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ドミンゴ、カレーラス、ありがとう

パヴァロッティに捧げる奇跡のコンサート プラシド・ドミンゴ & ホセ・カレーラス

2023年1月26日(木) 会場:東京ガーデンシアター 特別ゲスト:ニーナ・ミナシャン(ソプラノ) 指揮:マルコ・ボエーミ 演奏:Tokyo 21c Philharmonic

パヴァロッティがこの世を去ったのは2007年。一度でいいから、かの「三大テノール The 3 tenors” の競演を生で観たかった。観ておくべきだった。そう思っていた人は、特に日本人はとても多かったと思う。ここにきてまさかの「パヴァロッティに捧げる」コンサートの実現である。高額のチケットに一瞬、いや、数週間迷ったものの、やはりこの機会は逃したくないということで、会場に足を運んできた。

プラシド・ドミンゴは、80歳を超えてもまだまだ現役バリバリで、オペラの演目に出演している。かつてのあのキラキラした色気のある声とは少し変わってきて、最近は、バリトンの役を演じることが多いという。元々はバリトンからキャリアをスタートしているので、容易ではないとしても、ごく自然な成り行きでもあるのだろう。今の声は、年齢を重ねた分、より太く力強く、安定感十分で、歌唱にも余裕を感じる。《椿姫》のジェルモンを歌えば父親の貫禄、《メリー・ウィドウ》のダニロを歌えば色男に見えてくる。まだしばらくは現役でオペラの舞台に立てそうだ。

一方のカレーラスは、ドミンゴの6歳下だ。すでにオペラの一線からは退き、時々リサイタルをしているという。日本にもリサイタルでは来ていたようだが、自分は久しぶりだ。見た目だけなら、カレーラスの方がドミンゴの6歳上と言われても驚かない。三大テノールの中では、本当に軽やかで洗練された歌声に特徴があったのがカレーラスだと思うが、いまその声を期待するのは酷というものだろう。体力、筋力の衰えだろうか、専門的なことはわからないから、こんなことを言うのもおこがましいが、いわゆる支えが十分にできないのか、ピッチがやや下がり気味に感じたし、全体的に声に力強さがない。コンサート全体を通じて、唯一名の通った「テノールのアリア」として予定されていたのが、カレーラスの歌う《愛の妙薬》「人知れぬ涙」だったのだが、コンディションを考慮してであろうか、開演前に変更のアナウンスがあった。ただ、それでも随所に、かつての軽やかさの片鱗を散りばめてみせたし、ところどころ精一杯のフォルテも聴かせてくれた。

ゲスト出演のソプラノ、ニーナ・ミナシャンは初来日だという。彼女の声を聞けただけでも、有明に行く価値は十分にあった。事前に YouTube で見た《椿姫》のヴィオレッタのアリアでは、ヴィットリオ・グリゴーロを相手に堂々とした歌いっぷり。この曲は、今回のステージでも歌ってくれた。これから注目していこうと思う。次はソロのリサイタルで来日して欲しいし、METやROHでもどんどん活躍するようになって欲しい。

「演出」については、少し残念に思う部分がある。東京ガーデンシアターという大きな会場のため、ステージの左右には大きなモニターが設置されていた。せっかくモニターにステージを映せるのなら、歌に合わせてパヴァロッティの姿を挟み込んでみるとかしてもよかったのではないか。権利の問題、お金の問題、複雑になる映像のオペレーションの問題が色々あって、そんなに簡単なことではないのだろうけれど。

あとは、これもコンサートなので「邪道」だと嫌がる人はいるかもしれないが、一言くらい、パヴァロッティに捧げるコメントが、ステージ上のドミンゴ、カレーラスから聞けてもよかったように思う。通訳なんて用意しなくてもいいので、本当に、英語で短い一言でもいいから。

演目については、ミナシャンをアクセントに織り交ぜながら、ドミンゴとカレーラスが交代で出てくる構成となったが、もう少しドミンゴとカレーラスが二人で同じ曲の掛け合いをするシーンが見たかった。前半第一部の最後の曲で、プログラムにはカレーラスの名前だけが載っていたが、ドミンゴも登場。ここでは客席の拍手が一段と、いやもっと大きくなった。やはり、観客が思い描いていたイメージは、三人のスターが舞台上に並んで歌っていたあのキラキラした姿だったと思うからだ。もう少し長く、あの時代に連れていって欲しかった。もっとも二人のコンディションの差を考えると、ドミンゴがかなり気を使ってあげる必要はあったし、実際に二人で歌ったところでは、そういう印象も受けたのだけれど。

パンフレットもそのサイズや紙質には高級感があったものの、中身は果たして3千円の価値があったのかどうか。記念なので後悔はしていないけれど。

なんだかんだと言っても、それでも行ってよかったと心からそう思う。「参加することに意義がある」なんていうレベルの期待を遥かに上回るものだった。個人的に思い出のある「グラナダ」をドミンゴの歌唱で聞けたのは本当に嬉しかった。二人が同じステージに立つのは、これが最期かもしれないが、まだしばらくは、それぞれが元気に歌う姿に接することができたら幸せだ。

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