逗子で巻き込み巻き込まれた人。空間とアートと、やあべそい
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逗子で巻き込み巻き込まれた人。空間とアートと、やあべそい

(※今回のインタビューを動画にまとめています。よろしければ、動画も合わせてご覧ください。)


逗子に住み始めて4年弱、今年の5月には新しい命も授かった。

やあべそいは現代美術家として、油絵を描いてギャラリーで展示をしたり、
各地でインスタレーション作品の展示を行っている。

インスタレーションとは、展示空間を含めて全体を作品とし、見ている
観客がその「場」にいて体験できる芸術作品だ。

場所と密接に関わるインスタレーションの表現を探求しているうちに、
建築やインテリアといった空間にも興味を抱くようになった。

はじめは自分の表現の幅を広げるために、建築やインテリアの研究を行って
いたが、建築と芸術の関係性や奥深さを知るうちに、引き込まれていった。

その結果、建築やインテリアといった空間領域を扱う多摩美術大学環境デザイン学科の
副手に従事したり、出版社で建築・インテリア専門誌の企画編集を務めたりした。

これら前職の経験も活かしながら、現代美術家として活動する傍ら、ディスプレイやパビリオン作りの仕事や、出版の仕事の依頼を受けたりもしている。

現在は0歳児を育てる一児の母であるため、仕事の依頼は控え、作家活動と慣れない子育てに奔走している。

アートと私

生まれも育ちも横浜の磯子。

実家の横には祖父母の経営する縫製(ほうせい)工場があって、子供の頃からよく遊びに行っていた。

振り返るとアーティストを志すようになったのは、ものづくりの現場を
子供の頃から近くで見ていたことがキッカケだ。

【小学生の頃の夢は、自分のデザインした服をおじいちゃんに作ってもらうことでした。
だから、中学生の頃にはアートやデザインの勉強を始めて、服のデザイン
を考えたり、絵を描いたりしていました。

勉強していく中で、自分の引く図面が好きになれなかったことから、デザインよりもアートの方が自分にしっくりくると感じ、アートの比重が大きくなっていきました。】

デザインとアートの違いを語るのは難しいが、デザインは具体的に説明のできる表現(誰が見ても同じ解釈ができる)で、アートは抽象的で観る人に解釈を委ねる表現(解釈の仕方は人それぞれ)なのでは無いかと思う。

このような懐の深さの違いが生じるのは、そもそも根本的に目的としている事や考え方に、大きな違いがあるからだ。

ソイさんは、勉強を通して身体で、このデザインとアートの違いを感じ取ったのかも知れない。

思い出の縫製工場

祖父母が引退し使われなくなった縫製工場は、ソイさんのアトリエになった。

実家を建て直すことになる大学2年までは、祖父母との思い出の残るこの場所で制作に没頭した。

受験生の頃にも頻繁に利用していて、一人で引きこもって制作をするのが好きなソイさんにとって、最高のアトリエだった。

【受験生の時は、毎日アトリエに引きこもって油絵を描き、大学入学後は
ドローイングとか習作を描いて、作品のイメージを模索していました。
あと、大学生になってからは古着を持ち込んで、月一くらいのペースで
インスタレーションの制作もしていました。】

アーティストになるキッカケをくれたのも、芸術の道を目指して真っ直ぐ
進んで来れたのも、この縫製工場の存在があったからだ。

大学2年の時に実家を建て直すことになり、縫製工場の取り壊しが決まった
時にどのように感じたのか教えてくれた。

【幼少期の思い出とか、縫製工場の独特の雰囲気に、別れを告げるみたいで
残念な気持ちと、ここを手放して、この場所から旅立つ(自立する)ことで
自分の中で何かが変わるような気がしました。】

