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ヘーゲルの弁証法で小売の在庫問題を考えてみた

本日は少し、哲学的な思索に関して書こうと思います。19世紀のドイツ観念論の哲学者ヘーゲルが生み出した「弁証法」を、資本主義の宿痾ともいえる在庫問題に適用して解決策を考えてみました。ヘーゲルや弁証法というキーワードは、2020年から現在まで空前の大ブームになっているカール・マルクスの『資本論』に絡んで最近耳にした人も多いかもしれません。思索の結果、弁証法で在庫問題を解決できることが分かったのでご報告します。

二律背反(矛盾)が発展の原動力

まず、ヘーゲルとは何者なのか。大辞泉(増補・新装版第1刷)にはこうある。

ゲオルク・ウィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル。1770~1830年。ドイツの哲学者。自然・歴史・精神の全世界を、矛盾を蔵しながら常に運動・変化する、弁証法的発展の過程としてとらえた。また、欲望の体系としての市民社会概念を明らかにした。ドイツ観念論の完成者で、その弁証法はマルクスにより唯物弁証法として批判的に継承された。(後略)

弁証法は人類が生み出した哲学の中でも最高峰とされている。理系学部だった筆者は哲学を学んでいないので、高尚な思想には理解が及ばない。そこで元ネタとしたのは、田坂広志先生の著書『使える弁証法~ヘーゲルが分かればIT社会の未来が見える』だ。

弁証法のエッセンスのうち、実際のビジネスに応用できることが非常に分かりやすくまとめられており、刊行から15年経った今でも何ら色褪せていない。その辺の自己啓発書やビジネス実践書よりも遥かに役に立ち、教養も身に着いた。

肝となるのは、弁証法で語られているいくつかの「法則」の根底にある、次の基本法則だ。

「物事は矛盾の止揚により発展する」

止揚というのは、ドイツ語のアウフヘーベンのことで、田坂氏は次のように解説している。

止揚=互いに矛盾し対立するかに見える2つのものに対し、いずれか一方を否定するのではなく両社を肯定し、包含し統合し、超越することによってより高い次元のものへ昇華させること

ここで在庫問題を持ち出してみよう。小売業をはじめとする在庫ビジネスにおける在庫問題とは、在庫を増やすと売上が増えるが、売れ残りも増えてしまい、かといって在庫を減らすと売上も減ってしまう二律背反を指す。つまり売上増加と在庫削減を両立させることは難しいということだ。

しかし、この矛盾を止揚させると、在庫問題は解決できてしまう。なぜかというと、矛盾が発展の原動力になるからだ。

止揚によって小売の手法が発展する

最近ITビジネスで流行りの論理思考は、論理的整合性を重視して矛盾を排除する考え方だ。世の中は矛盾に満ちており、論理思考の下では矛盾から新たな発展は望めない。これに対し、弁証法では矛盾を受け止め、止揚することから、矛盾から新たな価値を生み出すことができるのだ。

具体的にみてみよう。在庫問題とは単純化すれば「売上増加」というテーゼと「在庫削減」というアンチテーゼの衝突だ。これらのどちらかを優先し一方を諦めるのではなく“対話”させよ、と田坂氏は説く。

問題になるのは売上を増やすために商品をたくさん仕入れた後の在庫が、なかなか売れない不良在庫になることだ。では不良在庫とは一体どういうものなのか。よく売れていても在庫をたくさん持ちすぎていれば、それは不良在庫ではないか()。逆に、なかなか売れなくても在庫の数が少なければ不良在庫と見做さなくても良いのではないか()。はたまた、売れ筋商品と死に筋商品(不良在庫)の二択ではなく、その中間に位置する商品もあるのではないか()。

売上増加と在庫削減という「矛盾」を対話させると、前述のように色々とアイデアが出てくる。まず①の商品は、時間の経過とともに気付かないうちに売れ行きが鈍り、「不良在庫」だと気付いた時には既に手遅れになっていると想像がつく。
➁の商品は、急いで在庫処分をする必要がないことが分かるだろう。そして➂は、販促をテコ入れすれば売れ行きが向上するのではないかと考えられる。

ここで①➁➂それぞれに適切な手を打てば、在庫を減らしながら売上をつくることができる。従来は、売上をつくるにはひたすら売れ筋商品を仕入れるしかなかったから、在庫がどんどん積み上がっていた。しかし、矛盾の止揚によって、いま手元にある在庫を使って売上を立てるという行動が生まれた。これは弁証法的な思考によって売り方が発展したということに他ならない。

弁証法を実践し倒産危機を回避

ただし、こうした発展型の売り方を実践するには、全ての在庫データを品番あるいはSKU単位で管理し見える化する必要がある。この見える化はDXで可能になると言っていいだろう。

それを既に実践している事業者があった。このZaikology Newsを運営するフルカイテン株式会社の代表、瀬川直寛はかつて子供服EC事業を手がけていたが、在庫過多で倒産危機に3度も直面した。

瀬川は在庫まみれになりながらもエクセルを駆使して前述の手法を実践し、果てにはシステムを作り上げた。それがFULL KAITENだ。本人は弁証法を用いたという自覚はなく、段ボール箱で積み上がった在庫を何とかしないと倒産するというやむにやまれぬ事情から実行したようだが、間違いなく在庫問題の解決においてアウフヘーベン(止揚)が起こったのだ。

ちなみに瀬川が起こしたアウフヘーベンは下記リンクの記事で詳述している。

田坂氏の弁によれば、弁証法では「対立するものは互いに似てくる」と考える。物事は互いに対立する物事の相互浸透により発展するからだ。小売業でいえば、「売上増加」と「在庫削減」は対立しているように見えるが、両社を統合すれば小売経営はさらに発展する。

最後に、弁証法には他に4つの発展の法則があるので紹介したい。

 1. 螺旋的発展
 2. 否定の否定による発展
 3. 量から質への転化による発展
 4. 競い合うものの相互浸透による発展

このうち①について補足する。物事は進歩・発展と復活・復古が同時に起こるということを意味する。つまり右肩上がりに一直線に発展するのではなく、あたかも螺旋階段を上るようにして進歩・発展していく。

螺旋階段を上る人を真上から見ると、1周して元の位置に戻ってくるように見える。しかし横から見れば、確実に階段を上っている。例えば、合理的でないとして消えた「競り」が、ネットオークションとしてさらに便利になって戻ってきた。江戸時代の自律学習のインフラだった寺子屋は、e-ラーニングとして復活している。

弁証法によって、新たな世界が拓けてくるのではないだろうか。