見出し画像

2020年代のアメリカン・シューゲイザー新世代と国内シーンの諸相


はじめに

本記事は、2022年12月に音楽情報サイトSTEREOGUMに掲載された記事 The New Wave Of American Shoegazeや、シーン内で活躍する各アーティストのインタビューを手引きとしつつ、筆者の音楽鑑賞履歴を元に、先行記事に記載されていない側面や日本国内の状況に関する情報を付け加えたものです。

本記事で紹介するアーティストや作品には、すでに国内の個人ブログやECサイトで日本語による紹介がなされているものも多くありますが、それらを単体で紹介した記述はしばしば見かけるものの、ジャンルの変遷やシーンについて俯瞰的に紹介した記述はあまり目にする機会がないため、このたび執筆を試みました。そのため、本記事内では各アーティストや作品の詳細については最低限の記述に留めています。詳しく知りたい方は各アーティストや作品についてGoogleやSNSで検索してみてください。

また、本記事で話題とするシューゲイザーというジャンルは、特に2010年代以降にその言葉の示す範囲が曖昧かつ広範になってきている傾向があり、過去にオルタナティブ・ロックや(ポスト・)グランジ、エモ、スロウコア、ポスト・ハードコアなどの名前で呼ばれていた音楽が現在シューゲイザーと形容されているような場面もしばしば目にします。そのため、本記事では「シューゲイザーとは何か」という定義には深入りせず、過去のWeb記事やSNSなどでシューゲイザーと形容されているアーティストを包括して扱います。もし「このバンドは(or俺たちは)シューゲイザーなんかじゃない」と思った場合は、XなどのSNSで気軽にご連絡ください。

前史ー10年代のアメリカン・シューゲイザー

2000年代中盤~後半には、USやUKを始めとする各国から多くのシューゲイザー・バンドが日本国内で紹介され、人気を博した。The Pains of Being Pure at HeartやAsobi Seksu、Letting Up Despite Great Faults、Ringo Deathstarrなど、この時期に国内で紹介されたバンド達は、ディスクユニオンなどの小売業者やメディアにおいて「ニューゲイザー」という用語を伴って広められ、Homecomingsを始めとした多くの国内アーティスト達に多大な影響を与えた。

2010年代に入ると、新興のシューゲイザー・バンドを紹介する際にこの「ニューゲイザー」という言葉が用いられる機会は次第に減少していき、同時代に現れたアーティストが一括りの言葉のもとに語られることは少なくなった。その影響もあるためか、2010年代のシューゲイザーについて包括するような記述を見かけることは少ないが、そこにはオリジナル・シューゲイザーの影響をそれぞれ独自に昇華したいくつかの傍流が存在する。

「ハードコアを経由した」シューゲイザー

10年代に注目を集めたシューゲイザー・バンドには、それ以前にハードコア・バンドのメンバーとして活動していたプレイヤーが別プロジェクトとして立ち上げたものや、活動初期にはハードコア・バンドであったものの、年を経るにつれて次第にシューゲイザー・サウンドへ移行したバンドが散見される。これらのバンドはしばしば「ハードコアを経由したシューゲイザー」という言葉を伴って紹介されることがある。

ペンシルバニア州フィラデルフィアにて始動したNothingは、元々ハードコア・バンドHollor Showに所属していたDomenic Palermoにより結成されたバンドである。SwervedriverやMy bloody Valentineを始めとするクラシック・シューゲイザーやSmashing Pumpkinsなどのグランジ・バンドからの影響を感じさせるラウドかつアグレッシブなサウンドが特徴で、2017年と2019年には来日公演も果たしている。メンバーとしてJesus PieceGouge Awayなどのハードコア・バンドの面々が参加していた(る)経歴もあり、特に上記の見出しのような言葉を伴って紹介されることの多いバンドだ。Nothingと同じくRelapse Recordsに所属するバンドCloakroomもシューゲイザーに接近した音楽性を特徴としており、メンバーのDoyle MartinはNothingにもギタリストとして参加している。