人から与えられた物を受け入れる(受動的な)自分から、自分で行動して手に入れる(能動的な)自分になろうという風に気持ちが変化した。

キッカケをくれた大事な場所は無くなってしまったが、その分ここを離れて
からは色んな人と出会い、協働して作品を作る機会が増えていった。

縫製工場は、作家を目指して努力をするソイさんを支え、気持ちにも
変化を与えたのだ。

結婚を機に逗子へ

生まれ育った磯子の地を離れ、逗子に来たのは4年程前(2017年ごろ)になる。

逗子に住んでいた旦那さんとの結婚を機に、逗子ライフをスタートさせた。

長年住み続けた磯子を離れ、逗子に引っ越しを決めた理由は至ってシンプル
なものだった。


【横須賀線の逗子駅は、始発だから簡単に座れて、電車の中で寝れるから良い。当時都内まで電車で通っていた私にとっては、最高の魅力でした。】

朝の通勤を、少しでも快適なものにしたいと考えてのことだった。

逗子には路線が2つあるし、都内へも1時間もかからずに行ける。

そんな交通の便の良さを兼ね備えているのも、逗子の魅力の一つだ。

逗子での暮らし

逗子に来てから何年かは、都内と逗子を数時間かけて往復し、逗子には寝に帰るだけの生活を送るいわゆる逗子都民だった。

そのため、逗子という街を楽しむ時間も、余裕も無かった。

気づけば、交通の便のよさ以外の魅力を知らないまま時間が過ぎていった。

会社に働き詰めで、心身ともにボロボロの体で入ったのが、駅前スーパー
のスズキヤだった。(スズキヤ:JR逗子駅前にあるスーパーで、ZAF
2019のメイン会場としても利用された。)

心の栄養補給、偶然の出会い

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疲れ切った心と体の傷を少しでも癒すために、スズキヤに入った。

他のスーパーに比べ少々お高い商品を扱っているスズキヤで、プチ贅沢を
しようと考えたのだ。

オアシスを探し求めるかのようにして入ったスーパーで、一枚の貼り紙を見つけ驚いた。

そこには憧れのインスタレーション作家「松澤有子」の名前が書かれていたからだ。
(松澤有子作品:Yuko Matsuzawa | Installation Artist | Art Works

【松澤さんは、普通にZAFに参加しているけど物凄い人なんですよ!
私は過去にYuko Matsuzawaの作品に触れたことがあって、その時に
作品からものすごいエネルギーを感じて、圧倒されたことがあります。
だから松澤有子さんには、畏敬の念を抱いていました。】

それでよく見ると、逗子アートフェスティバル2018(ZAF2018)の企画で、スズキヤの屋上に作品が展示されていると書かれていた。

この日以外も、何度か屋上に足を運んだ。

【屋上に行くと、高確率で松澤さんがいらっしゃって、いつも周りに
たくさんの人がいて、誰とでも凄く気さくに話をしているのが印象的
でした。ただ、当時の私は松澤さんに声をかけることができませんでした。】

やっぱり、表現活動がしたい

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この時のソイさんは、色んなことにひけめを感じて、自分に自信が
持てずにいた。


【前の職場では、自分の好きなデザインやアートと関わる仕事が出来て楽しかった。
ただ、会社で兼業が禁止されていたため、自分の作った作品を外に出すことが出来ませんでした。

表現をし、発表することで、自分の中に溜まったモヤモヤを吐き出していたので、その行為が禁止されたことが凄く苦しかった。】

【ちょうどZAFに出会った2018年が、会社を離れる前後くらいで、いちばん不安定な時期でした。
自分の好きだった作家活動も出来ていなくて、パニック障害で会社にも行けなくなっていた。
自分が何者か分からなくなって、先の見えなさに不安を感じて、情けなくて恥ずかしいと思ってた。】

気持ちが沈みかけていたソイさんにとって、松澤有子の作品から受けた影響はとても大きかった。

ただ純粋に創作をして、人に評価してもらいたいという欲求に向き合う
キッカケになったからだ。

作家として

松澤さんが作品を出している、逗子アートフェスティバルという
芸術祭が、どんなものなのか家に帰ってすぐに調べた。

【ZAFは良い意味でユルくて、色んな人が参加していると感じました。
一線で活躍されている作家さんと、市民から募集した市民アーティストの
線引きが無く、同じ土俵で芸術祭を盛り上げようとしているのが分かった。
 
まだ発展途上だけど、ここなら自分の作りたいと思える作品を作れるかも
知れないと感じました。】

会社員(仕事)として出来る表現は、人に言われた通りに作るとか、
売れる作品に寄せて作ることが多くなり、本当に自分が作りたいもの
を作れていなかったのかも知れない。

ソイさんは、色んな人が自由に芸術(アート)を楽しんでいるZAFでなら、
自分の作りたいものを、のびのび作らせてもらえると感じ、参加を決めた。

【ZAFを色んな人に楽しんでもらえるイベントにしようとか、ZAFを通じて
逗子の街の魅力を発信していこうみたいな熱い想いを感じました。
それでまだまだ発展途上のZAFを、作家として盛り上げたいと思ったんです。】

