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『ジャングルの夜』第一話

 社員旅行があった。場所は沖縄で、千多(せんた)がこの地を訪れるのは二度目だった。前回来たときも社員旅行でだった。

 正午前に那覇へ到着して、ホテルへ荷物を預けた後は、夕方の食事会までは各自自由行動というスケジュールだった。参加者は三十人弱いて、それぞれ仲の良い数人のグループに分かれて昼飯を食うために、ちりぢりになっていった。そのなかで、千多はひとりホテルのロビーに残り、床屋へ電話を掛けていた。

 事前に、「インペリ」という沖縄にしか存在しないご当地パーマがあると知って、チェックイン時間の十五時までを利用してあてに行こうと思っていたのだ。彼は夜勤明けに家にも帰らず、そのまま旅行に参加していたので、十五時からは夕飯まで一眠りするつもりだった。各自自由行動といっても、ひとりでこんな風に行動しようとする根暗は千多しかいなかった。

 飛行機の到着時刻が前後するのを考慮して、早めに予約を取るのを躊躇したので、ここへ来てようやく見繕っていた店へ電話を掛けると、「二時間待ち」だと言われた。それで諦めて、ほかの店を探しているところへ、レンタカーを借りる手続きを終えた副社長が通りかかった。

「うまいソーキソバの店があるけど一緒に来るか」と誘われて、千多は、
「このあと、髪を切りに行くから、ソバだけ食べたらすぐに解散させてもらうが、それでもいいなら」と答えた。彼の人となりを良く知っている副社長は、面白そうな顔をした。

 副社長はホテル前で一生懸命、「食べログ」を検索していたヤツらにも声を掛けてやり、五人でソーキソバの店へ向った。そのあいだ千多は助手席で床屋を探し、ホテルから近い店に予約を取った。
 電話の内容を聞いていた同僚は、
「わざわざ沖縄まで来て髪切りに行くんですか」と笑った。千多は、「沖縄にしかないパーマがあるらしいから。その土地を体で感じたくて」と説明した。元来変わり者だが、歳と共に協調性を身につけ、仕事も人間関係も無難にこなす普段の千多しか知らない同僚たちは不思議そうな顔をした。失業中だった千多を拾った、旧知の副社長だけは構わずソーキソバのうんちくを語った。

 副社長はソバを奢ったうえ、時間を気にする千多のことを車で床屋の前まで送ってやった。
「ありがとう」とぶっきらぼうに言い、車を降りようとする千多を、 
「ビフォー・アフターを比べたいから」と一瞬引き止め、副社長は写真を撮った。その様子を見て、車内の人間はこの二人が、ただ上司と部下という関係ではないことを今更ながらに思い出した。

 千多は車に向って手を一振りして床屋へ入り、副社長一行は十五時までの時間を過ごすため国際通りへ向った。――一行はブルーシールズアイスを食べ、夕方の余興にと公設市場で山羊汁を仕入れ、千多はパンチパーマをふわっとさせたような、「インペリ」というパーマをあて、そんな風に各々自由時間を過ごした。

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