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変な人 (46)日高屋の、お酢チャーハン男。

 男は女の前で、それは念入りにチャーハンにお酢をかけていた。

 そのカップルを目撃したのは、新宿にある「熱烈中華 日高屋」。
 カップルと言っても、いわゆる恋人同士、あるいは、お友達男女というものではなく、そんな形容があるかどうかは分からないが、それは「狙ってる系」の男女であった。
 それも明らかに、女が男を狙っている系であった。
 女はたぶん40歳前後。それが若作りをして30歳に見せようと努力している系であった。
 そして2人席に壁を背にして座る男は22、23歳に見える。
 髪にはパーマがかかり、ダボっとした安っぽいダブルのスーツ、目には知性のかけらもなく、「知性」という漢字も書けないであろう、新宿最下層チンピラ風の若者系だった。
 時間は夕方の6時。女は男の機嫌を取ろうと、ニコニコと話しかけている。
 そこに男の注文したチャーハンが届いた。

日高屋自慢、パラパラのチャーハンだったが。

 すると男はテーブルに備え付けのお酢を手に取り、輪を描くようにチャーハンにかけ出したのであった。
「げげ、チャーハンにお酢かよ! なんだこいつ!」
 それを見た私の心の内の罵声など知るよしもなく、男はチャーハンの上でさらに輪を描くようにお酢の投下を続ける。
 3周、4周、5周!
「え? え?」
 その余りの、無謀な行為に私は思わず声を上げそうになる。
 目の前に座る女も同じ気持ちだったらしく、やや唖然として、
「ねえ、○○君、大丈夫? かけ過ぎじゃない?」
と声をかける。
 男はそんな女の声に、さも「わかってねーなー、こいつ」と言わんばかりに、
「これが旨いんだよ」
と、さらにお酢をかけ続ける。
 いったいチャーハンはどんな状態になってしまっているのか。
 男に気づかれない程度に首を伸ばし、チャーハンの器を覗いてみる。
 すでにチャーハンの周りに5ミリほどの水面ならぬ、酢面が見える。
 チャーハンがお酢の沼に浮かぶ小島のようになっている。
 それでも男は、お酢の投入をやめない。
 若作り女も、目の前の異様な光景を見守るばかり。
 たぶん女の頭の中では、
「今日、このまま、このお酢馬鹿チンピラ男と一夜を過ごして良いのだろうか」
と真剣に考えているのではないか。
 と、突然男のお酢投入が終わった。
 容器に入れられたお酢がなくなってしまったからで、男は少し物足りなさそうな顔をしているが、それでも「仕方がない」と納得したようで、今度はレンゲでご飯とお酢を丁寧にかき回し始める。
「ああああ」(私の心の声)
 パラパラが身上であったチャーハンも、まさかこんな人生を歩むとは思っていなかったはずだ。
 男は丹念にかき混ぜ作業を行った後、ついにその物件を口に。
 そして、
「うんうん」
と頷くのであった。
 なんだか見てるだけで、のどの辺りがひりひりしてきた。
 どうする若作り女! 逃げるなら今だぞ!


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