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変な人 (10)丸の内線のスピリッツばあさん

 謎は謎だけど、気持ちよい謎もある。

 それは山手線で池袋から新宿に向かう車中でのこと。
 つり革をつかんでボンヤリと外を眺めていた私が何気なく前の座席を見渡すと、2mくらい離れたところに70歳代後半と思えるおばあさんが腰掛けていた。
 非常に小柄なおばあさんで、座席のサイズが合わず、腰の曲がりに合わせるように少し前かがみで浅く腰掛けていた。
 ここまでは、ごく普通の風景。
 私の目が留まったのは、そのおばあさんの手元だった。
 そのおばあさんは、前かがみの姿勢のまま、膝の上に乗せた雑誌風のものを熱心に読んでいる。
 それはマンガだった。
 70歳代後半のおばあさんが電車に乗っていることは少しも珍しいことではない。
 車内でマンガを読んでいる人間も、少なくなったにせよ、珍しい光景ではない。
 しかし、その両者が組み合わさった姿をワタシは生まれてはじめて目撃した。
 変な人ファンとして、じっとしてはいられない。
「いったい何を読んでるんだろう?」
 ワタシは湧き上がる好奇心を充たすべく、まるでアチラ側の出口に用事があるかのように、つり革につかまる人々の間をすり抜け、マンガおばあさんの近くににじりよるのだった。
 本当に読んでいる……。
 まるで辞書で単語を探すように、一つ一つのコマに指を這わせ、最後のコマが終わると次のページへ。本当に読んでいる。
 ページの隅に書かれている作品名を見ると「クロサギ」とある。
 おー、これはビッグコミック・スピリッツではないか。

若者の専売と思っていた、ビッグコミック・スピリッツ

 それを、78歳(←勝手に決めてる)のおばあさんが、こんなにも一生懸命に読んでいる。
 その光景を見たとたん、おばあさんをアヤシク見下ろす男(←私)の胸に言い知れぬ感動が湧き上がるのだった。
 偉い! 若い! ワタシもこうありたい!
 次々に賞賛の言葉が心に浮かぶ。
 と同時に、1つの疑問が浮かぶのだった。
 このおばあさんは、いったいどこで、このビッグコミック・スピリッツを手に入れたのか。
 網棚に置かれたスピリッツを、暇だからと……?
 いや、無理だ。
 推定身長140cmのおばあさんでは、網棚はおろか、きっとつり革にも手は届かないであろう。
「ちょっとそこの若い方、あのマンガとってくんないかい?」
などと、隣の若者に頼んだのだろうか?
 それとも粋な兄さんが、
「ばあさん、よかったらこれ読むかい?」
なんて、読み終わったそれを微笑みながら手渡したのだろうか?
 落語でも、ありえない。
 それとも、まさか、おばあさん自身が売店でこのスピリッツを500円近いお金を出して購入したのだろうか?
 うーん、これは物凄く格好いい。
 なんだか少し、気持ちの明るくなる朝の通勤なのであった。

 (つづく)


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