『国際結婚』

僕はルームシェアをしている。
だから、こうして家に一人でいる時間は結構幸せだ。
気兼ねなく本当の自分でいられる。
それに、一緒に住んでるあいつは、
もう2,3日はこの家に帰ってきてない。

「ガチャガチャ!ガチャガチャ!」

玄関は鍵が閉まっているのが通常の状態であるということを、
1年たっても覚えないあいつがついに帰ってきた。

「ピンポーン」
チャイムが鳴る。

太田「おーい萩原~、いるんでしょ~。
   開けてよ~。」
太田のバカでかい声はドア越しでもよく聞こえる。

萩原「自分で開けろよ。」
リビングから大声で答える。

太田「鍵持ってないもん。部屋の中。」

萩原「はぁー。」
仕方なく立ち上がり、玄関へ行く。

萩原「はぁ~。」
わざと聞こえるように、ため息をしながら、
玄関のドアを開いてやった。

太田「ただいまぁ~。さ、ハンコハンコ。」
太田が玄関に入る。
僕はその姿を見て驚いてしまった。

萩原「おかえり、、
   ってなんだよその恰好!」

太田「ああ、これね。」
太田は、自分が着ている、
真っ白のタキシードを指さした。

太田「結構高かったんだぜ。」
真っ白のタキシードの襟を正す。
まったくと言っていいほど、
似合ってなかった。

萩原「なんで白のタキシード着てんだよ。」

太田「ああ、プロポーズしたから。」

萩原「えええ!プロポーズ!」

太田「そう。」

萩原「プロポーズって、あの?」

太田「そう、まぁ日本語で言ったら、
   ・・・日本語で言ったら、
   え、プロポーズって言葉、
   日本語にない?」

萩原「いやどうでもいいよ。
   誰にだよ。」

太田「シルヴィア。」

萩原「外国人かよ!」

太田「そうだよ。」

萩原「まって。
   お前、この前彼女いないって言ってなかった?」

太田「シルヴィアと出会ったの二日前だからな。」

萩原「お前がマッチングアプリの女の子と、
   会ってくるって言った日な。
   え、それがシルヴィア?」

太田「そう。で、今日プロポーズしてきた。」

萩原「いや~。思い切ったな。」

太田「俺は悩んでたんだけど、
   あっちがすぐに結婚したいっていうから。」

萩原「ふーん。」

太田「まぁ、文化の違いってやつだな。
   フィリピン人ってみんなそうなのかな。」

萩原「いやフィリピンの人かよ!」

太田「そうだよ。」

萩原「なんでシルヴィアなんだよ。
   白人みたいな名前してさ。」

太田「いや日本人にだっているじゃん。
   ・・サムとかさ。」

萩原「TRFでしか見たことないよ。」

太田「とにかくプロポーズして、
   無事に成功したから。
   あ、あったあった。」
太田は、引き出しからハンコを取り出した。

太田「入籍のためのハンコ、取りに来たんだよ。
   俺が書いてからじゃないと、
   シルヴィアがそのあと書いて提出するって。
   しっかりしてるよな。」

萩原「いやー。」

太田「なんだよ、お前、親友だろ。
   おめでとうくらい言えよ。」

萩原「いや、だってルームシェアとかどうすんの?
   この部屋だって、保証人も名義もお前だし。」

太田「つづけるよ。」

萩原「つづけんのか!」

太田「シルヴィアは来週から来るから。」

萩原「シルヴィアくるのかよ!やだよ!」

太田「大丈夫。
   家賃は、お前と俺とシルヴィアで、
   5:2.5:2.5な。」

萩原「ふざけんなよっ!」

太田「なんでだよ。損はしてないだろ。」

萩原「顔も見たことないフィリピン人と
   来週から住むなんて、損でしかないだろ。
   お前のそういう決断の速さ。
   どうかと思うけどなぁ。」

太田「お前だって、
   東京でたまたま出会って、
   すぐに住み始めただけじゃん。
   シルヴィアのこと言えねぇよ。」

萩原「俺はいいんだよ。でもなぁ・・・」

太田「しょうがないじゃん。
   どうしてもすぐに結婚して、
   すぐに住みたいって言うんだもん。」

萩原「なんでそんなに急いでんだよ。シルヴィア。」

太田「まぁ、運命の相手に出会うとな。
   誰かにとられる前に早くしなきゃって、
   焦るもんなんだよ。ああ可愛いシルヴィア。」

萩原「ちょっと待て。聞いたことあるぞ。」

太田「なにが?」

萩原「フィリピン人なんだよな」

太田「そう。日本に住んで3年目かな。」

萩原「確かな、就労ビザって期限があるんだよ。
   でも、日本人と結婚したら、
   ビザとか関係なく、
   日本にずっといられる権利が手に入るっていう。」

太田「え、じゃあまさか。」

萩原「悪いけどさ、お前、利用されてるだけなんじゃないか?」

太田「そんなわけないっ!」

萩原「お前が入籍届を書いてから、シルヴィアが書くって?」

太田「うん、しっかり者だから。」

萩原「早く結婚したいなら一緒に書けばいいじゃん。
   何か、お前に見られたくないことでもあるんじゃないか?」

太田「そんなわけ。。。」

萩原「例えば、名前が違うとか。」

太田「うーん。」

萩原「そんな怪しい女やめとけ。
   今ならまだ間に合う。」

太田「でも、せっかくプロポーズしたのに。」

萩原「そんなの関係ないだろ。」

太田「フラッシュモブしてくれた200人に申し訳ないよ。」

萩原「それは、申し訳ないな。」

太田「いや、違うよ。シルヴィアはそんな女じゃない!
   出会って二日だけど、本当に愛してるんだ!
   ちょっと行ってくる。」

萩原「どこに?」

太田「シルヴィアに直接聞いてくるんだよ!
   たとえどんな事情だろうと、
   俺は結婚するからな!!!」
太田はハンコと入籍届をもって、
すぐに走って部屋を出ていった。

萩原「・・・お前なら絶対そうするだろうな。」
萩原は、自分の荷物をまとめ始めた。

荷造りが終わると、
名残惜しそうに部屋を眺めた。
萩原「どこにも戸籍のない俺が、
   地球で暮らすには、
   誰かの助けが必要だった。
   それと同じことなのかもな。
   この星の人の幸せを、
   邪魔しちゃいけない。」

鍵をかけないで、部屋を出た。
俯いた誰かがその花を見つけるように、
寂れた花壇に球根を植えた。

やがて星空が見え始めたころ、
山から飛んで行った飛行船は、
その宙へ消えていった。
~おわり~



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