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10分でわかる!サロメイトのための戯曲「サロメ」入門〜恋と盲目、あるいは推しと脳破壊〜【後半】

古今東西、世の中には二種類の人間しかいません
推す人間と推される人間です
戯曲「サロメ」も例に漏れず、推し推される人間たちの悲劇なのです

ごきげんよう

初めましての人は初めまして
前半パートを読んでくれた人にはお久しぶりです

小説・映画好きのV、遊月と申します

戯曲「サロメ」の内容紹介【後半〜ラスト】

前置きは省略して、前回の続きについて話していきましょう
※前回同様、以下の引用は全て岩波文庫版「サロメ」からです

前回のあらすじ

前半パートを見たい方はこちら
この記事では、戯曲「サロメ」をモデルにしたであろうVTuber、壱百満天原サロメさんの偏見に基づいた紹介と、「サロメ」前半の紹介をしています。

まずは、うろ覚えの方のために、前半のあらすじを15秒で説明します

こんな感じでしたね

パワポで自作

サロメ王女が預言者ヨカナーンにメロメロになって口づけを熱望するも、イエスに一途のヨカナーンは断固拒否する。かねてよりサロメを推していた親衛隊長は、彼女の骨抜きになっている姿に耐えられずに自死。

念の為、今回も関係図を置いときます

パワポで自作

後半〜ラスト

後半は、侍童が隊長の死を嘆く長台詞で始まります。
友人との思い出、自死を防げなかったことを悔いる、心締め付けられるセリフなんですが、

サロメは無視。ヨカナーンに夢中ですから。
サロメはヨカナーンに「お前の口に口づけさせておくれ」と3度言い、「あたしはお前に口づけする」と3度言いますが、拒絶されて口づけは叶いません

侍童と親衛隊の兵士たちが、隊長の死骸を王から隠そうとしていると、そこに王エロドと女王エロディアス、従臣たちが登場します。王がお気に入りのサロメを探しに来たのです。

バルコニーに出てきた王と女王も、前半の侍童やサロメ同様に、月に言及します。

エロド  不思議な月だな、今宵の月は。(省略)どう見ても、狂女だな、行くさきざき男を探し求めて歩く狂つた女のやうな。それも、素肌のまゝ。一糸も待とうてはをらぬ。(省略)
エロディアス  いゝえ。月は月のやう、たゝ”それだけのことでございます。中へはひりませう……こゝに御用はないはず。

王は、月=裸の狂女と言っています。女王は月=月と。
実は、この2人に加えて侍童・サロメの月についてのセリフは全て、
月=サロメに言及している。と考えています。

彼らから見た(彼らがこれから見る)サロメ像を語っているのでしょう。
そうすると、各々はサロメのことを
侍童 → 死んだ女、屍を漁り歩く女
サロメ →(自分は)美しい、生娘
王 → 狂女、男垂らし
女王 → 自分の娘以上でも以下でもない

と見ていることになります。ただ、サロメだけはヨカナーンのことも語っているでしょう。

さてさて、王は隊長の流した血に足を滑らせ、死骸に気付きます。信頼していた隊長の死骸を見て、風と羽ばたくような音を感じます(死者の気配?天使?)。
気落ちした王は、サロメに慰めてもらいたいのか、彼女に「酒をつげ、木の実を持って来い、そばに座れ」と命令します。小さな歯の跡が見たいから、木の実を一口齧って残りは俺にくれ、とか言っています、キモいですね

しかし、サロメはどれも拒否します。
推しのサロメに拒否される王は、推しのヨカナーンに拒否されるサロメそっくりですね。

ここから7ページほど、宗教やイエスの話が続くのでスキップ

そして、王と女王の会話が続くのですが、王の視線はだんだんサロメの方に向かっていき、ついには動かなくなります。女王の言葉に空返事の王は、唐突にこう言います。

エロド  サロメ、おれに踊りを見せてくれ。

隊長の死骸を見てから陰鬱な王はサロメの踊りを見て、気の滅入りを紛らわそうとします。が、何度命令しても、サロメはやはり踊りません。
王はどうしてもサロメに踊ってほしくて禁断の手を使ってしまいます。
「踊ってくれたら何でもする」、です。悪魔との取引ですね。

エロド   サロメ、サロメ、おれに踊りを見せてくれ。頼む、踊りを見せてくれ。今宵のおれは気がめいつて仕方がない。さうだ、ひどく気がめいるのだ。(省略)今宵のおれは気がめいつて仕方がない。せめておれに踊りを見せてくれ。踊りを見せてくれ、サロメ、頼む。踊つてくれたら、なんなりとほしいものをつかはさう。〔うむ、踊つてくれさへしたら、サロメ、なんなりとほしいものをつかはすぞ、〕たとへこの国の半ばをと言はれようとも。

国の半分・・・、りゅうおう様かな?
サロメは一転して乗り気になります。国半分欲しいのかな?

