成仏させる。#2

前回の続き。


そう、私たちは温泉旅行に出かけた。
行きの車では無言が続き、
助手席でなんども涙を我慢し、
サービスエリアのトイレで咽び泣いた。
そうしてたどり着いた草津温泉。

湯畑を見ながら何も言えない私。
その男が温泉まんじゅうを買ってきてくれて一緒に食べた。
そして「せっかくだから一緒に写真撮ろう」とその男が言った。

スマホのシャッターを押された瞬間、
私は涙が止まらなくなった。
湯畑のど真ん中で(笑)

あの時周りにいた観光客たちは、
まさか私たちが別れ話の最中にいるだなんて
誰一人思っていなかっただろう。
別れ話の最中に温泉旅行に来るカップルなんて、まずいない。

焦った男は、私を宥めると足湯に入ろうと言った。
足湯に浸かると、初夏にも関わらず気持ちよくて
なんだかどうでもいいような気持ちになった。
男がビールを買ってきて、足湯しながら二人でビールを飲んだ。

その後は振り切れたように今日を楽しもうと、
射的をして、温泉卵を食べ、
温泉街のまちをブラブラと歩いた。

しかし、宿に戻ってからがまた問題だった。
宿では貸切温泉となっていて、
果たしてこの別れ話の最中に一緒に温泉に入るのか?
という疑問がお互いの脳裏に浮かんでいた。

そしてその男が言った。
「せっかくだから一緒に温泉入ろう」

、、、、。
さっきからなんなのだ。
「せっかくだから」って。
どういう意味の「せっかくだから」???
「せっかく来たから」
「せっかく最後だし」
または別の意味なのか、
どの意味を含んだ「せっかくだから」なんだろうと
ぼやっと考えながら、
貸切温泉の時間は限られているし、
一緒に温泉に入ることにした。

温泉ではお互いの目も見なかったし
お互いの体も見なかった。
湯船の端と端に入って無言で。

体を流しながら今ならと思いながら声を出さずに涙を流した。
頭のてっぺんからつま先までを洗う間、ずっと涙は止まらなかった。
その男は一度もこちらを見なかったと思う。

お風呂のあとは夕飯だ。
こんなことになるなんて予期していなかったから
しっかりと誕生日プレート付きのディナーだ。
本当に私はいったい何をしているのかと虚しくなった。
これを読んでいる皆さんも、この女は一体何をしているのだろうと思っていることだろう。
私が読者側だったらそう思う。
しかし、この時の私にとってはこれが精一杯だったのだ。

夕飯後は部屋に戻り、
先ほど買ってきたお酒を飲みながら話をすることになった。
ここでの会話はもはやほとんど覚えていない。
くだらない話をしながらゲラゲラ笑ったし、
今までのことを話してありがとうと伝えたり、
まだ一緒にいたいことを伝えたり。

でもこの男はここで、
「そういう所日本人じゃないよね」と言ってのけた。
前後の会話はそれこそほとんど覚えていない。
確か、うちのお父さんが心配してるよ〜今度会うことがあったら殴られるよ〜w
みたいな話をしてたような気がする。
そうでなくてもそんなことを言われるようなズレたことを言った覚えもまったくない。

娘を心配する父親の気持ちに人種関係あるか?
そして気持ちがギリギリの所でそうやって茶化すように父親の話をすることも人種関係あるか??
と、そうやって冷静に思えたのはそのもっと後の話で、このときはなんだか笑って済ませた気がする。

夜はくっついて寝た。
私からくっついたんだったと思う。
寝る間際、その男は「こんな時にこんなこというのもおかしいけど、やっぱり抱きしめると落ち着く」と言った。

なんだよそれと思いながら寝た。

なんか思ったより長いなつづく。

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