見出し画像

これからのオタクたちへ: 『月姫 -A piece of blue glass moon』とフィクショナルな恋愛描写の危険性

※本稿は『月姫 -A piece of blue glass moon』を俯瞰的にレビューする記事ではなく、筆者が全エンディング達成=トロコンした上で本作について気になったある一点を掘り下げ、考察したものです。『月姫』の物語の核心部分には言及していませんが、論を進める上で物語序盤のストーリー展開に触れています。序盤のみではありますが、まっさらな状態でのゲームプレイを楽しみにされている方はご注意ください。
また念のため冒頭で断っておくと、筆者は原作未プレイです。TYPE-MOON作品では『Fate/stay night』『Fate/hollow ataraxia』『Fate/EXTRA』『魔法使いの夜』はゲームクリア済、アニメ版では『Fate/stay night』TVシリーズおよび劇場版、『Fate/Zero』『空の境界』は視聴済です。スピンオフ作品までは網羅していないものの、同ブランド作品には比較的多く触れた上で執筆している旨をお含みおきください。

『月姫 -A piece of blue glass moon』について

2021年8月26日に発売されたTYPE-MOONブランド発のノベルゲーム『月姫 -A piece of blue glass moon』が、発売初週での売上約14万本というめざましい好調を記録した。

本作に関心のある方ならば既にご存知のことと思うが、本作は2000年発売のアダルトゲーム『月姫』のリメイク作品である。原作のストーリー全5ルートのうち2ルートに絞り、テキストやビジュアル、音楽を全面的に刷新し大幅増量したものだ。残りの3ルートを含む続編(後日発売予定)との分作となってはいるものの、本作のテキスト量は非常に多く、バッドエンドを含む全エンディング達成までのプレイ時間は筆者記録で60時間を超えており、前編である本作だけでも長期間たっぷりと楽しめる作品に仕上がっている。

本作は「伝奇ビジュアルノベル」というジャンルに定義されているものの、原作がアダルトゲームという事もあり、各ヒロインとの恋愛関係に大きくフォーカスが当てられている。アクション場面やファンタジー世界の描写にも多くの文章量が割かれているが、ヒロインとの関係性の推移がストーリーの根幹を成しているラブロマンス(恋愛シミュレーション)的な作品であることを予め明記しておきたい。

主人公・遠野志貴のキャラクター像

さて、当作については既に数多くのレビューが公開されているが、本稿で主題に取り上げたいのは、恋愛ゲームとして当作を振り返った際に顕著に目に止まる「フィクショナルな恋愛描写の不自然さ」である。より端的に言うと「主人公・遠野志貴の言動がキモすぎる」点だ。

筆者が主人公のどのような言動に問題を感じたか、顕著なものを具体的に列挙すると

・勝気でお転婆なヒロインが何かを口にするたびに「バカ」連呼、怒鳴りつける、繰り返し上から目線でからかう等、典型的なモラハラ彼氏を彷彿とさせるような言動を繰り返す(またヒロイン自身も主人公のそのような人間性を受け入れている)
・生真面目なヒロインに対しては、性的な目線で胸や脚などの肢体をまじまじと眺め回し、モノローグでの性的な描写や会話での性的なからかいを繰り返す
・「美人は居るだけで目立つんだから」など、やや過剰ともいえる頻度で女性の容姿を褒めそやすルッキズム的な言動
・物語序盤にて街中で偶然すれ違った女性に突然欲情し、背後をつけて住居のマンションへ侵入し、ナイフで殺害した上で死体をバラバラに解体する。この吉良吉影さながらのフェミサイドの動機については本作中で具体的に言明されず、またダークヒーローとしてストーリー末尾で断罪されることもないままにハッピーエンドを迎えることになる。

といった点である。

〈注:最後の点の動機については続編で言明される可能性が高いが、倫理的な問題を強く含む描写であり、また分作化されたことで説明不足感が否めなくなってしまっているため敢えてここに加えた。この描写については単純に主人公のキャラクター像の特異性のみに帰すべきものではなく、『月姫』の作風自体が原作と同時期に公開された映画『バトル・ロワイヤル』等に代表される「鬼畜系・悪趣味ブーム」の系譜とも深い影響関係にある点も無視できない〉

