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いつか普通の国になる日本へ 3

2年ぶりに日本を訪ねて、インバウンド観光客のように感動したこと。

包装や料理やスイーツに限らず、日本のサービスも工芸も、マンガやアニメや文学といったコンテンツも、すべてが繊細で洗練されている。

でもなんだかここ10年ほど、外からちょっと遠巻きに見ている日本はますます内向きになっていき、ますます繊細さを増しているように見える。

1年半ほど前にシアトルから東京に移住した友人夫婦がいた。40代はじめの旦那さんはアメリカ中西部出身で、シアトルの某大手IT企業に10年ほど勤めたあとで日本の某大手IT企業に転職したのだけど、2年とたたずに戻ってきてしまった。

東京生活は面白かったけれど、今後のキャリア展開を考えると、ずっと日本に居続けるのが不安になった、というのが主な理由だという。ビジネスの進め方でも技術面でも日本はやっぱり特殊なので、あまり長くいすぎるとその後外に出るのが難しくなると考えたそうだ。待遇は悪くはなかったが、これから10年間の収入を考えるとアメリカで仕事をする方が有利と判断したというのもあるようだ。

エンジニアやデザイナーについていえば、日本の給与水準は欧米だけでなくてアジアに比べても格段に安いんだ、と、これはまた別の、東京のコンテンツ制作会社で人事の仕事も手がけている友人が言っていた。うーんそうなのか、と軽くショックだった。

日本経済の尾ひれにしがみついてご飯を食べさせて頂いている身としては日本の経済が縮小してしまうのはたいへん困るのだけど、日本が豊かな「社会主義国」であった時代にはもう幕が降りているのだしそれは誰がどう何を頑張っても取り戻せないのだなあ、と今回はまたひしひしと実感したのだった。

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日本がどんどん普通の国になっていってしまうとしたら、2年後、5年後、10年後にも、まだ駅ナカにスイーツが溢れ、お店のロゴの袋も、エコノミーなお店での王族を迎えるようなおもてなしも健在なのだろうか。それとも富裕層向けのハイエンドだけに、かつてのおもてなし精神が生き残っていくのだろうか。

粘菌のような同調圧力のほうは、経済が傾くと同時にますます分厚く不透明になっていきそうな気がしないでもない。

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