サロメは誓いが本当かどうか、王に6度に渡って確認します。
王は全てにイエスと返します。
その間に、女王はサロメに踊らないように4度お願いするが、サロメも王も無視です。推しとファンの間には妻(母)であれ介入できないのです。

サロメは奴隷たちに香料(香水的な)とベール七つを持って来させ、着替え始めます。裸足で踊るためにサンダルを脱ぐだけで、王は大興奮です

エロド  あゝ!はだしで踊らうといふのだな!すばらしい!すばらしいぞ!
お前の小さな足は白い鳩となろう。木の枝先に揺れ踊る小さな白い花ともならう……

準備ができたサロメは踊り始めます。舞台だとここでサロメ役が踊るのでしょうが、本の中ではただ一文記されているだけです。

  サロメ、七つのヴェイルの踊りを踊る。

七つのヴェイルの踊りは、音楽に合わせてヴェイルを一つ一つ脱ぎながら踊り、最後には一糸纏わぬ姿になる扇状的なものらしいです。

R・シュトラウスの「7つのヴェール」という曲があるので貼っときますね。
この曲に合わせてサロメが踊っている様子を想像してみるのもいいかもしれません。


さて、踊り終えたサロメに、大満足の王。果たしてサロメの望むものは?(前半記事でネタバレしてますが・・・)

エロド  あゝ! 見事だつた、見事だつだな! 見ろ、踊つてくれだぞ、お前の娘は。来い、サロメ! こゝへ、褒美をつかはす。あゝ! おれは舞姫にはいくらでも礼を出すのだ、おれといふ男はな。ことにお前には、じふぶん礼がしたい。なんなりとお前の望むものをつかはさう。何がほしいな? 言へ。
サロメ  (跪いて)わたしのほしいものとは、なにとぞお命じくださいますやう、今すぐこゝへ、銀の大皿にのせて……
エロド  (笑つて)銀の大皿にのせて? いゝとも、銀の皿にな、わけもないこと。かはいゝことを言ふ、さうではないか? それはなんだな、銀の皿にのせてくれとお前が言ふのは、おゝ、おれの美しいサロメ、ユダヤのどの娘よりも美しいお前がほしいと言ふのは、一体なんなのだ? 銀の皿にのせて、なにをお前はほしいといふのだ? 言へ。なんでもいゝ、きつとそれを取らせる。おれの宝はことごとくお前のものだ。それは一体なんなのだ、サロメ? 
サロメ  (立ち上がり)ヨカナーンの首を。

ヨカナーンの首を乗せた銀の大皿。なかなかぶっ飛んでますね。

国の半分をやると言った王もこれにはイエスと言えません。
神の使いであるヨカナーンの首を落として神罰が下ることを恐れているからです。

なんとか首に代わるもので納得してもらおうと、
王はあらゆる財産を提示しますーー「世界で一番大きいエメラルド」、「白孔雀50
羽」、「真珠の首飾り」、「紫水晶」、「宝石」、「祭司の長のマント」、「聖壇の幕」・・・。

しかし、サロメにすればどれも無価値でした。ヨカナーンだけが彼女の欲するものなのです。

エロド  おれのもつてゐるものは、なんでもやる、たゞ一つの命を除いては。(省略)
ユダヤ人  おゝ! おゝ!
サロメ  私にヨカナーンの首をくださいまし。
エロド  (席に崩れるやうに坐り)この女の望みのものをやれ! さすがは母親の子だ!
   第一の兵士が近づく。エロディアスはエロドの指から死の指輪を抜き取り、
   第一の兵士に手渡す。それを直ぐ首斬役人のところへ持つてゆく。首  
   斬役人のたぢろぐ様子。

