ほかほかのエール
「ーということで、皆さんお疲れ様でした」
上司の締めの挨拶で、席を立つ。
職場でイベントがあり、お客様が帰られたあとに片付けを行ったり反省会をしたりと、普段の平日とは違う過ごし方をしていた。
時計を見ると、退勤時刻まであと40分。
このあとの時間、仕事をどうしようか。
抱えている自分の仕事に手を付けると、中途半端になってしまう。だけど掃除をしたり雑談したりでやり過ごすのは勿体ない。
そういえば、お客様に配布するチラシが少なくなっていた。
残りの時間はそれを印刷してこよう。
チラシの原本を手にして印刷室へ向かう。
必要枚数は400枚ほど。
今までの経験から、その枚数であれば大体20分かかることが分かっている。移動や片付けまで含めると、余りの時間にちょうど良い。
印刷室は、自分のデスクがあるフロアから少し離れた場所にある。
備品を収納する倉庫の役割も兼ねていて、コピー機が置かれた一角を除き、天井に届くくらいの高さの棚がぎりぎり体が通るくらいの間隔で狭い部屋を埋め尽くしている。
棚には事務用品やお客様のお忘れ物などが隙間なく詰まっていて、この部屋に入ると少しだけ息苦しさを感じる。
壁にかかっているリストに、今日の日付と使用者の名前を記入する。
前の行にも、昨日の日付で自分の名前が書かれている。
原本をセットし、印刷を開始。
機械が動き出して滞りなく紙が排出される。
印刷している間は何もすることがなく、用紙を補充したり印刷の濃度を確認しながら、印刷が終わるのをただ待つ。
一枚紙が出てくる度に、私の頭の中に声のない呟きが吐き出される。
昨日も今日も、イベントの準備や片付けに時間を取られて、抱えている仕事が思うように進められなかったな。
締切が近付いてきて、本音をいえば焦っているし、この時間さえも惜しいけれど、自分の仕事にだけ時間を割く訳にもいかないし。
でも、できればコピーみたいな仕事は、手の空いている人が率先してやってくれると助かるんだけどな......
コピー機から機械音が鳴り、印刷が終わったことを知らせてくれた。
大量に印刷された紙を両手に抱えて、部屋を出る。
通路を歩く間、落とさないように紙の束を両腕で抱きかかえた。
すると、印刷されたばかりの紙はまだ温かくて、じんわりとした温もりが胸に広がった。
“ほかほか”
まるで焼きたてのパンのような、やさしい温かさ。
“今日も一日お疲れ様”
そんなエールをもらえたように感じて、爽やかな嬉しさがこみ上げる。
このご褒美は、最後の最後まで頑張った私だけのものだ!
ぎゅっと紙を両腕で包みこみ、印刷することにして良かったな、なんて思いながら、退勤時刻に間に合うように早足で階段を上がった。
疲れると、つい愚痴っぽくなったり周りに不満を感じてしまったり......。
できるだけ、すべての仕事を、楽しく喜んで取り組むようにしたいと思います。
皆さん、よい週末をお過ごしください。