上に述べた通り、本作は2000年発売のPC用アダルトゲームのリメイクであり、原作のターゲット層は「男性オタク向けコンテンツを日常的に消費しているゲーマー」であったと言える。これに対して本作は、CEROレーティングZ指定(18才以上のみ対象)ではあるものの、PS4とSwitchというコンシューマ機専用のタイトルであり、性行為の直接描写を廃したことで原作よりも広範なプレイヤー層に向けた作品となっている。また、TYPE-MOONは原作版『月姫』発表以降に『Fate/stay night』や『Fate/Grand Order』等の記録的なヒットを達成し、ゲーム業界における一大ブランドへと発展した。同ブランドが送る2021年の新作長編ノベルゲームとして本作を捉えると、『FGO』で新規参入したプレイヤーを含む幅広い層が本作を楽しむことが期待されているのは間違いないだろう。上述した主人公像の違和感は、このようなターゲット層の差異や、作品が発表された時代背景に起因するものだと筆者は考えている。

原作が男性向けアダルトゲームである点を踏まえると、女性の肢体を官能的に語ることや、ヒロインへの性的なからかいは「作品に必須の要素」と考えることも出来るが、2021年に発表された大衆向け作品として同作を振り返ると、やはり上記のような主人公像は時代遅れかつ抑圧的に感じざるをえない。同ブランドで最大級のヒットを飛ばしているFate/Grand Orderは女性ゲーマーもターゲットに含む作品であるため、FGOをきっかけに本作をプレイした女性ゲーマーには、特に上述の点に違和感を覚える方も多いのではないかと予想できる。

なお、本作の主人公である遠野志貴は上述したようなキャラクター像に描かれているが、原作版『月姫』より後年に発表された『Fate』シリーズや『魔法使いの夜』等のゲーム、および『空の境界』などの小説作品の主人公の描写では、上記のような傾向は比較的抑えられていたと筆者は記憶している。この点から、制作会社およびシナリオライターの奈須きのこ氏が初めてアダルトゲームを手がけた際の試行錯誤や筆力の未成熟も、上述の違和感を生んだ要因のひとつと考えることができるだろう。

フィクショナルなコミュニケーション描写の危険性

また、上述した「バカ連呼」「怒鳴りつける」等の行為については、フィクション作品としてストーリーを盛り上げるために登場人物たちにボケ・ツッコミの役割分担を与えることを目指したものと想像できる。ただし、このフィクショナルなボケ・ツッコミの関係性は、ときに個人間の関係におけるモラハラやスクールカースト内でのいじめ等の加害者が口にしがちな「冗談のつもりだった」というエクスキューズにも繋がりかねない危険性を孕んだものである点にも注意すべきである。

また余談ではあるが、筆者は高校時代に『ひぐらしのなく頃に』に大変感銘を受け、作中の登場人物である北条悟史の行動をまねて、対して仲良くもないクラスメートの女子の頭をポンポンと撫で、相手に大変不快な思いをさせたという苦い失敗を経験している。この点については筆者自身強く反省しているが、これとまた同様に、かつて学校生活で広く行われていたスカートめくり等の性的なからかいについても、当時社会に広く蔓延していた旧世代的な語りによって容認されていたことも要因の一旦と考えられる。

オタク文化に限らず、アニメ、ドラマ、TV番組等において人為的に編集された語りを通して表現されるコミュニケーションの形は、それらを受容した次世代が手がける新たなフィクションや実生活内での語りを通して再生産され続ける。これが実社会でのコミュニケーションにも少なからぬ影響をもちうる点は、読者諸氏が日常生活を振り返った際にも心当りを感じることができるのはないだろうか。

