い終わるより早く真樹馬が一気に張九朗との間合いを詰める。丸太のような腕が遮るより早く、真樹馬は張九朗の上着のジッパーを一気に下ろした。
 黒い上着の中から現れたのは白いタンクトップを纏う鍛え上げられた肉体である。隆起したはち切れそうな胸筋は、ボクシンググローブを服の下に隠しているのかと勘違いしそうなほど巨大だ。
 露になった肉体からホテルのロビーに響き渡ったのは・・・

むちぃ・・・むちぃ・・・

「こ、この音は!」
「音声照合・・・監視カメラの音声と極めて近い波形デス。」
「そう、何もむちぃむちぃと音を出すのは恵体の女性だけではない。雄っぱいという言葉があるように、鍛え上げられたむっちんむっちんぱっつんぱっつんの筋肉からも音は出るのです。」
「クッ・・・!」
「そして、監視カメラの視界を遮った白い煙の正体は、これです!」
真樹馬は俯く張九朗の上着を剥ぎ取った。

むわぁぁ・・・・・・

 張九朗の身体から白い気体が立ち込めロビーに充満した。やや濃度は薄いが、全員の視界が白い闇に包まれた。
「ゲホッゲホッこれはどういうことですか探偵さん」
 宗美が咳き込みながら訪ねた。
「ゲホッゲホッゲホッゲホッはい、ゴホゴホゴホゴホつまり・・・ゴホゴホゴホゴホゲホッガハッゴホゴホゴホゴホすいません一回窓を開けます。」
「空気清浄機モードを起動シマス。」
 ZDR-4000が変形して唸りを上げた。


