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虎に翼 第122回 ものを語る力

この回も大雑把に【三部構成】になっている。

〈パート1〉若手判事らへ左遷としか思えない人事について寅子が長官室まで話を聞きに行く。立場を弁えろとか二度といきなり来るなと言い放たれ、さようならお元気でと、直球の慇懃無礼で寅子が立ち去ったあと、長官室に桂場の中の多岐川が登場。等一郎に対して耳に痛いことを言うが、うるさい黙れとその幻を追いはらったあとの孤独たるや。

これでもう寅子と桂場が今までのように軽口をたたき合うこともなくなるのか、と思わせておいて、第125回で航一さんが戦争のトラウマ/心の重荷を「長官の膝で目覚めてから軽くなった気がする」と打ち明けるまでの力強い一筆書きのような流れというか、奔流のような息をも継がせぬ描写に流し込んでいくのがなんとも凄い、視聴者としての経験。

〈パート2〉月に1度の法制審議会・少年部会。調査官なくして少年審判はできません、彼らの丁寧な調査が必要だと説明する寅子。少ない人員がいけないという「改正強行派」は、かといって予算を増やす、つまり人員を増やしていいとは決して言わない。逆に行き届かないのだから、そんなものはやめてしまえ、と言わんばかり。「法務省は退きどころがわからなくなっている」「審議をカオスにしておいてから数にモノを言わせて強行採決で押し切ってこようとする気配」と、第123回で寅子は家裁少年部の職員らから意見を集めるのだが、そのときの「声」はそんな感じ。リアル世界での政治家のパワーゲームも総じてそういう印象だものね。観察して意見を集約することの重要性を思う。

・ライアンさんの討論スタイルが格好いい。アメリカンスタイル?
・と思ったら秘訣は「心にタッキーを」と。会いたいね……とも。
・家裁に着任した朋一の挨拶。熱意が少し浮いている感。
・笹竹で、優未と美位子、さらに補導委託先として道男が引き受けた大五郎。この三人が店内で働いている情景を映し出す。不思議な縁。

〈パート3〉美位子の事件は上告してから一年になるが最高裁が受理するかはまだ決まらない。担当調査官の航一がよねと轟を訪ねてくる。

このドラマの見所のひとつは、法律家たちの公私にわたっての「話のしかた」「意見表明」「プレゼン流儀」「寄り添い方」である。ここでの尊属殺という事件そのものは1話だけで描ききれるものではない。が、よねが航一に向かっておこなう「斧ヶ岳美位子のケース」のプレゼンは、このパートだけ切り取っても見応えがあって、素晴らしい。

斧ヶ岳美位子は幼い頃から暴力を受けていました。母親は十代の彼女を置いて逃げ出した。母親がそれまで受けていた仕打ちを彼女はすべて引き受けることになった。家事に暴力に、性処理も。

山田よね

「山田、星さんは事件の内容をすべてご存じだ」と轟が制す。文字情報でだけで知ったことと、見ること聞くこと(伝えたり訴えたり)は別物なのだ。リアルをそのまま「伝える」ことは不可能だからこその、ものを語るというコミュニケーション手段であり、語り手があいだに入ることで「フィクションの力を借りる」ことは、聞き手が深部での理解をするためには絶対に必要なスイッチでもある。おそらく弁護士の役割は、当事者が自分で語ることができない事柄を、きちんと他者に伝えて、救いを求めたり、審判を受けることでさらに多くの人に「現実」を知ってもらうことでもあるのだ。

暴力は思考を停止させる。抵抗する気力を奪い、死なないためにすべてを受け入れて耐えるようになる。彼女には頼れる人間も隠れる場所もなかった。

山田よね

ここで燈台の今は亡きマスターとよねの写真と、上野駅の汽車の発着音。かつて姉を頼って逃げてきたよねの、自分の体験と恐怖が彼女の声に重なる。「父親の子を身ごもり、二人の子どもが生まれた。幾度も流産を経験した。職場で恋人ができ、やっと逃げ出す術を得たのに父親は怒り彼女を監禁した。恋人に全てを暴露すると脅され、追いつめられた彼女はさらに烈しくなる暴力に命の危機を感じて、酒に酔って眠る父親を絞め殺した。恋人は真実を知って早々にあいつから離れていった」

おぞましく人の所業とは思えぬ事件だが、けして珍しい話じゃない。ありふれた悲劇だ。
あいつは今でも男の大声に身体がすくむ。部屋を暗くして眠れない。金が出来たらその大半を自分を捨てた母親に送る、無理やり産まされた実の子を世話してもらうために。

山田よね

「あたしは救いようがない世の中を少しだけでもマシにしたい。だから心を痛めるヒマはない。それだけです」と話を終えるよね。途中から、美位子の話を代弁しているだけではなく、自分の人生を語る声になっている。これが山田よねという弁護士の本質ともいえよう。少なくとも、このとき正面にいてくれる航一の意志を動かすだけの圧倒的なインパクトであった。

無言で轟が肩に手を置くのがよかった。
学生時代は、こんなふうにそっと手を置いてくるのはヒャンちゃん(香淑)であることが多かった。あの日から……と俯瞰することまで含め、今週の「女の知恵は後へまわる?」という週タイトルと、微妙な感じで反響するのも、このドラマならではの味わいかもしれない。

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