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【創作BL小説】箱庭の僕ら 1話


I find "Hikaru"


俺は、夕陽が沈むのが見える高台の街に住んでいた。都内からほど近いニュータウンで、キレイで便利で治安も良かった。坂を上るのは苦労したが、普段は高台の上で生活が完結していた。スーパーもコンビニも、学校もその高台にあったから。僕は結構この街が気に入っていた。

後に友人となる光は、近所に住んでいた同じ年の男の子だった。学校は同じだったけど一緒に遊んだ記憶はなく、前髪は目の下まで伸びていて、顔が良く見えない。いつもうつむいていて、なんだか目立たない影の薄い子だな、という印象だった。

俺らが小学校4年生か5年生だったか、寒い冬の日、無表情で上着も着ず裸足のまま歩いている光を見かけた。俺は脱け殻のようにうつろな目をした光を見てなんだか怖かったけど、そのまま見過ごすことが出来ず声をかけた。 

「ひかる?!きよみずひかるだよな?」光は視線を俺に向けた。その時、はじめて光の目を見た。キラキラと光っていて大きな黒目が涙で光っていた。
「どうしたんだよ」
光は何も言わずに歩を早めたので、咄嗟に俺は近づいて光の腕を掴んだ。
「こっち来いよ」
だらんと垂れ下がった光の腕を掴み、家の玄関前まで連れてきて、石段の上に座らせた。裸足の足は傷付いて汚れていた。

何か、やんごとない事態が光の身に起こっている事はわかったけど、俺は悩みを聞くほど光と親しくなかったし、光の触れて欲しくないという意思を感じ取ったので、適当にへらっと笑いながら、
「光って足いくつ?あ、二本か」
と言ってみたが、光はうつむいて何も答えなかった。あ~失敗したか?と思って苦笑いを引っ込めた。

「ちょっと待ってて」
俺は家に入ると、"あっという間にすぐに沸く"という電気ポットにお湯を入れて、さっき買ってきた"ぶためん"を2つ開けた。
下駄箱からサイズが少し小さくなって、最近あまり履かなくなった運動靴を出して、玄関ポーチの石段に座っている光の前に置く。
「これ、履いていけよ、貸すから」
光は俺の顔を見上げたが、何も言わなかった。伸びた前髪の間から大きなうるんだ瞳がのぞく。光は手足がかじかんで自分で靴を履くことも出来なかったので、俺が履かせてやった。

「ちょっとまた待ってて」
家に入り"ぶためん"にお湯を入れ、お盆に付属のフォークも載せて、腕にはジャンバーを引っかけて、再度玄関ドアを開ける。ぶためんの、留めたフタの隙間から湯気が立っている。

「一緒に食おうぜ、俺の好物」
光は泣きそうな顔で俺を見上げ、少し戸惑った様子だったけど、ぶためんを受け取った。俺は光の肩にジャンバーをかけてやった。
「早く食えよ、伸びるぞ」
ふたりは無言で"ぶためん"をすすった。光は鼻をすすりながら食べていた。
寒空の中で熱いものを食べたからか、それとも、泣いているのかはわからなかった。俺らは何も話をしないままラーメンを食べた。

「ありがとう、明日返すね」
「おう!それ少しキツいからいつでもいいぞ、風邪ひくなよ」
光は口角を少し上げた。そして、とっぷりと暮れた闇の中に消えていった。
俺は背中を見送りながら、儚げな光の美しい瞳を思い返した。

翌日、授業が終わって昇降口に行くと、俺のクラスの下駄箱の前に光が立っていた。俺を一瞬見てすぐに目をそらす。俺を待っていたことはすぐにわかった。ワイワイと騒いでいる友だちに、
「わりぃ、先帰ってて」
と言って、片手を顔の前に立てた。
「あれ?今日塾じゃねーだろ?」
「なんだよ、八幡(神社の公園)で遊んでかねーの?」
俺はいつも数人の男子と一緒に帰っている。途中道草をして、少し時間をつぶしてから帰ることも多い。でも今日は光と話がしたかった。
「うん、ごめん!おまえら先帰ってて」
そう言って友だちを見送ると、俺は光の前に立って、顔を覗き込む。
「ひかる?」
今日の光は上着も着ていて、靴下も靴も履いていた。光はうつむいたまま紙袋を差し出す。
「きっ、昨日はありがとう、助かった」
「うん、良かった。そんなに早く返してくれなくても良かったのに。真面目なんだな、光は。」
俺は、昨日貸した靴とジャンバーが入っているであろう紙袋を受け取った。
「…あと、"ぶためん"うまかった」
そう言って光は顔をあげ、フフッと笑った。俺は光の笑顔を初めて見て、胸の奥がキュッと鳴ったような気がして、急いで目をそらした。