「先ほど見ていただいたのが監視カメラを欺いたトリックです。」
 15分程換気して推理が再開された。
「張九朗さんは昨日、早朝からジムでトレーニングをしたのでしょう。特に上半身を追い込んだ。サウナスーツの中に溜まった大量の汗、そして限界まで酷使された筋肉から出たオスのフェロモンが混ざって、目に見える程濃い白い気体が発生したと考えられます。犯行後は入浴すれば証拠も隠滅できますからね。これが実現可能か試すためにシャワーを浴びる前の時間にここに集まっていただく必要があったのです。」
「なるほどな・・・。」
 ここまで黙っていた張九朗が口を開いた。
「探偵さん、監視カメラのトリックはあんたの推理通りだ。大したもんだ。でもな、俺は犯人ではない。撮影会を中止にする動機もメリットも俺には無いんだよ。」
 ロビーに呼び出されていた当初は苛立っていた張九朗だったが、追い詰められた今の方が彼はむしろ冷静に見えた。
「はい、張九朗さんが犯人だとは言っていません。というか張九朗さん自身も、どうしてこんな状況になっているか分かっていないでしょう。」
「ほう、それもお見通しか。」
 それだけ言って張九朗はわずかな隙を縫って逃げようとしたが、真樹馬はその動きを読んでいた。
「今だ!」
「了解」
 真樹馬の合図でZDR-4000が発射したネットが巨体を捉えた。窓から逃げようと走りかけた張九朗は、身体の自由を奪われ床に突っ伏した。
「まだ話は終わっていないのでしばらく付き合って下さい。・・・ではこの話を進めるために、水着を切り裂いた真犯人に参加してもらいましょう。」
そう言って真樹馬は横を向き真犯人に話しかけた。
「いいですね、ZDR-4000。」
「承知いたしまシタ。」
 少し離れた場所で話を聞いていたZDR-4000は数歩前に出てきた。
「否定や弁解はしないんですか?」
「ロボットは人間に嘘をつけるようには作られていないのデス。」
 ZDR-4000の音声はとても穏やかだった。
「あと、隠しているのなら返してくれると助かるんだけど。」
「そこまで分かっていたとは・・・感服いたしマス。」
 ZDR-4000は背中のハッチを開けると、精密作業用のサブアームを伸ばして中からジップロックに入った何かを取り出した。
「それ、ウブちゃんの水着です!」
 宗美が驚いて声をあげた。
 ZDR-4000からジップロックを受け取った真樹馬は、ポケットから別のジップロックを取り出す。
「そっちも・・・ウブちゃんの水着?」
「順を追って説明しましょう。たった今、僕がZDR-4000から受け取ったのがウブさんが持ってきた水着。そしてあとから出したこちらは現場から回収した切り裂かれていた水着です。色などから判断して、一見この二つは同じ水着に見えます。しかし、よくると何かに気付きませんか?」
「・・・あ!」
言われて二つのジップロックを見比べた宗美が、違いに気付いた。
「切り裂かれている水着の方が布が少ない!」
「そうです。この布が少ない水着は張九朗さんが持ち込んだものです。そうですね?」
「その通りだ。」
張九朗は真樹馬と目を合わせずに言い放った。
「すいません探偵さん。話が掴めないんですけど・・・」
 一人無実の宗美が申し訳なさそうに言った。
「事件のあらましはこうです。まず張九朗さんが行動するよりも早くZDR-4000は例の部屋からウブさんの水着を回収した。撮影会を中止にしたかったからです。」
「監視カメラはどうした?」
 たまらず張九朗が口を挟んだ。
「光学迷彩やステルス機能、ドローンを使えば簡単なことです。」
「あーそういうのでいいんだ。」
「ZDR-4000のあとに部屋にやってきたのは張九朗さんです。あなたはウブさんに過激な水着を着せて撮影会に臨ませたかった。だからさっきのトリックで部屋に侵入して、自分で用意した布の少ない水着と元の水着をすり替えようとした。この山奥では衣装の替えもききませんからね。しかし元の水着はZDR-4000が回収したあとだったので、自分の水着を置いただけで部屋から出たんです。そしてそのあと。ZDR-4000本体はアリバイのため部屋に戻ったが、実は監視用のドローンだけ部屋に残していたんです。本当は回収すれば証拠が残らなかったのですが、ドローンでは水着を収納できなかったので切り裂いて水着を使えなくした。おおよそこんなところでしょう。」
 真樹馬の推理を聞き終えたが、宗美は納得いかない様子だ。
「あの、動機はなんですか?どうしてウブちゃんは、楽しみにしていた初めての撮影会を邪魔されなくちゃいけなかったんですか?」
「完全に推測ですが、おそらく未来のウブさんの身に起こることが関係していると思われます。」
「未来・・・?」
「そう、ZDR-4000は2024年に存在するロボットだと思えませんから。」
「ココからはワタシが引き継ぎまショウ」
 ZDR-4000が真樹馬と宗美の間に割って入って話を続けた。
「まず探偵サンの推理は当たっていマス。水着を裁断するしかなく、ウブ様にショックを与えてしまったことはお詫びのしようがありまセン。」
 お辞儀のつもりか宗美の方を向いて、ZDR-4000はカメラを下に向けた。
「そして探偵サンの言う通り、ワタシは2039年からやってきました。目的は名伊須 張九朗・・・正確にはその裏にいる組織の計画を阻止することデス。初野ウブ、本名 日本 治(ひのもと おさめ)様は、史上最年少で総理大臣になる御方デス。」
「え、ウブちゃんが!?」
「ハイ。最年少というだけでなく、彼女が総理大臣となってから日本の経済はV字回復。雇用問題も少子化問題も解決し、さらにヘヴィメタルの祭典であるラウドパークが毎年開催されるようになりまシタ。しかし、総理のクリーンな改革が原因で、それまで甘い汁を吸っていた一部の政治家や企業が損害を被り、彼女を失脚させようと動き出したのデス。」
「なるほど。総理大臣が実はグラビアをやってて水着撮影会をしていた・・・となれば手の平を返す層も出てくるでしょうね。」
「その通りデス探偵サン。当時・・・つまり今回の撮影会で撮られた写真がSNS等で拡散されましたが、総理はグラビア時代は鳴かず飛ばずで写真も少なく、水着もおとなしかったので支持率に影響はほぼ出ていまセン。しかし、名伊須 張九朗の裏にいる組織は歴史を改変し、総理を露出過多系コスプレイヤーにして際どい写真を増やそうとしたのデス。それに対抗して、水着撮影会自体を無かったことにしようと総理自らの命令でこの時代にやってきたのがワタシ、ZDR-4000デス。」
「総理、嘘をついてませんか?」
 黙って話を聞いていた真樹馬はまた推理を始めた。
「ZDR-4000はウブさんの元の水着を隠していました。あれはどうする予定だったんですか?」
「回収して2039年に持ち帰るよう指示されていマス。撮影会の痕跡が残らないようにト。」
「この時代で燃やしたりする方が残らないんじゃないですか?」
「そのような指示は受けていまセン。」
「2039年のウブさん・・・総理は今と比べて体型は変わっていませんか?」
「食生活に気を付け、専属のトレーナーもおられるので体型は2024年とほぼ変わっていないと推測されマス。」
「総理のSNSの総フォロワー数は?」
「全て合わせて約30億人デス。」
「総理、その水着でもう一回グラビア撮ってバズろうとしてませんか?」
「アクセス権限がありません。認証プロセスを最初からやり直してください。」



「探偵サン、お世話になりまシタ。」
 時空移動装置を起動したZDR-4000は青い光に包まれながら、カメラを一度地面に向かって下げた。傍らにはまだネットにくるまれたままの張九朗が拘束されていた。
「今回の事件の顛末はウブさん本人には伝えませんよ。それで未来が変わったら、次は僕が狙われるかもしれないので。」
 真樹馬は冗談っぽく言った。
「でもウブちゃんがコスプレとかグラビアやりたいって言ったら、私は応援するし手伝いますよ!」
 宗美の方は本気だった。
「ハイ、それが総理・・・ウブ様のやりたいことであれば、それが最良と判断しマス。」
 未来から来た二人を包む光が大きくなる。
「15年後ならきっとまた会えますね、ZDR-4000。」
「それがデータベースを調べたところ探偵サンは2年後・・・」
 ZDR-4000が言いかけた刹那、彼と張九朗の身体がカメラのフラッシュように一瞬強烈な光を放ち、真樹馬と宗美は思わず顔を背けた。数秒だけ眩んだ二人の目が正常に戻ると、もうそこには今回の事件の犯人二人はいなかった。


2039年。日本 治総理が水着の自撮りをSNSに投稿したところ、既に拡散されていた15年前の写真と変わらない姿が大いにバズったという。
その水着は不思議なことに2024年当時と全く同じもので、彼女の物持ちの良さも話題となった。

2040年。前年に水着自撮りが話題になったため、総理はその勢いで写真集を発売。
半年後には全国のブックオフでの入荷状況から総理には「120円棚の主」という異名が付いたという。


おしまい

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