見出し画像

枕を抱き、立ち上がれ

4月1日が一体なんの日であるか。
そんな事は今さら問いかけるまでもない愚問かもしれない。

様々なところで様々な人々が工夫をこらした準備をし、皆で楽しませあう。
今年はどんなドラマが待っているのだろうか?
楽しみにしている者も少なくないだろう。

そんな分かりきった答えでも、あえて口にしよう。

そう、
2023年4月1日は、
International Pillow Fight Dayである。


International Pillow Fight Dayとは

もしかしたら、本当にもしかしたら初耳の人もいる可能性も否定はできない。なので念のために説明をしておこう。

International Pillow Fight Dayとはピローファイト、すなわち枕を用いて相手と叩き合う遊びの日である。
2008年から毎年4月の第1土曜日がInternational Pillow Fight Dayに制定されており、毎年それを祝してシアトル、バンクーバー、ウィーン、バルセロナなど世界各地で大人数によるピローファイトが行われるのだ。

世界有数の都市であるロンドンもその会場の1つである。
イギリス在住の頃にそのクレイジーなイベントを知った私も、戦地へ赴くことにした。

決戦は土曜日

ロンドンの戦場は街の南部、ヴォクソールに近い、ケニントンパークである。
かつてはナショナル・ギャラリーの前に位置するトラファルガー広場で行われていたそうだが、近年はここを舞台にしているようだ。

Facebookで行われていた告知によると、戦いにもいくつかのグランドルールがあるそうだ。

1)冷静にみんなで楽しみましょう。自分より弱い人に向かって強く振ると、傷つける可能性があります。
2) 傷つけられた場合、彼らが他の人を傷つけないように、丁寧に「強く殴りすぎだ」と言いましょう。
3) これはピローファイトです。枕で頭を殴られます。心配なら端っこのほうにいてください。
4) カメラを持っている人を叩かないでください。
5) 始める前に合図があるまで待ちましょう。
6) これは、組織的な企業の「イベント」ではありません。毎年ある日時に世界中の人が集まるというアイデアで、世界中に広まりました。
7) コスチューム大歓迎。

出典:Facebook

「殴られます」と明言されるとは、このご時世に於いてどうかしているイベントだ。しかもFacebook上では7,900人もの戦士たちが参戦を表明していた。
こんなの見に行かざるをえない。

さっそくカメラを片手に戦場へ。気分は渡部陽一である。
開戦は14時とのことだった。45分ほど前に到着したところ、まだ人もまばらであった。
手持ち無沙汰なので、しばらく公園内をうろつく。

1854年にロンドン初の公共の公園としてオープンしたケニントンパークは、広々とした敷地内に各種球技場やイングリッシュガーデン、カフェなども併設されていた。

15分前ごろに再び戦場に戻ると、様子が変わっていた。
規制線が敷かれている。
会場への入り口には、以下のように書かれていた。

枕を持たないもの、立入禁止

非戦闘民は立ち入り禁止、ということのようだ。
残念ながら私は枕を持ってきていなかった。
私の家の枕はもともと物件に付帯していたものであり、戦闘の道具として持ち出すことはできなかったのだ。

闘志無きものは去れ―――

好きな野球漫画に登場するダメ監督の言葉が思い出された。
私には合戦の様子を外から指を咥えて眺めることしか許されなかった。

規制線の外から中の様子を覗き見る。
来るべき瞬間ときに向けて、各々備えに励んでいた。

公式告知でも歓迎されていた通り、コスプレをした面々の姿も目立つ。
枕を体中に巻き付けた結果、ミシュランマンみたいになっている者もいる。

記念撮影なども行われていた。
戦士たちの、試合前のつかの間の交流時間のようだ。

そうしていると、主催者と思しきものが、何かを説明し始めた。
それに耳を傾ける戦士たち。
しばらく後、戦場が色めき立つ。
ついに戦いの幕が開かれるようだ。

時は来た。
さぁ戦士たちよ、枕をいだき立ち上がれ―――

仁義なき戦い

合戦の火蓋が切って落とされた。

中心へと群がる戦士たち。

闘志がみなぎる その鍛えたかいなが振り下ろされる。

老いも若きも、男も女も、戦場を前にしては取るに足らない問題である。
過ぎ去った冬を思い出させる太平雪たびらゆきのように羽毛が舞い上がる。

密かに気になっていたことがあった。
日本で枕を使ったピローファイト相当の競技といえば枕”投げ”の印象が強い。
なぜ彼らは投げずに、叩きあうのだろうか?
この光景を見て合点がいった。

材質が違うのだ。
日本の枕の中身は伝統的に蕎麦殻やビーズが主流であった。対して欧米の枕は羽毛が詰められている。
よって枕の硬さも大きさも異なる。

日本の枕は比較的投げるのに適しており、欧米の枕は叩くのに適していた。
ただそれだけのことなのだろう。

そんなことを非戦闘地域でぼんやり考えている間にも、猛き者共の戦いは続いていた。

ミシュランマンもこの有様だ。

15分ほどの狂乱の果て、合戦は終わりを告げた。
大地に多くの痕跡を残して。

世界には、ピローファイトと言う名のバラがあるらしい。
その写真を見た時、さもありなん、と思わずにはいられなかった。

出典:かのやばら園HP


私が戦場を目の当たりにしてから6年が過ぎた。
今年も、多くの猛者たちが各地でパトスをぶつけ合うことだろう。
そこにはどんなドラマが待ち受けるのだろうか。

楽しみでならない。


最後までご覧いただきありがとうございました。

【ご参考】戦闘地域内から撮影したファイトの様子


いただいたサポートは、新たな旅行記のネタづくりに活用させていただきます。