『ここは私が。』

会社員の山崎忠雄(35才)は、
元取引先相手で、
今は脱サラして作家をやっている、
星野浩一(36才)と、
久しぶりにご飯を食べた。

山崎「いやー美味しかったですねぇ。」

星野「予約なしで入ったにしては、
   当たりでしたね。」

山崎「特にエビチリがね。」

星野「私もエビチリが一番美味しいと
   思ってましたよ。」

山崎「一緒ですね。
   さて、そろそろお会計にしますか。」 

星野「そうですね、
   山崎さんはご家庭がありますもんね。」

山崎「その、まぁ。」

星野「私に気を使わないでください。
   バツ1だって、なってみたら
   それなりに楽しいものですよ。」

テーブルの上にある、黒い札を取ろうとする。
これをレジまで持っていき、
お会計をするのだ。

山崎・星野「あっ。」

2人は同時に、黒い札に手をかけた。

山崎「ここは私が払いますよ。」

星野「いやいや、ここは私が払います。」

山崎「いやいやいや、ここは私が。」

星野「いやいやいやいや、ここは私が。」

黒い札をお互い譲ろうとしない。

山崎「3日前、カフェで会った時、
   星野さんに払ってもらいましたよ!」

星野「それはその1周間前に、
   山崎さんといった
   銭湯のお金を払ってもらったからです」

山崎「では、順番ということで、
   僕が払います。」

星野「くっ。」

星野から、黒い札を奪う山崎。

山崎「払ってくるので、お待ちください。」

星野「銭湯の前に飲み屋に行きましたよね!」

山崎「はい。それが何か?」

星野「その飲み屋代も山崎さんが、
   払ってるんですよ。
   つまり2回連続で奢ってもらっていて、
   僕はまだ一回しか返せていない。
   順番でというなら、
   今回は僕の番ではないでしょうか?」

山崎「はっ!」

山崎の手から黒い札がポロリと落ちる。
それを拾う星野。

星野「では払ってきますのでお待ちください」

勝ち誇りながらジャケットを羽織る星野。

山崎「養育費。大変じゃないですか?」

星野「なんですって?」

山崎「奥さんの不倫が原因とは言え、
   経済能力がないシングルマザーだ。
   あなたが当面の養育費を
   払ってるんでしょう?」

星野「よく知ってますね。その通りです。」

山崎「みちこさんから直接聞きました。」

星野「そうですか。」

山崎「養育費を払っている人に、
   おごってもらうわけにはいきません。
   ここは私が払います。」

星野「いえ、私が払います!」

山崎「だからお金が大変でしょう!?」

星野「あんたがみちこと不倫したのが
   原因だろうが!」

山崎「それは今関係ない!!」

星野・山崎「・・・」

星野「っていうか、
   まだみちこと会ってるんですか?」

山崎「ええ、近況を報告しあっています。」

星野「奥さんにはまだバレてないんですか?」

山崎「妻がヨガ教室で家を空けている間の
   密会です。」

星野「こりない人だ。
   まぁ僕とみちこはもう関係ありません。
   養育費に関しても、
   本業が軌道に乗っているので
   問題ないです!
   だからここは僕が払います!」

山崎「お願いします!
   罪滅ぼしがしたいんです!」

星野「だから関係ありませんから!
   それに怒る資格なんてないんですよ。
   むしろ嬉しいくらいです。」

山崎「そんなわけないでしょ!
   友達と奥さんが不倫してたんですよ!」

星野「奥さん、ヨガ教室に行ってるって。
   さっき言いましたよね。」

山崎「はい?それが何か?」

星野「それ、ウソなんです。
   本当は僕と会ってるんです。」

山崎「ええ。。」

星野「まぁ、ヨガを教えてるといえば、
   ウソではないかと。」

山崎「聞きたくないよ!」

星野「そういうことなんです。」

山崎「・・・」

星野「おかげさまで、
   不倫のドラマの脚本が書けました。
   いい値段で売れたので、
   養育費の方も大丈夫です。
   でも山崎さんに申しわけなかった。
   だから、
   ここは私が払いたかったんです。」

山崎「お互いに、
   妻が理由で払いたかったんですね。」

星野「もう、割り勘にしませんか?
   今の僕たちにぴったりだ。」

山崎「ハハハ、そうですね。」

黒い札を、2人でレジに持って行った。

店員「お会計、6000円になります。」

星野「じゃあ、取材費ってことで。」

山崎「妻のヨガレッスン代ってことで。」

2人は3000円ずつだした。

店員「またお越しくださいませー。」

世界には、
こういった友情の形もあるのかもしれない。

~終わり~


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