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音楽を作るということ

音楽を作るということについて考える時、
人間という存在について考えることに立ち返らざるを得ない。
人間は度し難い。どうしようもない。クソである。
僕は人間という種族のことを考えると嫌になる。
平気で仲間から奪ったり傷つけたりする。利己的でずるい。
目先の快楽や、イデオロギーなどという幻に簡単に飲み込まれた末に他を滅ぼすことも厭わない。
自分自身を絶滅に追い込むような消費や経済行動を繰り返す。
大量に殺し後悔し反省した後しばらくするとまた繰り返す。
度し難い。どうしようもない。
そんな自分もその人間という種族なのだということを考えると
何だか胸の辺りがイガイガしてきて本当に嫌になる。
「ああー!」と叫びたくなる。
たまらず外に出る。公園を歩くと小さな子どもや赤ん坊が楽しそうにしている。
あの子たちもクソなのか?いや、そんなはずはない。
じゃあなんで人間たちはこんななんだ?
そんなことを考えている人間である僕は何なんだ?
ぐるぐる回って抜けられなくなる。

日が暮れたどんよりした街を歩く。
イヤホンを耳に入れ、曲を流す。
Princeの「I Would Die 4 U」が流れた。
景色が一変する。夜の街が光り輝く。心が高揚する。
幸せな気分になる。同じものを見ているのに一瞬で世界が変わる。
これは魔法なのか。ただの脳内の化学反応なのか。
自分にはそれを感じる感覚がある。それを受け止め反応する感覚器官がある。
ゾクゾクして震えるのだ。
僕は人間でありこの感覚器官を持っているから、
こんなに高揚し幸せを感じることができる。

音楽を作る時、音楽は降りてくる。
ギターのフレーズは突然降ってくる。向こうからやってくる。
それを受け止める瞬間、それは言いようもない快感と至福の時だ。
自分はクソの種族である人間であることにうんざりしているのに、
音楽を感じキャッチするたびに、人間でよかったと心底思う。

なんという矛盾なのだろう。
矛盾は人を引き裂く。
僕は常に引き裂かれている。
ズタズタになっている。
ズタズタになりながら、音楽の力に歓喜し震えている。
狂っている。
人間という種族を心底嫌いながら、
人間が生み出す音楽の力に最高の幸せを感じる。
矛盾。ご都合主義。
自分の矛盾とご都合主義を眺めて悩みながら、
音楽の力に降伏し幸福を感じる。
やはり狂気だ。

僕はこの混乱と混沌を解決できないまま
子どもから大人になり今に至っている。
どうしようもない虚しさと高揚の間を常に行き来している。
それが生きることなら、受け入れるしかない。
音楽を作る。音楽をキャッチする。
生きて生きて生きて作り作り作り続けること。
それは最適解ではないのかもしれない。
賽の河原なのかもしれない。
そうだとしても、やり続ける。
僕はこうやって至福の時と反吐が出るような気分の時とを何度も行き来している。
いや、行き来ができる、ということ自体が幸運であるのかもしれないよ。

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