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思い出したくない思い出

 誰にでも思い出の場所、思い出の街というものがあるだろう。ただ、それがいつもいい思い出の場所とは限らない。
 できることならあまり近づきたくない場所、辛い過去の出来事や生活に直接繋がっていて、思い出すことさえ避けたい場所がある人は、不運な人で、そういう人は稀なのだろうか。
 十年近い空白を経て、やむを得ない事情で訪れたその町には、相変わらず人通りがさほど多くない商店街が残っていた。
 クロワッサンが美味しかったカフェは、焼肉店に姿を変えていたが、街の暮らしに長年溶け込んでいる文具店、生花店などはそのままで、それがまた、些細なことから大きなことまで、芋づる式にさまざまな記憶を呼びここすので、ただただ、いたたまれなかった。
 もう傷も癒えてかさぶたになってもおかしくないのに、この痛みはきっと死ぬまで消えないのだ。早々に用事を済ませてこの町から離れよう。そんな辛い夜だった。

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