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魔法の言葉

7月25日 18時47分 
産声が聴こえた。
2864gの元気な女の子だ。
しずかちゃんのパパが産声を天使のラッパと表現したがあれは的確な例えだと思った。

僕ら夫婦のもとに新しい家族が出来るとわかったときは驚いた。嬉しかった。
男の子だろうか、女の子だろうか。
どっちに似てるんだろう。
名前も考えなきゃ。
未来を想像していた。

けれど新しい家族を迎えるということはそんな簡単なことではなかった。

生命のお知らせは昨年の11月末だった。僕ら夫婦の結婚式の2週間前のことだった。

奥さんは結婚式前につわりが始まった。もちろん妊娠が始まればつわりの時期が訪れるのは勉強していたし、何が起きるかはわかっていた。
けれどこんなにしんどい顔を見せる奥さんを前に僕は狼狽えるだけで何も出来なかった。
もちろん仕事もあるのでずっと側にいてあげることも出来ない。もし出来たとしてそれが支えになるかもよくわからないのだ。

人によってつわりの程度や期間は違うし食べれるものも違う。食べては吐いてやつれていく様子に僕は何も出来なかった。
夜勤で奥さんが1人になってしまう時は奥さんの実家に頼ったりもした。

そんな状況でも結婚式は行われた。
終われば良い式だったとホッとはしたが
式の最中で倒れたりしてしまわないだろうかと不安はずっとあった。
奥さんは前日まで点滴を打ちながら身体を守っていたのだから。
僕は僕でこの状況にパンクしそうになっていた。

つわりは式が終わっても続いた。
仕事から帰ると暗い部屋で横になって過ごしている冬が毎日続いた。
奥さんは何も出来ないと嘆く。身体のことも心配だが心がいちばん心配だった。
仕事がある、いけるというのは本当にありがたい。
暗い部屋で吐き気やしんどさと1人で向き合うのは自分なら耐えられない。何もしない、出来ないんじゃなくて闘っているのだ。

春が近づいてくると次第につわりは軽減してきていた。グラデーションみたいに本当に次第に。

食欲はラーメンの食べっぷりでよくわかった。
顔に生気が満ちていく、仕事も出来るようになっていく。

あんなに生きた心地がしなかった顔が嘘みたいに生き生きしている。安堵した。
安定期に入り、女の子が産まれることもわかった。

安定期だからといって安心していいことはない、お腹の中には大事な命が芽生えているのだから順調に経過するためにはより身体を労わらなければならない。
暖かくなるにつれてお腹はみるみる大きくなっていった。僕はというとやっと親になるという実感が湧いてきた。
なんと遅いことだろうか。

7月
予定日がどんどん近づいてくるにつれて不安が溢れてくる。親になるという事がどれだけ大変なんだろうか未知すぎて計り知れなかった。
僕の心の準備が出来ないままその日は訪れた。
予定日の1週間前のことだった。
日も昇らない早朝にお腹の痛みを訴えた。
「今?!」と思った。とにかくかかりつけの産婦人科に朝4時に向かった。その日は僕が仕事だったのでこのまま出産に入るのなら仕事は休むつもりだったが、まだ少し早いとのことで一度帰宅した。
とりあえず仕事に行くしかなかったが心ここにあらずだった。
午前仕事をしたところで12時過ぎに職場に奥さんから連絡が来た。スタッフにあらかじめ何かあれば帰れる体制にしてもらっていたのもあって急いで帰った。なにしろ自宅から車で約1時間かかる職場だったので高速道路を飛ばした。

産婦人科に着いた時には既に6、7割進んでいると助産師さんから伝えられた。
立ち会い出産が出来るため、処置室に案内された。
奥さんは僕の顔を見るなり涙が溢れていた。
ずっと不安だったんだ。

安心したのも束の間で定期的に来る陣痛に彼女は耐えていた。僕は彼女の腰をさすったり押したり、力強く握られる手を支えたり。出来ることは限られる。
陣痛とはこんなに辛いものなのか初めて見る奥さんの顔、声。旦那は無力だ。
今思えばのことだがこんな痛みに耐えられるのは覚悟、自覚があるからだと思う。

妊婦は四六時中お腹に子どもを抱えているのだ、いや妊娠が発覚したときから既に自分がお母さんになると自覚していると思った。

僕が処置室に入って約4時間が経過した頃お産は急激に進み天使のラッパが聴こえてきた。あんなに自然に涙が、声が出て喜びが表現出来たのは初めてだった。
こんなに奥さんが頑張ってくれた。無事に産まれてくれただけで本当に嬉しかった。

正直妊娠がわかって子どもが産まれるまで僕が奥さんの為に出来たことなんて大してないと思っていた。
何かしてやれたのかなとずっと思ってた。
奥さんはずっと妊娠期間に一言日記をつけていた。その日あったこと、何が食べれた、検診の結果など。

子どもと奥さんが退院するまで5日くらい1人で過ごす時間があってたまたま日記を手にとった。
その中には僕に対する「ありがとう」が散りばめられていた。ご飯作ってくれた、買い物に行ってくれた、散歩に一緒に行ってくれた。

報われたし嬉しかった。

夫婦間で言われたい言葉の第1位は「ありがとう」とTVで言っていたがあれは的確なアンケート調査の結果だなと思った。

僕ら夫婦は今日で結婚して2年になる。
今年は3人で迎えた記念日。
付き合ってから、結婚してから、妊娠してから、子どもが産まれてから。
それぞれのステージで生活はガラリと変わる。
これからもいろいろ変わっていくことだらけなんだろうな。
「ありがとう」を大切にしてこれからも家族3人で変わらず楽しく過ごしていけたら僕は幸せです。



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