また、ペンシルバニア州キングストンで2003年に結成されたTitle Fightも同様に「ハードコアを経由した」シューゲイザーと形容されることの多いバンドだ。彼らは活動初期にはハードコアやエモに分類される音楽性を特徴としていたが、リリースを重ねるにつれて次第にシューゲイザーやインディー・ロックに近いサウンドへ移行していった。こちらも過去に複数回の来日を果たしており、国内においてもファンの多いバンドである。

また、Title Fightが複数の音源をリリースしたレーベル Run For Cover Recordsは、オルタナティブ・ロックやインディー・ロック、エモ、シューゲイザーなどと形容されることの多いバンド群をUSから世界に向けて多数紹介したことで知られている。このうち、楽曲内にシューゲイザーに近い要素を見出せるバンドにはTurnoverSuperheavenNarrow Headなどが挙げられる。Turnoverも活動初期にはエモやポップ・パンクに近い音楽性を志向していたものの、次第にシューゲイザーに近いサウンドへ移行しており、上述のTitle Fightなどと並べ数えられることも多いが、こちらのバンドは更にインディー・ポップに寄った印象を受ける楽曲が多い。

ブラックゲイズ

同様に2010年代に台頭したシューゲイザー関連ジャンルにブラックゲイズがある。ブラックメタルに由来するスクリームやヘヴィ志向のサウンドにシューゲイザーのアンビエンスや陶酔感を組み合わせたこのジャンルは、DeafheavenAlcestなどのバンドによって広められ、国内でも明日の叙景などのバンドに大きな影響を与えた。ただし、ジャンルの立役者であったDeafheavenは2021年のアルバム Infinite Graniteにおいて、ブラックゲイズからの脱却と称されるようにクラシック・シューゲイザーへの回帰的傾向を見せており、同ジャンル自体のブームも一時期に比べて沈静化した様子がみられる。

その他、2010年代のアメリカン・シューゲイザーを語る上でBeach FossilsのZachary Cole Smithにより結成されたDIIVを外すことはできないが、こちらは前述のようなバンド群と比べて非常に広範な影響力を持っており、その影響を特定のサブジャンルや地域に限定して語ることが難しいため、本記事では詳しい紹介を割愛させていただく。

2010年代に注目を集めた「新たな潮流」として本記事で特筆しておきたいものは上記の通りだが、シューゲイザーという用語が示す音楽性の範囲自体が年々広がり続けていることもあり、同時代に盛り上がりを見せた全ての動向を網羅することは難しい点をご承知置きいただきたい。

20年代ーアメリカン・シューゲイザーの新世代

They Are Gutting a Body of Waterとフィラデルフィアのシューゲイザー・シーン

冒頭にて紹介した記事でも言及されているように、新世代のシューゲイザー・シーンについて語る上でまず触れておきたいのはフィラデルフィアのDIYシーンである。

同地域について語るうえで外すことができないのは、They Are Gutting A Body of Water (略:TAGABOW)の存在だ。フロントマンのDouglas Dulgarianのソロとして始動した同プロジェクトは、現在では4人組のバンドとして活動している。フィラデルフィアの音楽シーンにおける先駆的存在であるBlue SmileySpirit Of the Beehive、そしてFrank Oceanとの共作でも広く知られるAlex Gなどのアーティストからの影響をインタビューで語っており、ベッドルーム・ポップからMy Bloody Valentine直径のラウドなバンドサウンド、そしてドラムンベースなどの打ち込み/サンプリングによって構成されたパートまで、様々なサウンドを混成させたような音楽的特徴を持っている。

同地域のシーンを活動拠点とするバンドとしては、他にKnifeplayHotline TNTFull Body 2などが挙げられる。TAGABOWのDouglas氏はJulia's War Recodingsというレーベルの運営にも携わっており、そちらからもFeebie Little HorseやGundyなど同シーンで活躍するバンドの音源リリースやライブ企画を行なっている。

10年代に登場したバンドの多くがエモやハードコア、(ポスト・)グランジなどの別ジャンルの要素を採り入れた音楽性をもつ一方で、同シーンから登場したバンドはインディー・ポップやベッドルーム・ポップ、スロウコアやドラムンベースなど、宅録/DTM的な趣向をもつジャンルに寄ったものが多く見受けられる。あくまで筆者の主観ではあるが、前者はライブの現場やZINE文化を通して培われたハードコア的な美学、後者はインディー・ポップ的なDIY精神やBandcamp/SoundCloudを通して広まったインターネット世代的な美学を持つアーティストが多いように感じられる。しかし、異なるバックグラウンドを持つ両シーンのアーティストがライブの場で共演する機会もしばしば見られており、決して交流がない訳ではない点についても付言しておきたい。

