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学術誌のOpinionを読む(5)~インドのCOVID-19対策~

 今回は、NEJMと並んで臨床医学の頂点と言われるThe Lancet誌に4月25日に掲載された、EDITORIALコーナーを紹介します。インドのCOVID-19対策は、今のところ非常にうまくいっているようですが、抱えている問題はどこの国でも共通している印象を受けますね。

The Lancet, Volume 395, ISSUE 10233, P1315, April 25, 2020
DOI : https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)30938-7

 世界最大規模のロックダウンが、5月3日まで延長された。1月30日に最初の症例が発生されて以来、インドでは31の州と連邦直轄領で、18,895人の感染者と603人の死亡が報告されている(4月22日時点)。政府はすぐさま国境を封鎖し、即座にロックダウンを施行した-WHOは「タフでタイムリー」だと褒め称えた。このロックダウンには、パンデミックが今後数週間でピークを迎えて患者が急増する可能性に備えて時間を稼ぐという政府の意図もあった。しかし、インドの人口10~30億人は異なる州にまたがっており、健康格差や社会的・経済的格差の拡大、文化的価値観の違いなど、独自の困難を抱えている。

 COVID-19への準備と対応は、州ごとに異なっている。ケラーラ州は2018年のニパウイルス感染症の経験
(訳注:13人が死亡した)を活かして大規模な検査や接触者の追跡を行い、地域を結集してウィルスを封じ込めた結果、極めて低い死亡率を維持している。オリッサ州は過去に自然災害にさらされているため(訳注:定期的に大型のサイクロンに襲われる地域である)、危機に対する予防策は既に策定されており、これが再利用されている。マハーラーシュトラ州(訳注:ムンバイを含む)はロックダウン期間中、ドローンを使用して社会的距離を監視するほか、クラスター封じ込め戦略を実行して-ある場所で3人以上がコロナと診断された場合、3キロ以内の全ての家庭が検査を受け、接触者を追跡される-意識を高めている。この戦略が成功するかどうかはいまだ不透明である。というのも、地域間の移動がないことが前提となっているし、(感染が確認された家庭に対する)差別や抑圧の危険があるからだ。とはいえ、インド各州のCOVID-19への対応は賞賛に値するものである。

 インド政府の突然のロックダウン施行はやや拙速だったようで、社会的弱者には急速に不利益を与えた。移民の大量出国が起こり、インフォーマル・エコノミー
(訳注:課税されず、政府統計にも含まれない職種)で働く人々の間で飢餓が懸念された。公衆衛生対策の実施は、過密な住環境や不十分な衛生の中では困難である。COVID-19以外の保健サービスは中断されている。報告によると、政府が提供しようと努力している経済的支援や食料安全保障は、需要を満たすには不十分である。しかし、よりよい計画とコミュニケーションができるようになれば、この危機は防げるかもしれない。

 4月20日時点の検査率は、1000人あたり0.28人と低いままである。キャパシティーの問題や、政治的意思の欠如、運用の実行可能性が原因となっている。しかし、この形勢を逆転させようとする努力は進行している-何十万もの検査キットが入手できるようになり、より多くの検査会社や試験機関が認可されている。疫学的な証拠を拡大するツールとして、検査を指数関数的に、また戦略的に増やしていかなければならない。インドの対応は、医療従事者の不足によって後手に回っていたのだが、別の部門から追加の人出を動員する新しい改革によって、改善が期待される。

 インドにおけるCOVID-19対応に対する脅威の一つは、恐怖や差別、非難がもたらすデマの拡散である。医療従事者への暴力や、COVID-19に感染している(ありはそう疑われる)人への差別が増加しており、人々が病気の報告をためらう可能性がある。また、タブリー・ジャマート
(訳注:イスラム教の伝道団体)関連の集会が多くの症例に関与していると認められてからは、パンデミックが反ムスリム感情を煽るのに利用されている。フェイクニュースと戦うための歓迎すべきイニシアチブが、400人以上の学際的な科学者団体によって出されている-彼らは自主的に「COVID-19に対するインド人科学者の対応」というグループを結成し、病気に関する迷信やデマと闘っている。

 インドの有利な点は、人口の65%が35歳未満と若者が多いところであり、現時点では予想より深刻度は低い。ロックダウンは、感染者のカーブを平坦化するという、期待された成果を既に出している。4月20日に各州は、それぞれの地域の感染起点の分析に基づいて、さまざまな制限を緩和し始めている。当面の課題は、感染を制御可能なレベルに抑え、検査や接触者の追跡、隔離、ケアプランの実行、そしてタイムリーな情報発信を行うリソースを確保しておくことである。中央政府はコントロールを緩め、各州に資金調達と意思決定の自由を与えるべきである。また、医療部門にも十分に注意を払い、強力な公共セクター(特にプライマリ・ケアと、地域レベルのもの)の存在がどれほど重要かを認識すべきである。インドの公衆衛生システムは慢性的に資金不足であり(GDPのわずか1.28%)、プライマリケアが弱体化している。このパンデミックは、インドの医療制度を長い目で見て変えていく必要があると警鐘を鳴らしている。

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