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光陰ニャの如し

 「ミモザ」と名付けた、今年16才になる雌猫と暮らしている。

  ツイッターでは時々彼女の様子をあげていて、フォロワーさんたちにもかなり馴染みの顔になっていると思う。
 だらだら書いた自分の駄文(うまいこと韻を踏めたw)より、彼女のぼーっとした顔などただ写した画像の方が好感を持たれているのは、ちょっと悔しい気もするが明らかである。
 
 人間にすれば70代後半というところか。
 我が家の歴代の猫たちの中では一番の長寿となった彼女だけど、うちにきた当時はこんなにかわいかったのです。

迎え入れて2週間ほどたった頃。

 ◇

 里子として引き取ったのは初秋の風を感じ始めた9月の終わり。この時が生後3ヶ月くらいだから、彼女は6月~7月の生まれ、いわゆる「夏子ナツゴ」だ。
 夏子は体が弱い、とか、病気にかかりやすい、とか聞くけれど、それは個体差もあることだと思う。ミモザは10才の頃まで、それはそれは活発で、見事な狩りの名手だった。

 山奥の、限界集落と呼ばれて久しいど田舎。
 我が家の隣家も上の家も空き家なので、獲物には事欠かない。成長するにつれて、彼女は毎日のようにさまざまな戦利品を持ち帰るようになる。
 しかもそれらはみな甘噛みである。
 だからほぼ生きている。

 小鳥は、翼が傷ついていない限りは、そっと口から離すことさえできれば、無事に飛び立っていってくれてホッとした。
 けど、他は。

 想像できるでしょうか。
 トカゲ、モグラ、ネズミにヘビ・・・。
 猫の口から解放されて、生き生きと
 部屋の中で動き回る彼らの様子を。
 そのたびに大パニックに陥る
 我が家の大人3人の様子を。

 得意満面な顔で意気揚々と帰還する彼女を怒るわけにもいかない。
 この獲物たちはすべて、「家で待つ自分の家族」である人間に見せたくて持ち帰ってくるのだし。

 その気持ちはわかりすぎるほどわかり、愛しいことには間違いない。
 けれども、あまりにも大漁が続くのに疲れ果て、ついには彼女が狩りに出かけると玄関の引き戸をほぼ閉めてしまうようになった。家に入れなければあきらめて、表で息の根を止めてくれるだろうという、人間たちの姑息な手段である。

 「ウウ゛、ニャア゛ーーン!」
 (帰ったよ、開けて~!) 

 巨大な獲物を口の両側からはみ出させたまま、玄関の前で切ない鳴き声をあげていた、若かりし頃の彼女を思い出す。まさに狩猟本能全開。10年間はまるまる彼女の全盛期だった。

庭で。虫の気配にヒゲが反応する
かなり高い木にも登っていた。降りるのは超苦手。

 ◇

 冒頭でもふれたように、我が家では私が生まれた時からすでに猫を飼っていた。ミモザはおそらく、11代か12代目になるはず。
 父と祖母が無類の猫好きだったのだ。
 しかし、母はそうではなかった。
 単なる苦手というより、嫌い。
 半ば憎しみに近い感じだったかもしれない。

 晩御飯の魚を咥えて逃げる、
 貼り直したばかりの障子を破る、
 柱のあちこちで爪を研ぐ、
 抜け毛が散る、
 暗闇で突然出てくる、
 泣き声が不吉…etc。

 冷たく当たる理由を聞くと、きりがなかった。近づいてきた猫たちを、母はパシィッとはたいたりしていた。
 猫には大変な災難だったけれど、母にしてみれば家事の邪魔ばかりする、 うるさくて怖くて迷惑な生き物とずっと同居させられているのだから、それも今思えば可哀そうではあった。
 半世紀近く前の超田舎のこと。
 当時は動物病院も、避妊去勢という常識も、ペットフードもなかったのだ。毎年生まれてきては足元にまとわりつくたくさんの仔猫たちや腹をすかせた親猫に、ブスっとした顔で捌いた魚の頭を放り投げていた母の様子を思い出す。

 
 けれど、そんな母が還暦を過ぎて、変わった。

 激変、といっていいと思う。
 母を変えたのはもちろん彼女の存在。


「あーかわいい。」母が初めて、猫に言った。
この無防備な寝姿に陥落したのかも。
まじめな顔で母の言葉を聞く。
このあと頭を撫でられた。我が家初の快挙だ。

 

両親の帰りを待っていた。車の音で顔を上げた。
陽射し+猫=しあわせ!