首斬役人に「死の指輪」が渡されることで、首斬が行われます。

首斬役人は、ヨカナーンがいる水槽の中に降りていきます。

さぁ、もう終盤ですよ。

水槽に耳を澄ましても叫び声ひとつ聞こえないことに困惑するサロメの元に、
首斬役人が戻ってきます

大きな黒い腕、銀の楯のうへにヨカナーンの首をのせた首斬役人の黒い腕が、水槽からせりあがる。サロメ、その首を掴む。エロドはマントで顔を隠す。エロディアスは微笑して扇をつかふ。ナザレ人たちは跪いて祈り始める。
サロメ あゝ! お前はその口で口づけさせてくれなかつたね、ヨカナーン。さあ! 今こそ、その口づけを。この歯で噛んでやる、熟れた木の実を噛むように。さうするとも、あたしはあんたに口づけするよ、ヨカナーン

やっと望みが叶う、しかし、

サロメ  今こそ、その口づけを……でも、どうしてあたしを見ないのだい、ヨカナーン? お前の眼は、さつきはあんなにも恐ろしく、怒りと蔑みにみちてゐたのに、今はじっと閉じてゐる。(省略)

彼女の手中にあるのは、物言わぬ首

サロメ  それにお前のその舌、毒を吐く赤い蛇のやうだつたその舌も、もう動かない、今はもう何も言はないのだね、ヨカナーン、あたしに向つて毒を吐いたあの真赤な蝮も。不思議だとは思はないかい? その赤い蝮はどうしてもう動かないのだらう?

彼女の望んだものは違う、これではない

サロメ  お前は一寸もあたしを欲しがらなかつた、ヨカナーン。お前はあたしを卻けた。ひどい言葉をあたしに投げつけた。まるで淫売や浮気女のやうに扱つた、このあたしを、サロメを、エロディアスの娘ユダヤの王女を!(省略)あゝ! ヨカナーン、ヨカナーン、お前ひとりなのだよ、あたしが恋した男は。ほかの男など、みんなあたしには厭はしい。でも、お前だけは綺麗だった。(省略)どうしてお前はあたしを見なかつたのだい、ヨカナーン? 一目でいゝ、あたしを見てくれさへしたら、きつといとしう思うてくれたらうに。さうとも、さうとも、さうに決まつてゐる、恋の測りがたさにくらべれば、死の測りがたさなど、なにほどのことでもあるまいに。恋だけを、人は一途に想うてをればよいものを。

(サロメの激情に心揺さぶられます、ここの美しく切ない独白はぜひ読んで欲しいですね。)

王は神罰を恐れ、宮殿の中に戻ろうとします。階段を昇る王の後ろからサロメの声、

サロメの声  あゝ!あたしはたうとうお前の口に口づけしたよ、ヨカナーン、お前の口に口づけしたよお前の脣はにがい味がする。血の味なのかい、これは?……いゝえ、さうではなうて、たぶんそれは恋の味なのだよ。恋はにがい味がするとか……でも、それがどうしたのだい? どうしたといふのだ? あたしはたうとうお前の口に口づけしたよ、ヨカナーン、お前の口に口づけしたのだよ
   一条の月の光がサロメを照らし出す
エロド  (振返つてサロメを見)殺せ、あの女を
   兵士たちは突き進み、楯の下に、エロディアスの娘、ユダヤの王女、
   サロメを押し殺す。

これで、ものがたりはおしまいです。

まとめ

「サロメ」は叶わぬ恋のお話です。決して手の届かない月のような、推しへの恋のお話。主要人物全ての恋が叶いません。
不完全ながら恋に触れたのは、サロメただ一人です。彼女は最後に一条の月の光に照らされます。苦くて甘い恋に包まれて哀しみと幸福を感じながら死んでゆくサロメが、僕には想像できます。あなたはどうですか?

「銀の大皿に乗ったヨカナーンの首を望んだ」という部分だけ知っていて、
サロメを狂女だと思っている方がいると思います。
けれども、彼女は、気持ちの悪い王の独占のために恋のこの字も知らないのに、絶対的な美と権力を持っているが故に、決して叶わぬ初恋という無理難題を無理やり解決しただけだと。彼女は純粋無垢な女性だと、僕は思っています。

初恋は得てして苦いものです、程度の差はあれ。恋は、時に人を殺し殺させてしまう呪いです。それでも、恋をするのが人なのです。


ーーーよければ、僕を推してください。そして、ぜひ戯曲「サロメ」を読んでください。



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