「死」が日常で語られるということ

初めて「人は死ぬときを選べない」と実感したのは高校3年生の秋だった。

緊急HRだと招集されて、隣の席の子と誰かが何かやらかしたのかな?と笑い合った数秒後、
同級生が死んだことを告げられた。

彼女は小学校のとき塾で知り合って
お互い漫画を描くのが好きだったから、イラスト入りの交換日記をしていて
すごく美人でお嬢様みたいな出で立ちのお母さんがいつも迎えに来ていて
「まいちゃん、仲良くしてくれてありがとね。
もし中学も一緒だったら、変わらずこの子のことをよろしくね」
と、彼女の頭を撫でながらふわりと微笑んでいたのが印象的だった。

同じ中学に受かって、寮に入って
交換日記は細々と続いていたけど
クラスが違ったこともあっていつしか途絶えてしまって
でも廊下ですれ違えば声を掛け合ったり
放課後玄関で会ったら一緒に帰ったりしていた。

あの日も帰り道一緒になって
なんて会話したのかな、今となってはもう朧げになってしまったけど
別れ際は「また明日ね」とどこにでも転がってるような言葉を交わして
彼女はすごく柔らかな笑顔で、バイバイって手をひらひらさせて。

あれが最後だった。

…と認識するのは難しくて。

彼女の死は
母親が一家惨殺の後に自殺、という内容だったから
当時猟奇的な事件としてあらゆるメディアで取り上げられていて
記憶の中の彼女の母親とはついぞ結びつかなかったし
なんだか薄い膜で世界が隔てられていて
まったく現実感を帯びなかった。

同級生のみんなも泣いたり戸惑いの表情を浮かべたりしながらも
彼女との想い出を口にしながら、なんとか日常に戻ろうとしていたけれど
私は最後まで彼女の死についてどんな風に語ればいいのかわからなかった。

ただ、人はいつか死ぬ、
そのいつかは多くの場合は選べなくて
そしてほとんどの人が、死ぬ側もその周囲の人も
なんの準備もせず無防備にある日突然「死」に晒されるんだ、ということを知った。

知るのと、それをもとに行動を起こすのはまた別の話で。
私はまた死が埋没している日々を過ごしていた。

そんな中で、死とは全く関係のない文脈で看護師のナースあさみと出会って
驚いたのは、やっぱり日常的に死が存在する場所で働いていることもあって
普通にカフェで話しているときも焼肉を食べてるときもバカみたいなメッセンジャーのやり取りの中でも、自然と「死」が話題にのぼるということ。

考えてみれば当たり前のことなんだけど
死はいつだって同じ世界線に存在してる。

隣にいるはずの死に視線を向けなかっただけで、生死は共存している。
そのことに、あの高校3年生の秋ぶりに気がついた。

あさみがきっかけで幡野広志さんのnoteを読むようになったり
死に関して思うこと、病気そのものの話やどんな最期を迎えるか、
恐怖や希望、あらゆる感情について気軽に話すようになったり
いつしか死が日常で語られるという状況が心地よくなってきた。

「死」は特別なことじゃない。
確かに、人は死ぬときを選べないから、感情は揺れる。
けれど、もっともっと死が日常になれば、いざ死に直面したときに救われるのも事実。

それを実感した年の瀬。

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