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超文体練習 第5回

 ランダムに生成される三つのお題を使って小説を書いてます超文体練習の超久しぶりの第5回。今回のお題は
「木曜日」「不安」「出会い」です。
お楽しみください。


 木曜日はゴミの日と聞いていたのだが、水曜の深夜、ようやく自宅作業を終えて一息ついた段になって急に不安になってきた。先週末にこの街に越してきたばかりで、もし曜日を間違えてゴミを出してしまってご近所の顰蹙を買いでもしたら、などと考え出したらいてもたってもいられなくなり、わたしはスマホで地域のゴミ収集日を検索した。しかしどういうわけか収集日の情報どころか地方自治体のホームページすら見つからない。英語だけではなくスペイン語とポルトガル語、翻訳サイトを駆使してフランス語と中国語でもあたって見たが結果は同じだった。同じだったというか検索結果も自ずとそれぞれの言語になるのでそれをいちいちコピーして翻訳サイトに流し込む作業が途中で億劫になってしまい、わたしはスマホをベッドに放り出した。
一か八か夜のうちに集積所にゴミを出してしまって、もし間違えていたとしても知らぬふりを決め込むかと考えたのだが、引越し作業で出た大量のゴミを出すのだから、引っ越しの挨拶をした以上わたしの部屋から出たゴミであることはご近所さんも気付くに違いなく、やはりなんとかして明日の木曜日がゴミの日であるのか否かを確認しないことにはどうしようもなかった。今週の収集は見送るという手段もないではなかったが、せっかくの新生活を引っ越しで出た多量の梱包資材に囲まれてさらに一週間過ごすのも癪だ。わたしは新調したリクライニングチェアに腰掛け思案をめぐらせた。
 近くのコンビニなどに出向いて従業員に収集日を聞いてみるというのはどうだろうか? いや、コンビニなどの店舗はそもそもゴミの回収を専門の業者に任せている可能性が高い。
それではコンビニまでゴミを持って行って捨ててきてしまうというのはどうだ? いやいや、だからそもそも引っ越し作業で出た大量のゴミが問題なのだから、コンビニに運び込むなどは言語道断……などなど。かようにわたしがわたしのうちなる声を交えた思考の堂々巡りを繰り返している内に空は幾分白み初め、それをみとめてわたしはさらに焦った。なんとしても収集車のやってくる時間までに事実を明らかにしなければ!
 今思えばちょっと玄関を出て建物の裏にまわり、集積所をのぞいて他の入居者がゴミを出しているか、出ているとしたらそれが可燃ゴミなのか否かを確認してくればいいだけの話なのだが、日中から先ほどまでほとんど休憩も取らずに制作に没頭していたためか、わたしの頭は単純な解決策をスルーして、ある一つの奇怪なアイデアを絞り出した。
 まず手始めにスマホにマッチングアプリをダウンロードし、マッチする範囲を半径1キロメートル以内に設定する。スマホに保存されている自撮りの中からいい具合に盛れているものを3点選びプロフィール画像に設定する。4枚目はネットで拾ってきた高級電気自動車TESLAの画像で決まりだ。テキスト欄には学歴職歴を簡潔に。わたしは嘘は嫌いだが、たまたま相手が好意的な勘違いしてしまうような場合については責任を持たない主義だ。ケンブリッジ大学という文字列とMBAという文字列が並んでいるだけの状況に対して、読む側がわたしのことをケンブリッジでMBAを取得した人物であると理解することをわたしはあえて阻むことはしない。
そのようにしてわたしの渾身のプロフィールが完成した。顔写真ついては最新のものでさえもう5年以上前に撮ったものだったがこの際背に腹は変えられまい。なにしろ今回は出会うことが目的ではないのだ。わたしの目的はこのマッチングアプリで半径1キロメートル以内に住むまだ見ぬ人物とマッチし、その人物との軽妙なメッセージのやりとりの中でさりげなく木曜日がゴミの収集日かどうかを確認することただ一点にあるのだ。名付けて『木曜日はゴミの収集日ですか? 作戦』。
わたしは全ての邪念をかなぐり捨てスマホの画面に表示される写真を右にスワイプし続けた。恋愛対象の性別を選択する項目で男女の両方にチェックを入れたため、画面にはガチムチのお兄様やおじさま方の写真も頻繁に流れてきた。通常ならスルーするトップ画像が肉寿司の女だってライクした。画面との摩擦で親指が熱を持ち、その熱で暴走しかけたスマホを保冷剤で冷やしながらわたしは1キロメートル圏内の虚空に向けて一心不乱にライクを送り続けた。青ざめていた街が徐々に色づき、まもなく数多の生活が目を擦りながら起きてくる気配を感じた刹那、スマホの画面に『マッチ!』の文字が表示された。わたしは相手のプロフィールを確認する間も惜しんでメッセージ欄にテキストを打ち込んだ。

Is Thursday garbage collection day?

Yes

 その後色々あってわたしと彼女は付き合うことになった。さらにまたいろいろあってわたしが彼女と暮らしていた部屋を追い出された日、その日が奇しくも木曜日であったことは最早言うまでもないだろう。

おわり

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