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エイプリルフールに父親が「民泊を始めた」と言うので冗談だと思ったらマジだった話

あれは三年程前だったと思います。
四月一日の昼下がり、スマホに父親からたった一言メッセージが送られてきました。

『民泊、始めました』

最初は「なんの冗談だ」と思いましたが、日付を見て納得。
この日はエイプリルフール。母親が亡くなってからろくにやらなくなったイベント事ですが、この行事だけは父親とグルになって姉を陥れたりとよく遊んでいたものです。

と言っても、「再婚します」だの「彼女ができました」だの吐く嘘は毎年同じ。
そもそも私が結婚してからはやらなくなったのですが……数年ぶりのエイプリルフールがまさか「民泊」なんてバリエーションを増やしてくるとは誰が思うでしょうか。
そもそも「民泊」なんて言葉をいったいどこで覚えてきたのやら。

『エイプリルフールは午前中までですよ』

呆れながらも返事をすると、今度は写真データが送られてきました。
中身は「住宅宿泊事業 届出受付」。
「民泊を始める」というのはエイプリルフールの冗談なんかではなく、純粋な「報告」だったのです。

「は? マジで言ってるの?」
とは思いましたが、そういえば昔「そんなことをやりたい」ようなことを言っていた気がしなくもありません。

あんまり言うと身バレするから詳しくは言えませんが、父親はとあるスポーツのインストラクターです。故郷もそのスポーツが盛んで、大会が行われるような立派なコースもあります。

しかし、私の故郷は北海道の山間にある田舎。バスは二~三時間に一本あればマシなくらいアクセスは悪いし、コースはあっても、選手が泊まるような場所がありません。
だから父親は、そんな選手を受け入れるための場所を作りたい……そんなことを友達や親せきに語っていた……ような……。

ぶっちゃけ父親の夢物語だと思っていたから大して興味を持っていなかったんですよ。
だからマジでやるとは思ってなかったんです。

とはいえ、「民泊」自体は反対はしていません。
年の離れた姉はとっくの前に自立しているし、私も嫁に行ってます。
一軒家で一人暮らしは部屋を持て余すのもわかりますし、何よりあの家は父親のもの。父親のやりたいことをとやかく言う筋合いはありません。
借金しない程度にセカンドライフを謳歌すればいいと思います。

というのは建前で、ビジネスとなると話は変わります。

『民泊って、あの家で大丈夫なの?』

父親は「片づけるから大丈夫」というが、私の心配はぬぐえません。「民泊」とは聞こえはいいですが、ふたを開けてみれば古希に片足を突っ込んだオッサンが一人暮らしをしている家です。
それにあの家には物が溢れています。父親の仕事の資料は勿論、二十年前に亡くなった母親の遺品ですら手放せていません。
私も……自分の服とか多少置いてますけど……。

そんな感じで、準備が整う前にまずは行動してしまう超・行動派な父親。
というか本当、あの家でよく許可下りましたよね、マジで。

しかもちょうどこの時はコロナ禍真っ只中。
アクセスも悪いし、上記のスポーツ大会も中止されているから選手も来ないしで客の見込みはない。

……と思っていたのですが、お客さんは無ではなかったみたいです。
父親の友達から、道外から農業体験に来る生徒さんなど、たまに、いや、稀に人が来るのだとか。

それにこれがきっかけか、それとも前々から心変わりがあったのか、父親から「部屋を片付けてくれー」と連絡が入るようになりました。
聞けばずっとタンスの中に入っていた母親の衣類も処分したそうです。

父親も今では齢七十過ぎ。「終活」と口にするのは寂しいですが、父親にとって良いきっかけになったのかもしれません。
何より、楽しそうですしね。

──父親の「民泊開始宣言」から三か月後。
故郷に住んでいる人が有志で作っているフリーペーパーに「民泊のご紹介」という形で実家が載りました。
そこに写るお客様用の寝室を見て、私は思います。

これ、私の部屋じゃん。

あーあ、こりゃ一回帰って断捨離しなきゃな。
まあ、いいんだけどね。



※身バレ防止のため、民泊の所在地の詳細は控えさせていただきます。
ご了承ください。

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