「そうだろー、あれうまいよな、色んな味があるんだけどさ、結局あのとんこつが一番うまくてさ、あればっか食っちまうんだよな」
俺はうれしくなった。人の役に立ったということより、光と少し距離が縮まったような気がして。
「帰るか、光も帰るだろ?」
「うん」
歩きながら俺は聞いた。
「光、仲のいいやつ誰?」
小学校高学年の男子なら、あまり話したことがないヤツに対してする、ごく一般的な質問だ。光はひと呼吸あけてから答えた。
「うーん、特にはいないかな。俺、休み時間はいつも本読んでるし、学校帰ったら基本外には出られないから、誰とも遊べない」
「外には出ない」ではなく「出られない」と光は言った。昨日の出来事とこの一言で、俺は光が幸せではない状況に置かれているのを悟って胸が痛んだ。
光の家にはなにか特別な事情がある。きっと俺には想像も出来ないような、暗く深いどうしようもない事情が。そこに踏み込んでは聞けない。

そう、俺たちはまだ信頼関係を築いてないし、悩みを打ち明けられるような友人じゃない。もっと早くに光と友だちになっていれば、俺が話しかけていれば…と少し後悔に似た気持ちを持ったのは何故だろう。
こいつのこともっと知りたい、もっと話したい。これからもっと仲良くなりたい、そんな風に強く誰かを思ったのは初めてだった。俺たちはゆっくりと歩きはじめた。俺は引き続き、当たり障りの無い質問を選んだ。
「そうなんだ。光は本が好きなんだな、いつもどんな本読むの?」
光はうつむきながらも、少し嬉しそうに答えた。
「俺はさ、空想の話が好きなんだ。今図書館で借りているのは、””精霊の守り人””」
””精霊の守り人””なら聞いたことがある、テレビでドラマ化されていたはずだ。うちは、「ふさわしくない」とか両親に言われて見られなかったけど。
「それ、聞いたことあるな。ドラマ化されたやつでしょ?ファンタジー?」
光は顔を上げ、俺の目を見ながらうれしそうに言った。
「そうそう、ファンタジー冒険物語かな。あのドラマの原作だよ。原作読むと、ドラマも良くわかるっていうか、俺好きな映像作品は、出来るだけ原作で読みたい派なんだ!」
そこまで言って光はハッとした表情になり、恥ずかしそうにうつむいた。俺は光の興奮したうれしそうな顔を初めて見て驚いた。そしてキラキラと表情の変わる光は、花が咲いたように美しいと思った。
「いいっていいって、言ってることわかるよ。やっぱファンタジーとかいいよな。俺んちは、親がさファンタジーとか空想の物語はダメっつて、ドラマは見させてくんねーからさ、うらやましいわ。てか、光って結構話すんだな」
そう言って俺は笑った。
光は一瞬不思議そうな顔をしたが、ニコッと笑った。それを見た俺の胸はギュンと鳴った。

家に帰ってきて、光から受け取った紙袋をひっくり返すと、ドサッと落ちた靴と一緒に一枚の紙きれがひらひらと落ちた。
「なんだこりゃ」
拾って見ると、それは光が書いたメッセージと絵だった。
「善くん、昨日はありがとう」
そして学校で人気のアニメのキャラクターが描いてあった。
(呪術廻戦のカッコいい五条だ)
そのアニメは「悪魔の影響を受けるから」と両親に言われ、見る事を強く禁じられていた。
でも内容は学校で友達から聞いて理解していたし、キャラのノートや筆箱の絵を見て知っていた。俺もこのキャラクターが一番好きだし、格好いいと思っていた。
「なんだ、あいつ絵も描くのかよ、アーティストじゃん」
小学生が描くにはあまりに上手過ぎるその絵を、俺は驚きと共に拾い上げ、まじまじと眺めた。そして自分の部屋のベットに横たわり、その絵をしばらく眺める。俺にお礼をするために、必死に絵を書いている光を思うと、なんだか胸に暖かい気持ちが広がっていく感じがした。
 
その後、階下から母親の声がした。「善~!奉仕に行く時間よ!」
俺は「はーい!今行くー!」と言いながら、光の絵を慎重に本棚の隙間に挟み込んだ。

それから俺と光は、頻繁に言葉を交わすようになった。
学校の帰り少し遠回りをして、皆が集まる八幡公園とは別の高台にある小さな公園の柵の上にに座り、下に広がる街を眺めながら、ふたりで取り留めもないことをたくさん話した。
俺らは全く違うタイプだったけど、好きなものが似ていた。
いや、厳密に言えば、俺は本や漫画、音楽、映画やテレビなど、ほとんどすべてのカルチャーに触れるのを親に禁止されていたから、本当の意味で俺自身何が好きなのかわからなかったのだけれど。
でも、光から受け取る瑞々しい芸術や文化の情報はすべて俺の目を輝かせた。光はアーティストだった。そしてクリエーターだった。

絵を描き、物語を作り、写真を加工する。光はもうスマホやパソコンを持っていて、動画を加工し作品を作っていた。
「将来は映像の仕事が出来るといいな」
夢見がちな目をして語る光の横顔を、俺は今でも昨日の事のようにハッキリと思い出せる。
 

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