なお、本稿の主旨は上述したような時代遅れな描写をもって本作や制作陣そのものを糾弾したり、フェミニズム的観点から女性への性的なまなざしを指摘し、単純にその改善を求めることではない。本稿の主旨は、このような違和感が生まれてしまった背景に、原作版『月姫』が発売された2000年以前の男性オタク文化においてアニメやマンガ、小説、ゲーム等のフォーマットを通して構築されたフィクショナルな恋愛観がある点を指摘することであり、また当作が2021年にリメイクされたことによって、その旧時代的でフィクショナルな男女関係観が広範なプレイヤー層のうちに再生産されかねないことを危惧し、特に若年層のゲーマーが本作をプレイする上で、上記の問題点に意識的であるべきことを注意喚起することだ。

余談:フェミニズムとオタク差別

また、上述したようなフェミニズム的観点からの指摘に対して「フェミの過剰反応」や「表現の自由の侵害」という反発が生じる可能性がある。奇しくも原作版『月姫』のファン層とネット掲示板で「表現の自由の保護」が謳われ始めた時期のネット民の層は少なからず一致していると思われるため敢えて本稿内で触れておきたいが、フェミニズム的主張やポリティカル・コレクトネスの推進に反発する男性もまた、「オタク差別」というフィクションや実生活における語りを通じて再生産されてきた抑圧的な価値観の被害者でありうる点に意識的であるべきだ。

「オタク差別」が過激化した契機である宮崎勤事件が世論を席捲した1989年から30年以上を経た現代においては、オリンピック開会式の入場曲にゲーム音楽が使われるなど、ゲームやアニメ等のオタク文化に対する抑圧的な価値観は以前と比べて大きく希薄化されつつあると言える。しかし最近話題となった殺人事件では、加害者を指す言葉として、ネットニュースの見出しに事件内容や加害動機と全く関係のない「アニメ好き夫婦」という言葉が使われるなど、依然として旧世代的なオタク嫌悪の価値観は生き残っていることが現在でも散見される。

ポリティカル・コレクトネスの推進はあらゆる集団間に存在する政治的な上下関係や差異の解消を目指すものであるが、これには人種差別や性差別だけでなく、スクールカーストに立脚したオタク差別や社会的地位の格差、恋愛格差など、男社会に内包される差別意識からの解放も課題とされなければならない。オタク差別とも強く関連する恋愛格差については、先日の小田急刺傷事件の際に取り沙汰された「インセル=もてない男」問題の要因にも繋がっているため、現代においても引き続き注視されるべき問題と言える。ただし、本稿でこれまでに指摘した、男性オタク文化に内在される「旧時代的でフィクショナルな男女観」もまた恋愛格差やホモソーシャルな価値観の再生産の一端を担っている可能性が高い点も留意しておきたい。

結論:これからのオタクたちへ

脱線してしまったが、本稿の主旨は本作が旧来型のフィクショナルな恋愛観に立脚して制作されていることを指摘し、その価値観に触れたことのない(特に若年層の)新規プレイヤーへ注意喚起を行うことである点を今一度明記したい。

誤解を招きかねないためここで言明しておくが、本稿は上記の点をもってリメイク版『月姫』を酷評するものではない。ビジュアルノベルゲームとしての本作は、ビジュアル・音響面は非常にハイクオリティで臨場感溢れるものにアップデートされており、分作とはなったもののメインエンディング達成まで長時間を要する大ボリュームであり、プレイ後の満足度も極めて高い。また、何よりも作家・奈須きのこが手掛けるケレン味溢れる官能とバイオレンスに満ちたファンタジー世界を存分に楽しむことができる作品であり、他作品を通じてTYPE-MOON世界に触れたことのある方であれば存分に楽しめる傑作である。

本作は素晴らしいゲームだが、旧時代的な恋愛観をベースにキャラクター像やストーリーが構築されているため、特に若い新規層のプレイヤーが触れる際は十分その点に意識的であってほしい。CEROレーティング Z指定ではあるが、R-18と書かれているものには積極的に手を出したくなるのが中高生マインドではないだろうか(声を大にして語れることではないが、筆者の暗澹たる高校時代において大きな心の支えとなったのが18禁版『Fate/stay night』であった)。もちろん、18歳を超えているプレイヤーも本稿における主張の例外ではない。一度始めたら確実にのめり込んでしまうだけの魅力を十分に持ち合わせた作品であるからこそ、くれぐれも遠野志貴の言動の真似だけはしないよう、十分注意いただきたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?