Sunday Drive Records、New Morality Zineと「ハードコアを経由した」シューゲイザー

上述のフィラデルフィアのアーティスト達と時を同じくして、シューゲイザーに近い音楽性をもつアーティストの作品を多数リリースしているレーベルに、テキサス州を拠点とするSunday Drive Recordsと、イリノイ州シカゴを拠点とするNew Morality Zineがある。これらのレーベルはハードコアと形容される作品も数多くリリースしているが、先に触れたNothingなどのバンドと同様に、元々ハードコア・バンドに参加していたプレイヤーが新しくシューゲイザー・バンドを立ち上げて同レーベルからリリースした例も散見されている。

Sunday Drive Records所属のAll Under Heavenは、ハードコア・バンドShackledのメンバー達によって2017年に結成されたバンドである。インタビューでは影響元として90年代より活躍するStarflyer 59やTeam Sleep、そして前述したTitle Fightなどのバンドを挙げており、サウンド面ではリバーブを多用した陶酔感のあるシューゲイズ・パートとエモ/ポスト・ハードコアに接近したリフ感の強いラウドなパートを行き来するような構成がみられる。

その他、Sunday Drive RecordsからはLeaving TimeGlareMad Honeyなどのバンドがシューゲイザーに近い音楽性の作品をリリースしている。もちろん、これらの中にはハードコアを出自や背景に持たないバンドも存在することも留意いただきたい。

New Morality Zineからリリースしたバンドでは、Cursetheknifeについて特筆しておきたい。上述のSunday Drive Recordsに所属するMad Honeyや、Broodingというバンドのメンバーたちによって2019年に結成された同バンドは、影響元に上述したNarrow HeadやNothing等を挙げており、それらのバンドにみられるようなグランジ影響下のヘヴィネスとシューゲイザー的なテクスチャをミックスさせた音楽性を特徴としている。

その他にはSoul BlindFake EyesDownwardGleueなどのバンドが同レーベルからシューゲイザーに近いジャンルの作品をリリースした。Deftonesなどのポスト・グランジバンドに接近した音楽性を持つSoul Blindは、昨年のアルバムリリースを経て顕著に人気を伸ばしており、惜しくも中止となってしまったものの2023年には来日公演も予定されていた。

両レーベルは近い趣向をもつ作品を多数リリースしているだけにとどまらず、両者に所属する複数のバンドを跨いで活動するプレイヤーがいたり、両者合同でのショーケース・イベントを開催したりもしており、深い交流をもつ関係にある。

また、シューゲイザー・シーンにおけるレジェンドとして名高いAstrobriteが、近年において上述したTAGABOWやAll Under Heaven、Leaving Time、Fake Eyesなどの新世代バンド達との共演を重ねている点についても補足しておきたい。

上記レーベル関連のアーティスト以外にも、ハードコアに接近した領域でシューゲイザー的な楽曲をプレイするバンドは多く現れている。マサチューセッツ州ローウェルを拠点とするFleshwaterは、2000年代初頭のニューメタルやポストハードコアにシューゲイザー的な要素を組み合わせたサウンドを特徴としており、2022年に1stアルバムを発売したことをきっかけにめざましく知名度を伸ばしている。また、Epitaph Records所属のオルタナティブ・ロックバンド Teenage Wristの元メンバーによって結成されたHeavenwardなどもこの大きな流れの一部にあると言えるだろう。

上述したような動向のほかにも、ノースカロライナ州出身のバンドWednesdayがインディー・ロック/シューゲイザー的なサウンドにスティールギターなどのカントリー的なサウンドを採り入れた楽曲を発表しているような動きも見られている。冒頭で引用したSTEREOGUMの記事では、Wednesdayをはじめとしたこの流れをカントリー・ゲイズと定義して紹介しているが、詳しくは引用元の記事を参照いただきたい。

