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優しさの定義

高校 2 年生の時、クラス替えによって新しいクラスに詰め込まれた。
クラスはあまり居心地が良くなく、唯一の救いは高校 1 年生の時から仲の良かった友人と一緒のクラスで席が前後だったことだ。
友人が少ない私にとっては何よりも安心できる存在であった。

その日、そんな冴えない高校生である私に、衝撃が走った。
目を疑うほどの美少女が右後ろに座っていたのだ。

私の高校は自称進学校で、朝から晩まで授業が詰め込まれており、信じられないくらいの宿題が出るだけでなく、学校の雰囲気に触発されて、さらなる自己学習を行うような学校だったので、一般生徒には青春なるものがほとんど存在せず、灰色の青春だったことは間違いない。(今思えば、要領良く勉強し、ちゃんと青春を謳歌している知人もいた。)

クラス替えから 1 週間ほど経過した時の、英語の授業だったと思う。
その英語の授業で最後に結構難しい課題が出された覚えがある。
答えに到達しそうでしない感じにイライラしていたその時、隣に座っていた女子生徒のハンカチがポロッと落ちたのである。
イライラしていた私は、「(...あ。ハンカチ落ちたわ。)」と思い、拾おうとして、拾うのをやめた。
理由は、

ワイ「あ、ハンカチ落ちたよ。」(ハンカチほいー)
女子生徒 「え...。ああ、ありがとう...。(え...。何この人...)」
(...沈黙)
のような地獄の空間が予想されるからである。
これは、誰も得をしない lose-lose の関係だ。
何より、見知らぬ男に自分の所有物を触られたら、ちょっと嫌だろう。と、この時の私はそんなことを考えていた。(今思うと、全くそんなことはないのだが、当時の私は本気でそう思っていた)

なので、床に落ちたそのハンカチをぼんやり見つめて、答えの出せない問題と行き場を失ったハンカチによって自分の無力さに苛まれていた。

その時、想定外のことが発生した。

右後ろに座っていた美少女が、先生にバレない程度の、立つか立たないかの絶妙な姿勢で、そのハンカチをサッと拾ったのだ。

私は内心「(...お。このひと賢いな。)」と思わずにはいられなかった。

それは、この美少女の置かれた状況を鑑みた結果だ。
冒頭でも書いた通り、私の高校は自称進学校である。
ありがちだが、クラスは成績順で決定する。
成績順で決定するとはいえ、実際にはそんなに入れ替わらない。
この美少女は自分達のクラスで見たことがなかったので、間違い無く別のクラスからやってきた生徒だ。

以上のことから、
「(はは〜ん。この子あれやな。このハンカチを拾うことによって、前に座っている女子生徒と懇意になり、友達の輪を広げていく作戦を取ろうとしてるな? わかるで! ワイもそうするぞ!)」
という思考に帰着したのだ。
私はその美少女の俗っぽさに半ば安心し、取り掛かっていた英語の問題を進めようとした。

しかし、そういうありふれた未来は訪れなかった。
その美少女は、その微妙な姿勢のまま、前に座っている女子生徒の左ポッケに、落としたハンカチを、気付かれないように捻じ込んだのだ。

私は呆気に取られてしまった。

今までの自分の思考がなんて浅はかなものだっただろう。
つまるところ私の思考というのは、枠にはまった matcher の思考回路から逸脱しない

見返りを求めない美しさを、初めて目の当たりにした。
その光景は、10 年以上経った今でも鮮明に覚えている。

彼女がどういう人間かは全くわからない。
ただ、その行いが美しいということは私にでもわかる。

捻じ込んだハンカチは、捻じ込んだがゆえに、収まりが悪いので、その後何回か解放されて落下した。その度に、その美少女が困った顔で、前の女子生徒の左ポッケに捻じ込む姿は、いつまでも見ていたい光景だった。

いつの間にかチャイムが鳴り、現実に戻る。
課題は全く進んでいなかったが、もはやそれは、瑣末なことである。

余韻に浸っていると、前に座っていた唯一仲の良い友人が、怒涛の勢いで、話しかけてきた。
ワイ友よしまつ(ワイ) できたか!? この問題、俺はできたぞ!見てくれ!この奮闘の軌跡を...~ (以下 5 分ほど解説)」

ワイ「(君の軌跡はどうでもええんじゃ!ワイは今奇跡を目の当たりにしとったんじゃ!)」

私は、彼の崇高な解説を聞きながら、再び灰色の世界に戻っていった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
何も得ることのない話ではありますが、楽しんでいただけたら幸いです。


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