会場作りで気づいた逗子の魅力

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ZAF2019に参加をしたソイさんは、作家としてだけでなく、ZAF2019メイン会場のディレクションも兼任した。

ZAF2019のメイン会場は、スズキヤの2階に入っていたパチンコ屋が
抜け、次の店舗が入るまでの期間限定で借りることができた。

2018年に松澤有子の作品と遭遇したあのスズキヤだ。

この会場は、台が置かれていたメインの部屋、関係者用通路、事務所の
大きく分けて3つの部屋で構成されている。

台が置かれていたメインの部屋には、インフォメーション(”おもてなし空間”)と松澤さんの作品を配置し、関係者用通路にソイさんの作品の展示、事務所に宮田さんと竹本さんの作品を展示した。

この会場には、松澤さんの作品の世界観を崩すことなく、誰でも気軽に
立ち寄れるような、柔らかな空気感を持たせる必要があった。

会場を作るにあたり、参考になったのが、ZAFミーティング(その年のZAFの方針などについて話し合う、定例会議のこと)で行われたブレスト(意見交換)だった。


【逗子の魅力として挙げられるものが、通勤電車で寝れることと、週末に
少し海に行けることしか無かった私にとって、このブレストは、逗子の
魅力に気づくいい機会になりました。】

ブレストを通して、逗子という街は「暮らすのにちょうど良い
大きさの街」「気合を入れなくても自然にふれられる街」「制作に行き詰まりそうになった時(海で)息抜き出来る街」「海だけでなく、山もある街」

たくさんの魅力があることに、気付かされた。

ここでの一番の収穫は、逗子の人は自分の街が好きだということだった。

みんなが好きな逗子の要素を取り入れることで、誰でも親しみやすく
松澤さんの作品とも共存できる場を、作り出すことができた。


「漂着するカオス」というテーマともマッチしたこの空間は
空の青と、雲の白、海の濃い青の3色から構成され、赤ちゃん
からお年寄りまで、多くの人を引きつける場になった。

街の記憶をたどる(ZAF2019作品)

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初参加となるZAF2019では、逗子の無くなってしまったお店に
焦点をあてて、作品の制作をした。

タイトルは「街の記憶」だ。

検索をすれば、大概の情報は得られるようになり、便利な世の中になった
一方で、失われた大切な時間がある。

それは「自分で考えたり、思いを馳せたりする時間」だ。

この作品を通じて、懐かしい街の風景を思い出したり、当時の風景を
想像して、一時の時間旅行に行くような体験をして欲しい。

【「今はなき逗子のお店での思い出」を教えてもらうために、商店街で聞いて回ったり、市民に尋ねたりする中で、色んな人に出会えて楽しかった。
  
昔から住んでいる人しか知らないことや、検索しても出てこない
「個人の思い出」を知れたことは、すごく良い刺激になった。】


壁には、逗子市内の地図が描かれている。

暗いその部屋を、ライトを持って歩くと、明かりで灯された壁に
白く何かが浮かび上がる。


そこには、「かつてあった逗子のお店の名前」と「そこでの思い出」が
記されている。

思い出に共感したり、自分の街にもこんなお店があったなって
思い出したりできる作品だ。

どこで作るか、空き家おくりびと(ZAF2020作品)

逗子市では、空き家が増え続けており、2013年のタウンニュースには
神奈川県下で2番目に高い空き家率だというデータも掲載されている。

逗子市の空き家率は、5軒に1軒が空き家という状況だ。

この逗子が抱える空き家問題から発想し、「空き家」をテーマに作品を
制作することに決め、場所探しを始めた。

たくさんの人から情報を得ながら、展示(制作)場所となる空き家
を探したが、なかなか目ぼしいものは見つからなかった。

あちこちに空き家は存在しているが、持ち主と連絡がつかないもの
や、放置されてとても人が使えるような状態ではないものもある。

インスタレーション作品は、場も作品の一つとして扱うため
その空き家に、どれだけ作家の想像力が掻き立てられるかも
大切だ。

そのため「建物の中で紡がれたストーリが分かること」「住んでいた人の
痕跡や、姿が想像できること」などの情報がある方が好ましい。

森川邸との出会い

場所探しに頭を抱えていたソイさんは、一軒の空き家との
運命の出会いを果たす。

ソイさんが「作品の展示(制作)できる空き家を探している」という
噂を聞いたラジオパーソナリティーの森川いつみさんから、声をかけて
もらった。

会場となった森川邸は、森川さんの祖父が戦後に建てた家で
森川さん自身も、そこで暮らしていたことがあったため思い
入れがあった。

【昨年、一人暮らしだった母も亡くなり、空き家となったこの家を
どうするか悩んでいるタイミングだった。
 
空き家にしておくならば壊すという選択肢もあったが、祖母をはじめ
父も叔母も地域の皆さんと活動してきたので、一時でも地域で使って
いただけることがあればとも思っていた。】(引用:逗子葉山経済新聞2020.08.27)