 ◇

 里親募集のサイトで運命的な出会いをしてうちの子になってから、いつか15年の月日が流れた。
 その間に、我が家にも当然変化があった。


 ミモザを溺愛していた父は3年前に急逝。突然残された母は悲しみの中で心身の不調に苦しんだ。無論私も。

 病弱な母とこの古い家を、いきなり1人で守らなければならなくなった緊張と重圧は、夜毎に襲いかかってきた。家のことだけでなく、父が担っていた地域のさまざまな役も、何もわからないまま引継ぐことになった。膨大な手続きと書類の山。手伝ってくれる人はいない。地域の煩雑な決まりごと、夜毎の母の幻聴…不安でたまらない。周囲からの何気ない言葉さえ、なぜか私と母を責め立てているような気がして、放っておいてくれと毎晩ベッドで泣いていた。

 そんな時に、やわらかく、ただ無言でそばにいる彼女の存在が、どれだけ救いになったことか。



何にも知ろうとしない。だけどそばにいる。

 

 ◇


 気がつけば、2人と1匹の暮らしになって3年半がたとうとしている。

 母はもう、まるで昔から生粋の猫好き人間でしたというような顔をして、彼女を膝に乗せる。
 ミモザも母に倣って、私があなたの膝にいるのは本当に当然ですよねというような涼しい顔で抱かれている。
 この家にきた当初、恐々と自分の体にふれてきた、母のおぼつかないの指の感触なんて、とうに忘れているだろう。

 母が寝室に引っ込むと、ふたりきりになった茶の間で、私たちは毎晩どちらからともなく儀式のように、額と額を突き合わせる。
 静かな夜に、ミモザの鳴らすゴロゴロ音だけが延々と響く。
 その儀式は何度も、彼女が心から満ち足りるまで何度も繰り返される。時間にするとのべ数十分。そこまでしてようやく彼女は眠りにつく。その彼女に、

 (今日もありがとう、元気でいてくれて)

 と感謝しながら、私も安堵して眠りにつく。

 ◇

 母と私がたまに言い合いをする。
 と、彼女がさっと間に入る。
 必ず私を止めにくる。

 2回目のコロナワクチンを打った夜。
 高熱とだるさでダウンしたら離れない。
 私の胸に前足を置き、
 いつまでも顔を覗き込んでくる。

 姉と甥が帰省した日。
 張り切ってネズミを捕ってくる。
 今ではちゃんと息の根を止めて、
 玄関先に置いて、歓迎の意を示す。

 父のために般若心経を唱える。
 私の後ろにやってくる。
 抱きあげて、遺影を見せる。
 黙ってじっと父を見る。

 ◇

 パソコンに向かい夜更かしをする。
 毎回すぐに飛んでくる。
 画面の角で目ヤニをこする。
 キーボードの前に陣取り、
 私の視界に無理やり入る。
 言いたいことがあるのです。
 そういう顔で画面を隠す。
 こらぁ、とゆるく言いながら
 私は作業を続行する。
 彼女はさらにさらに近づく。
 私を見据え、モフれと前足を出す。
 ついにマウスにお尻をのせる。
 ああそこに座らないでよ、
 キーボードが暴走しちゃう。
 今、お前のことを文章にして
 るんだからさ、
 もうじき終わるからちょっとどいて、
 最後の言葉を打たせてよ。
 
 年をとるたび彼女の主張は激しくなって、
 年をとるたび彼女のことが愛しくなって、

 このままあと何年一緒に過ごせるのかな。
 
 光陰矢の如しって言うじゃない。

 だから今、
 
 「お前と暮らせて本当にしあわせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせ

 おわり


 このエッセイは特集「#猫のいるしあわせ」に参加しています。
 お読みいただきありがとうございました。

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