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「金メダル逃す」か「銀メダル獲得か」

「金メダル逃す」か、「銀メダル獲得」か。スポーツと報道。

スポーツ報道に携わって長い年月が経った。記者になって最初の4年間は日本でプロ野球の担当になり、その後は米国に渡ってメジャーリーグなどの取材をしている。

日本の新聞社・通信社から発注される仕事の内容は主にメジャーリーグでプレーする日本選手を取材し、記事を書くことだ。

野球は集団競技である。その試合の内容を読者に伝えるためには、勝敗にかかわるプレーをした選手たちについて記事を書くのがふつうだ。しかし、メジャーリーグでプレーする日本選手を取材し、記事を書くという仕事は、その方式にあてはまらないことがある。その試合のキーとなるパフォーマンスをした選手は別にいるのに、それでも日本選手について取材し、記事を書く。

こういった歪みは、よく批判される。『メディアスポーツへの招待』(黒田勇編著 ミネルヴァ書房)の第2章で永井氏はこう書いている。

‟あくまでも日本人がいるチームを中心とした報道であり、中継であった。野茂やイチローは米国でも敬愛されるヒーローになったのだから、日本のナショナル・ヒーローという枠に収まるものではない。だが、日本での報道は、彼らを日本を代表する選手として扱った。“

メジャーリーグに携わっている私が報道の歪みを自覚しているのだから、批判は当然だと思う。

日本人ではないメジャーリーガーの記事を書きたいと思って、デスクや編集者に提案しても、見送られることもある。そのことを不満に感じていた時期もあったが、私自身がインターネットメディアに記事を書くようになって、デスクや編集者の判断を受け入れられるようになった。

ひとことでいえば、日本であまり知られていないメジャーリーガーの記事は、アクセス数が得られない。無料で読めるようになっているインターネット上の記事でさえ、読んでもらえない。(おまえの記事がおもしろくないからだと言われれば、反論の余地はない)。

人間の心理は、よく知っている選手のすばらしい活躍についての情報を求めているのだと思い知った。購読料で成り立っている新聞や雑誌ならば、読者の需要に応えなければい。だからデスクや編集者の判断は当然だと考えるようになった。

日本のメディアは、日本の選手しか報道しないと批判されるが、それは他の国でも同じことだ。私はオリンピック・パラリンピックを現地で取材した経験はないが、国際大会の取材に行けば、多くのメディアは当たり前のように自国の選手を中心に取材し、報道している。オリンピック・パラリンピックのテレビ中継でも、日本の視聴者が見ている映像と、米国に住んでいる私が見ている米NBC局の映像とでは違う。どちらも自分の国の選手を中心に報道する。

例えば国内大会の高校野球ならば、対戦した両チームともをできるだけ公平に取材し、記事を書く。どちらかといえば勝ったチームのほうが長い記事になると思う。準優勝チームだけが大きく取り上げられ、優勝チームの記事が隅っこに追いやられるということはあまりない。

しかし、オリンピック・パラリンピックのような国際大会の決勝になると、一方は国民的スーパースターの代表選手、対戦相手は一部のマニアしか知らない外国人選手という構図になりやすい。

この外国人選手が決勝を制しても「●●選手が金メダル獲得」という見出しで大きく報じられることはない。たとえ負けても日本の代表選手のほうが記事は大きくなる。そのときの見出しは「銀メダル獲得」ではなく、「金メダル逃す」「金メダル届かず」になっているかもしれない。

陸上や水泳の決勝レースは事情が異なるが、決勝戦で勝ったほうが金メダル、負けたほうが銀メダルになる種目もある。そういうときには、決勝進出が決まった時点で、「銀メダル以上は確実」と報じられる。それはその時点の最も重要なニュースだから。

決勝で負けると改めて「銀メダル獲得」と見出しをつけるのではなく、「金メダル逃す」になりやすい。選手たちが心苦しそうに記者会見で「金メダルを持って帰ることができませんでした。申し訳ありません」と話すことにつながってしまいそうだと個人的には懸念する。

国際大会やメジャーリーグなどの海外スポーツの報道では、どうしても日本の選手に報道が偏る。それは読者や視聴者の需要に応じるためで、ビジネスとして成立させるためには仕方がないと言われてきた。私もこの文章のはじめに、そう書いている。

しかし、ここ数年、ちょっとしたことを意識して、日本選手以外のアスリートについての記事を書くようになった。多くの人が求める日本のスーパースター選手と何らかの切り口でつながっている選手を取り上げている。別に私だけがやっていることではないのだが。

『THIS IS YOUR BRAIN ON SPORTS』(L.JON WERTHEIM AND SAM SOMMERS)という書籍には、テニスの実況中継を聞いてもらい、視聴者が最もわくわくするのがどれかを調べた結果がある。それによると、対戦する選手はライバル同士であるという実況が視聴者の最もわくわくするパターンだという。

米NBCの中継内容を調査した結果でも、外国人でも、米国人選手のライバルは取り上げられる回数が多いことが分かっている。ここから、日本のスター選手のライバルや何らかの結びつき、関連のある選手ならば読んでもらえるのではないか、と考えたのだ。

ライバルだけではない、ずっと昔に活躍していた選手のアスリートの記録更新を狙うといった時間を超えたライバル関係でも有効だ。

長く日米で活躍してきたイチローさんがメジャーリーグの記録をいくつも更新したことで、日本のメディアは過去の名選手たちを紹介することができた。メジャーリーグで8年連続200安打を記録したウィリー・キーラーや、04年にイチローさんが破るまでシーズン最多安打記録を保持していたジョージ・シスラーの存在などだ。

ただ、私などはたまに強引に結び付けすぎて、あざといなと反省することも多いのだが。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。記事は無料で公開し、みなさまからのご支援は、今後の取材の経費とさせていただきます。