このように考えていた森川さんは、地域芸術祭のZAFで作品の制作(展示)
をしてもらうことに決めた。

実際に、ソイさんが森川邸に足を踏み入れた時に、食器類や花瓶、
こけしなどの民芸品が数多く残されていることが印象に残った。

【芸術品ではないが、生活に根付いた質のいい食器で、お皿だけでも
100種類はある。最初は私が作品に使う以外のものは、販売することを
考えていたが、皆さんの感性を添えてみたいと思うようになった】
 (引用:逗子葉山経済新聞2020.08.27)

家族の思い出の残る食器や花瓶にはワークショップとして、それぞれが感じたことを文章にし、キャッチフレーズやタイトルをつけてもらい展示した。

こけしや人形は、インスタレーション作品の中の大事な要素として
活用された。

森川邸との出会いによって生まれたこの作品が「空き家おくりびと」だ。

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長年、暗い空き家の中で眠っていた人形たちに、今の風景を見せる旅を
コンセプトにしたパフォーマンスを行った。

そして、旅の様子を写真に収めたものと、旅の道中のソイさんと人形の対話を書き記したものを、インスタレーション作品として展示した。

空き家問題が解決しない理由として、相続された側が思い出を手放せずに
悩んでいる現状があるということを感じ、この作品を通じて空き家に眠る
物を、供養してあげようと思った。

その家や家族の思い出に寄り添いながら、そこに眠っていた物たちの
声を聞き、次の旅へと送り出す。

出産の経験を作品にのせて(ZAF2021作品)



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今年の5月に出産を経験したソイさんは、子供が生まれてくるまでの
不安な時間や、子育て中に感じる喜びや不安を、作品として形にした
いと感じた。

【時が経つと忘れてしまう感情はたくさんあるけど、その時々に感じた不安やモヤモヤした感情をないがしろにすることなく、その時々の感情を優しく
包み込んであげたいと思った。】

未来に進んでいくためには、その時々の感情としっかり向き合って
いくことが大切だと教えてくれた。

自分の中から生まれた様々な感情を、サナギのように包み込む小さな
インスタレーション作品を発表する予定だ。

この作品のタイトルは「コクーンネスト」だ。

コクーンネストは、サナギ+巣のソイさんの作った造語となっている。

逗子だから出来る作品づくり

ソイさんは、油絵とインスタレーション作品の二つの表現技法を扱っている。

前者は、自分自身と対話しながら一人で作品を完成させることが
できるが、後者はそうも行かない。

作品の展示や制作をさせてもらうための場所を探してくれる人や
行政の力がなければ、今までの作品も作ることが出来なかった。

【これからの目標は、逗子でしか作れないインスタレーション作品を
発表していって、その作品を色んな人に評価してもらいたい。】

逗子での制作を起点に、その街でしか作れない作品をどんどん
世に出していって欲しい。

アート作品は、必ずしも一人で最後まで作れるものではない。

アーティストの周辺(場所探しや、会場準備など)を支えてくれる
人がいて初めて良い作品が生まれる。

街や人に支えられて生まれた作品は、人の繋がりを生み、人の心を豊かに
する。

ソイさんの作品も、このように街の中に豊かな循環を生み出したのだ。

作品展示情報


開催 :2021年10月23日(土)、24日(日)、30日(土)、31日(日)、11月6日(土)、 13日(土)、14日(日)
時間:11:00 - 16:00
開催地:もりさんち (会場が住宅街の為、近隣のご迷惑とならないよう、お静かに鑑賞ください。)
料金:無料
予約:不要
住所:神奈川県逗子市沼間3丁目1−3
アクセス:JR東逗子駅より徒歩6分

インタビュアー/ライティング:中島理仁
撮影/編集:本藤太郎

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市民主導で開催している逗子アートフェスティバルは「地域に住むすべての人が、地域社会で、共に学び、共に育つ=共育」をテーマとして2013年から毎年開催しています。 noteでは逗子アートフェスティバルに関わる人を通して、逗子や逗子アートフェスティバルの魅力について発信していきます。