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気の合う二人

マッチングアプリを削除した。使い始めてから1ヶ月たらず、こんなにも早くいらなくなったことに彼女は笑みを浮かべた。理想的な男性を手に入れたから使う必要がなくなった。

毎日メッセージを男性に送った。電話は朝と夕方に欠かさずした。空いている時間があれば会いに出かけ、濃密な時間を過ごした。男性がテニスのコーチだったのでいつも一緒にいられるようにテニスも始めた。ラリーのレッスンで1時間汗を流してからホテルでもプレイをした。

好き、愛してる、会いたい、キスしたい、抱き合う、ベッドイン、時間になれば次の逢引の予定、お別れの後の連絡、好き、愛してる、すぐ会いたい。エンドレスなやり取りを朝も昼も夜もした。してもしても尽きることはなかった。

「妻にバレた」

その連絡以降、男性は彼女の前から消えた。可能な限りの方法で連絡をとるも、返事はなかった。読まれずに溜まっていくメッセージ。付き合っているときも彼女の送信が既読にならないことが何度もあった。それでも返事が来るまで何通も何通も送っていた。

男性とのアバンチュールは3ヵ月で終わりを告げた。テニスだけが彼女に残った。

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夫にスタイルが良いとおだてられ結婚したのに、出産後は太ってしまった。「太っているなら抱けない」と言われたときはショックだったが、彼女が全てこなす家事や育児が大変で気に留めている暇もなかった。夫の関心はスポーティーな愛車を磨くことだけで、彼女はメンテナンスされることはなかった。

コロナウイルスが蔓延して自宅での隔離生活が余儀なくされた際、彼女はダイエットをしてみた。思った以上の成果が出ると女としての自信を取り戻し性欲がわいた。気が付くと10年間セックスレスだった。自分らしく生きたい。彼女は夫にオープンマリッジを提案した。

家庭に持ち込まないこと。夫の関心は車だけだったが、知ってしまうと気分が悪いと言われた。この条件を守ることを約束して、直ぐにマッチングアプリを使った。秒でセックスフレンドを希望する男とマッチした。

男は純粋に行為だけを楽しみたいと言っていた。彼女もややこしい恋愛感情は無くてもいいと思っていたが2,3回会うと情もわいた。ところが突然音信不通に。セフレとはこんなものかと彼女はあきらめた。再度マッチングアプリを始めると現れたのがテニスを教えてくれた男性だった。

テニスコーチの男性と愛をはぐくんでいた時にセフレ男から連絡があった。携帯をなくして連絡が取れなかったと言われた。連絡があったことは嬉しかったが彼女にはもう必要はなかった。それでもしつこく誘ってきた。ドライな関係を楽しもうと言っていた男が彼女を欲している。自分が評価に値していることに彼女は嬉しくなった。

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テニスの男性に去られて失意のどん底の時、SNSで気持ちを訴えるように吐き出すと気分が晴れた。リアルタイム会話をやると同じような境遇の男女と仲良くなれた。

一気に友達は増え、彼女は様々なリアルタイム会話に顔出すようになった。そんな中に彼がいた。輪の中でもいつも楽しく話をしていたが、次第に個人的にも話すようになった。彼が、彼女の話したいと思う時間にぴったりと寄り添ってくれた。より親密になるのに時間はかからなかった。

彼の家庭は不仲で修復は難しいと言っていた。出会った頃は仕事の隙間時間を使って毎日会いに来てくれた。今でもそれは続き、一週間に3回以上会いに来て愛を交わしている。彼女と彼の感覚はぴったりあっていた。10年後は一緒に生活することを誓い合った。

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都心の空はいつも曇っている気がする。行きつけの喫茶店に入ると丁度いい席が空いていた。座ってメニューを見ずにココアを頼む。しばらくすると彼女が近づいてきた。遠方なのに会いに来てくれて、不慣れな街に迷いながらも待ち合わせ場所に来てくれた。上品でふんわりとした刺繡のワンピース。この人がオープンマリッジをしているのかと思わずにはいられなかった。

特定の彼氏がいるから関係する男性を増やそうとは思わないが、いつでも自由な気持ちでいる、そう彼女が言った。短い期間に出会いや別れがあったことで様々な感覚を高め学ぶことができたのだという。オープンマリッジと言っても順風満帆ではないのだ。

婚外はなんの約束もできない。常に愛を確かめなければならない。相手の気持ちをつなぎ留めておくには未来を担保にしてしまうこともしばしばだ。未来なんて誰もわからないのに、それでも希望に胸を膨らませてしまう。それさえもわかっている彼女は気を緩めることはしないのだろう。


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