竹田さん1

Amazonからの荷物かと思ってドアを開けると、150㎝くらいの女性が立っていた。

その女性は、ただいまと言った。

わたしがどちらさまでしょうかと聞くと、あなたの妻ですと答えた。

わたしは困ったが、しかたがないので、おかえりと言い、部屋の中に入れた。

「今日、電車の中に変な人いたよ」

わたしがいれたコーヒーに口をつけながら、女性は話し始めた。

「へえ。どんな人」

「ガラガラに空いているのに座らないで、ずっとドアに寄りかかって本を読んでいるの」

「それは僕もよくやるよ」

「そうなの。じゃああれはあなただったのかもしれないわね」

「え。何時頃?何線?」

「わからないわ」

「そうか。でももしかしたら、僕だったかもしれないね」

「きっと違うわ。だって、女性だったもの」

「そう。じゃあ僕じゃないや」

女性は、わたしの書棚から『ドカベン』の40巻を取り出して、ページを繰っている。

明訓高校と弁慶高校の、伝説の試合が収録されている40巻を選んだのは、偶然なのだろうか。

わたしは『ドカベン』を読む女性に、声をかけた。

「名前、なんていうの」

「竹田です」

「竹田さんか。僕と苗字違うんだね」

「そうかもしれないわね」

竹田さんは、『ドカベン』40巻を書棚に戻すと、今度は小島信夫の『寓話』を持ったが、ケースから本を取り出そうとしたが力が足りず、あきらめて戻した。

「もう寝ようかしら」

「うん、それがいいかもしれないね」

わたしは、寝室に竹田さんを案内し、自分はリビングに戻って冷めたコーヒーを飲んだ。




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