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訃翅蝶

 初めはたしか、八つのとき。
 庭の花壇に座って日向ぼっこをしていると、ニ匹の蝶が寄ってきた。
(へんなもよう)
 そう思ったのを覚えている。紋様以上に変だった挙動のこともだ。捕まえようとすればヒラヒラ身をかわすくせに、私の周りを離れようとはしない。家の中に戻ろうとしてもまだ纏わりついてきた。
 ドアに触れる直前、家がパパとママもろとも吹っ飛んだ。ガス爆発だった。
 蝶はいなくなっていた。

 二度目は12歳、初仕事のとき。
 シミを数えるつもりで見上げた天井のそばを、蝶が一匹舞っていた。窓もドアも閉まっていたはずだった。黒い翅に浮かぶ象牙色の紋様が、火葬場で拾った両親そっくりだと気付いたのはこのときだ。目を疑っているうち、客のロリペド爺が呻いて私の上に斃れた。心臓が弱かったのだそうだ。
 天井に目を戻したとき、蝶は姿を消していた。

 16になり、仕事の内容が少し変わるころ、頻繁に視るようになったそれへの理解が及んできた。

 この蝶が現れるとき、誰かが死ぬ。

 一匹につき一人。その一人が私であったことはまだない。

 今夜の仕事は難儀になりそうだった。
 ターゲットであるどこかのお偉いさんで一人。部屋の外に控える黒服でニ人、三人。そこまでは枕の下に隠した折り畳みナイフで足りる。問題は確実に四人目以降が居ることだ。でないと数が合わない……現れた四匹の蝶と。後詰が別室に待機中? それとも既に窓の外で銃を構え、仰向けのお偉いさんに跨がる私へ狙いをつけている? いずれにせよ事に及ぶタイミングは慎重に選……
「ちょっと、やめてよ」
「あん?」
「あっ、いえ、なんでも……」
 思わず呟いていた。ターゲットの怪訝顔には咄嗟に笑顔を返したものの、それが引きつっていない自信はなかった。

 四匹の蝶は、二組のつがいだった。ベッドの端と端でそれぞれ交尾を始め、見る間に済ませ、そして卵を産んでいた。
 ひい、ふう……ニ十個はある。いくつかはもう孵り始めている。

【続く】

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