強請り屋 静寂のイカロス 28

第28話 事件の原点

 彼は思い悩んでいた
 答が見つからず苦しんでいた
 けれどそれも計画の一部
 僕はこう言った

 この次は、あなたたちの中から死人が出ますよ

 彼は驚いていた
 動揺していた
 けれどそれも計画の一部
 僕はこう言った

 夕月派の和馬が死に
 朝陽派の小梅が死に
 どちらでもない碧が死に
 ここに残っているグループは
 あなた方と、刑事と探偵
 ならば次に殺されるのは、あなた方だ

 彼はまた驚いた
 そして僕にこうたずねた

 何故刑事と探偵は殺されないと言えるのですか

 僕は答えた

 だって彼らが犯人ですからね

 彼は歓喜した
 考えていた通りだったと
 自分は間違えていなかったと
 そして僕の手を取り笑った
 そんな彼を見て、僕は思った

 ああ、人殺しの目をしている


 結局あれから五味さんは、不機嫌な顔で考え込んだまま。私はどうする事もできずに部屋に戻った。


 予言は誰のため? 五味さんの言ってた事を考える。父様の霊は朝陽姉様を通じて予言をした。それは何故。何のため。誰のため。それがわかれば、朝陽姉様にかけられた嫌疑も晴れるかも知れない。


 朝陽姉様のため? でも姉様は予言のせいで疑われている。せっかく教祖になれたのに、いまは苦しい立場に追いやられている。そんな事を父様が望んでいたのだろうか。


 渡兄様のため? でも渡兄様は朝陽姉様が怪しいと主張して、大松さんたちと雰囲気が悪くなっただけで何も得られてはいない。父様は兄様を随分と気にかけていたけど、死んだ後まで心配するのだろうか。


 教団のため? でも教団は売られてしまった。もっと早く予言があれば。人が死ぬ予言じゃなくて、みんなを幸せにする予言があったなら。


 私のため? そんなはずは絶対にない。父様は私を可愛がってはくれたけれど、和馬叔父様を殺して、小梅さんを殺して、碧さんを殺して、私が幸せになるはずがない。なれるはずがない。


 じゃあ誰のため? 何のため? 結果には原因がある。行動には理由がある。父様が予言をしたのにも、姉様の口を借りたのにも、必ず何らかの理由があるに違いない。違いないのだけれど。


 ……ダメだ、思い浮かばない。五味さんのようには行かない。私には推理なんて無理なのかも知れない。でも。


「あらゆる不可能を排除したとき、最後に残ったものがいかに有り得なくとも、それが真実である」


 ホームズはそう言う。私はあらゆる不可能を排除しただろうか。考えよう。もう一度、ううん、何度でも考えよう。いま私に出来る事は他にないのだから。


 午後三時を過ぎた。当たり前のように何も起こらない。やれやれ、こっちの不安も動揺も計算のうちってか。まったく嫌になる。さっさと解放してくんねえかな。千二百万のネタも駄目になったし、これ以上こんな所に居ても、何の得もない。犯人が誰とか知るか。あと何人殺されるとか、どうでもいい。オレは事務所のソファの上で、好きなだけタバコが吸いてえんだ。


「五味、どう思う」


 築根が話しかけてくる。どうも思わねえよ、と言ってやりたかったが、一応聞いてみる。


「何が」
「三時を過ぎたが何も起こらない」


「四時まではあと四十分くらいあるんじゃねえの」
「その間に何かあると思うか」


「思わんね」


 何で真面目に答えてんだ、オレは。どんだけ律儀なんだよ。築根はなおも問いかける。


「柴野碧が三階から落とされて殺された以上、犯人は三へのこだわりを捨ててはいないと見るべきだ。なのに何故三時に動かない」
「今日の分はもう終わったって事だろう」


 築根はじっとオレを見つめる。美人なんだが、まったく色っぽくない。


「昨日は小梅が殺されて、今日は碧が殺された。だったら明日また殺せば、三日連続三人殺しだ。三尽くしじゃねえか」


「最初から三日で三人殺す計画だったという事か」
「そりゃそうだろ。無計画にここまで出来る訳がない。どんだけ天才的犯罪者だよ」


 原樹は壁にもたれて居眠りをしている。ジローはいつも通り膝を抱えて虚空を見つめていた。外からは何も聞こえて来ず、築根は沈黙して何かを考えている。静寂の中、オレは一つ溜息をついた。ああ、タバコが吸いてえ。


「一と一と三」


 不意に築根がつぶやいた。


「あ?」
「予言では一と一と三を強調した。これを、この順番で人を殺すという事だと私たちは受け取った。実際、その順番通りに人が死のうとしている。だが、これが正解なのか」


 築根の考えている事が理解できなかった。しかしコイツは元来優秀な刑事だ。優秀過ぎて煙たがられる事はあるにせよ、原樹とは頭の出来が違う。


「何が言いたいんだよ」


「下臼聡一郎のストーカー殺人は、本当に最初の殺人なのか。他に事件は起きていないのか。予言があえて一と一と三を強調したのは、それだけを見て欲しかったから、つまり他の何かを隠したかったからじゃないのか。そんな可能性を考えていた」


 この野郎。まあ野郎じゃねえが、こんな事考えてやがったのか。オレは一呼吸置いて答えた。


「他に何かあるとするなら、先代の典前大覚が死んだ事か」


 いかんな、ちょっと面白くなってる自分が居る。


「アレは病死って事になってるが、もし殺人なら……いや、だがそんな事をして何になる。大覚は病気で何ヶ月か伏せっていた。その時点で教団の実権は朝陽が握ってたんじゃないのか。確かに殺せば権力は確固たるものになる。しかしリスクが大きい。たとえば継続的に食事に毒を混ぜていた、なんて考えるのは簡単だが、実行するのは難しい。どこに人の目があるかわからない。教団内には夕月に教祖を継がせたがっていた派閥もある。迂闊な事は出来ないだろうし、現状ここまで計画的に事を進めている犯人にしちゃ、らしくない気もする」


「そうか。ちょっと考えすぎたかな。疲れてるんだな、たぶん」


 築根は照れたような困ったような笑い顔を浮かべた。


「ただし」


 オレは続けた。


「典前大覚の死が、本当に病死だったらどうだ」


 築根は眉を寄せて首をかしげた。まるで意味不明という顔だった。


「病死だったら? それは別に何も隠す事はないんじゃないのか」


「そう、病死なら隠す必要はない。ないはずなのに、隠したい何かがそこにあるなら。何をだ。何かをした。何かがあった。それを隠すためなら人を殺しても構わない何かが、この一連の事件の原点が、典前大覚の死にはあるのだとしたら」


 そこまで喋って、オレはもう一度溜息をついた。


「何か何かばっかりじゃ、わかんねえな。無駄に可能性が広がるだけだ」


 しかし築根は呆気に取られている。


「おまえ……本当にすごいな」
「何が」


「いや、イロイロとさ」


 と、何故か築根が吹き出したそのとき。突然館内放送が流れた。


「殻橋邦命様よりのお達しです。三階と六階の封鎖については解除します。繰り返します。三階と六階の封鎖については解除します」


 オレと築根は顔を見合わせた。


「どういうつもりだろう」


 困惑している築根に、オレは手をひらひらさせた。


「さあ。馬鹿の考え休むに似たりってな。封鎖なんかしても意味がない事に、いまさら気付いたんじゃねえの」


「おまえ、外に聞こえるぞ」
「知ったこっちゃねえよ」


 ああ、クソッ。タバコが吸いてえ。どうする、一本だけ吸うか。一本だけなら大丈夫か。一本だけなら。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?