美大受験を諦めもしないでやめた

小さい頃から絵を描いたりなにか作ったりするのが好きだった。子供ながらに人並みな嗜好だと思ってたけど、なんかそうでもなさそうな気も薄々してた。だから、そういう人並みに漫画家とかイラストレーターとかになりたいとか言ってた。本心じゃない。実際はなりたい職業なんてものはなかった。

高校の志望動機は家から通える範囲内でいちばんかわいい制服だからというのが9割で、あとの1割はいい感じに適した偏差値だったから
高校は当たり前に受験して普通に受かってなんの疑いもなくうれしかったけど、いざ高校生になってみると教育者たちとの価値観の相違が見え始めた。大学受験、わたしが大学に行くだなんて思ってもいなかったし実際どこも受験しなかったし
わたしにとって大学という機関、その概念がいろんな壁とか窓とかフィルター越しの存在だった。嘘みたいに品行方正で成績の良かった中学の同級生が県内有数の進学校を受験するのに「行きたい大学のために選んだ」って言って受かってたりしてた。
模試も定期テストも点数とか順位とかに興味がなくて、最も近しい専門家である教師の話は、単純に興味だけで傾聴していた。50分の授業時間に見合った疲労感を頭に与えてくれる先生のことが好きだった。たぶん、同じ高校のひとのほとんどは大学に行った。大学に行くのが当たり前じゃなかったかもしれないけど、どうしても自分ごとにできなかった。なりたい職業があるわけでもない自分が、知的好奇心を刺激するためだけに大学生になるのは無理だと思っていた
ただ好きなだけで3年生の選択授業を全部美術関連の科目にした。おなじ授業に出てた人たちがどんな進路を選んで行ったかは一人もしらないけど、いけるもんなら美大に行ってみたいなと思ったのはそのときだったな

大学行けばよかったのかな
専門学校に行くと決めたことには別の理由があったけど、社会人になってからはじめて大学への関心がちゃんとうまれた。当時は大学に行ってまでやりたいことなんてわからなくて、行くなら美大しか選択肢がなかったけど、その美大受験は概要を読んで予備校を調べたところでやめた。経済状況が美大に行くには現実的じゃなかったから
国公立大に行った姉が大学受験をしたときの家庭のルール、入学までにかかる金は親が出すから好きにしていい。入学して以降は自分でなんとかする。それが恵まれてないのか普通なのかはわからないしなんなら給付型奨学金制度が余裕で受けられるような家だったからどうにかしようと思えばできたはずだけど、たくさんの不安なことと親への遠慮が、美大受験と将来への曖昧なモチベーションに勝てるはずもなかった。
関心が美大じゃなかったら違ったかもしれない。美術以外の勉強したい分野がいくつかできたからかもしれない。社会人をすこし経験したからこそ芽生えた感情なのかもしれない。けど18歳のわたしは大学生になりたくなかった。いま大学生を経由せずに生活している。

もう少し重たくて若くてぎらぎらした文章になるかと思いながら書いたら、意外とシンプルだな
シンプルにならざるを得なかった環境だったのかもしれない。そこを考えてもしょうがないけど
たしかに当時受験をあきらめたときも涙をのんでとかじゃなく淡々と無理を悟って選択肢を消していた
たぶんそういう大人がきっとたくさんいる。どうしようもあったかもしれない状況と進路希望を天秤にかけて、諦めることさえしないで進路選択の余地を絶った大人。取り返しのつかない過去のことになってから初めて滲み出てくる、なんとも言いがたい感情がある大人。
いま漠然と大学に行きたがってる。目的は大学じゃなくて知識欲を満たすことだ。よく考えて、最適解が大学だったら行ってみようかな

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