国内シーンの諸相

上記で紹介したアメリカン・シューゲイザーの新世代はここ数年において注目を集め始めた潮流であり、現状では国内において十分な紹介がなされていないため、直接的な影響を受けたバンドはまだ少ないと言えるだろう。しかし、その背景にあった10年代の動向などを受けて、機を同じくして近い音楽性を志向するバンドは、現在の国内においても散見されている。

くゆるは2022年に東京で結成されたバンドである。現時点では会場限定のシングルCDを1枚リリースしたばかりの新しいバンドだが、My Bloody Valentine直系のアグレッシブなサウンドと高い演奏技術によるライブアクトが高い評価を受けており、現在国内シーンにおいて最も注目を集めるバンドの一つといえる。

同バンドのギタリスト、ウエダリュウジ氏はドラムンベース・ユニットTyrkouazによる楽曲ethergazeで客演としてフィーチャリングされているが、この楽曲におけるシューゲイザーとドラムンベースのクロスオーバー的なサウンドは、上述したフィラデルフィアのTAGABOWやFull Body 2が手掛ける楽曲群にも近い傾向を感じさせる。アートワーク面において、近年のVaporwave〜Hyperpopの流行に見られるような90年代~Y2K文化への懐古的な傾向を見せている点も両者に共通している。

また、東京を中心に活動するCruyffは、一部メンバーがSoundCloud上で交流していたことを背景として2021年頃に始動したバンドだ。宅録/DTM環境で制作されたと思われるアンビエントやベッドルーム・ポップ的な楽曲と、HumやMy Bloody Valentineを想起させるラウドなバンド・サウンドを行き来するような作品を発表しており、バンド形式だけに依らない様々な手法を用いて旧来のオルタナティブ・ロックやシューゲイザーのフォーマットを破壊/超越しようと試みるスタンスは、前述したフィラデルフィアのTAGABOWなどのバンドと共鳴する傾向を感じられる。

また、国内アーティストについて語るうえでは、上述した Sunday Drive Recordsからリリースした唯一の日本人バンドであるHollow Sunsについても触れておく必要があるだろう。Hollow Sunsは、Doggy Hood$やAs We Let Goなどハードコアバンドでの活躍歴があるDohi氏により2014年に結成したオルタナティブ・ロックバンドで、2019年にSunday Drive RecordsからEPをリリースした。2022年には前述のNothingやTitle Fightのレコーディングを手がけた名エンジニア Will Yip氏によりUSで録音されたアルバムをリリースしており、現在は海外バンドの来日公演でも多数共演を果たしている。本記事で触れた他のバンドと比べるとシューゲイザー的な要素は薄いが、前述した10年代から現在にかけてのUSシーンのアーティスト達と最も多く接点をもつ日本のバンドと言えるだろう。

なお、特に2010年代以降の国内シーンにおいては、前述したような海外バンドよりも国内の先達バンドからの影響を色濃く受けたバンドが多く存在し、シーンの成熟を感じさせる。近年注目を集めている例としては、bloodthirsty butchersやtoddleなどの国内オルタナティブ・ロックからの影響を色濃く反映したkurayamisakaや、きのこ帝国などのバンドからの影響を感じさせるなどが挙げられる。

これまでの国内シューゲイザー・シーンを語る上では、cruyff in the bedroomやplastic girl in closet、死んだ僕の彼女、For Tracy Hyde、17歳とベルリンの壁など数多くのシューゲイザー・バンドが出演したライブハウス、高円寺HIGHとその定例イベントであるTotal Feedbackの存在を欠かすことが出来なかったが、本記事で触れた新興バンド群は、従来のシーンと接点を持つケースがありつつも、それとは異なる同世代間の新しいコミュニティを形成しており、緩やかな世代の移り変わりを感じさせる状況となっている。

おわりに

本記事は、冒頭で紹介したSTEREOGUMの記事を足がかりにアメリカン・シューゲイザーの新世代と国内アーティストの状況について述べたものですが、音楽シーンやコミュニティなど不定形のものを言語化する上では、少なからず筆者の主観が介在することを避けられません。複数の過去記事を引用しつつ極力客観的な記述ができるよう努めましたが、内容に誤りや異論がある場合は、XなどのSNSまたは本記事のコメント欄でお気軽にご意見・ご感想をお寄せください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?