(6)豊饒から引き算していく色無地
着物にはいくつかの種類があって、留袖、訪問着、附下、小紋、そして色無地などがあります。
それぞれ格式や使う場所が異なるので、欲を言えば一通りすべて持っているとどこにでも行けます。
ただし、留袖となると小紋でさえ特別な機会でないと着ない時代では、なかなか出番はありません。
ですから、現実的には訪問着までを持っているといいわけです。
訪問着には柄の重いものや軽いものがありますが、基本的には柄が重く入り、豪華なものが多いです。
着て行く先で、ちょっと豪華すぎるかなと思うような場合は、附下だとすっきりして押しつけがましくなく使いやすくなります。
小紋となると、ちょっと遊びに出かけたりと、最も出番は多いかもしれませんが、フォーマルな場では使えません。
そんな中、地色一色だけの色無地はわたしがとても愛しているもので、フォーマルな場でもまあまあ使えるし、何よりも美しく、一色だけというのがかえって存在感を醸し出します。
また、友禅の加工がないため、値段も手頃なのが魅力です。
結美堂を立ち上げた頃、京都のある悉皆屋さんに話を聞かされたことがあって、彼が言うには、
「きものは色無地が最も美しい。シンプル・イズ・ベスト」
ということでした。
わたしはもともと豪華なものが好きなので、どちらかというと訪問着の重く柄の入ったものが結美堂の方向性だったのですが、しばらくして色無地が最も美しいという意味がわかるようになりました。
着物をたくさん扱ったり、自分でもいろいろな着物を着て行くと、友禅で描かれた柄がうるさく感じるようになってきます。絵があることで、あまりにも主張が激しすぎやしないか、と思うようになるのです。
すると、そうした友禅を省いて、引き算していこうと考えるようになります。それは一度書いた原稿を何度も推敲して、無駄な文章を削除していく作業に似ています。
そして、これ以上、引き算できるところがない到達点こそが、色無地でなのです。
地色だけなので、着るひとのメンツを潰すことがありません。重い絵柄の訪問着などは、ときとして「着物に着られている」という現象が起きてしまい、よほど着るひとに貫禄なり、存在感がないと着こなせないケースがあるのです。
しかし、色無地はそうした出しゃばったところがなく、着るひとに色彩だけで寄り添います。
出しゃばったところがないということは、その着姿が上品に見えるわけで、周囲にもいい印象を与えます。
ところで結美堂では、色無地をオーダーメイドでそのひとに似合うような色を選んで、そのひとだけの色無地を染めて誂えるというサービスをしています。
おかげさまで、誂えてくださった方々からは、好評をいただいています。
しかしながら、色無地となると旅館の仲居さんみたいになるのではと思われる方も多く、わたしはそれは心配ないと言います。
確かに仲居さんは一色だけの着物を着ていますが、ああいった着物としっかりとした色無地は根本的に異なるからです。
何が異なるのか?
それは仲居さんの作業着としての着物は、ただ一色の色で染めただけのものです。こう言いますと、色無地だって同じだと思うでしょう。しかし、先ほど申し上げたように、色無地は豊饒の引き算の果てにあるものだから、本来は友禅で絵があって、それが究極のシンプルを求めて絵が省かれ、最後に残った美しさであると考えるべきだからです。
安物の色無地は、そういう思想でもって染められていないので、確かに仲居さんの作業着的なものが多くあります。
でも、色無地は美しさの終着点という意識で染めるものでしょう。
ですから、染める作業をする職人や色無地を提案する立場の人間が経験的にもそれを意識できていれば、輝かし色無地に仕上がり、作業着のような着物にはなりません。それは見れば、明らかに違うものだとわかります。
そして、地色だけだからこそ、そのひとに合った色彩を考えるべきで、さらにその色無地に合わせる帯も全体像としてコーディネートしなければなりません。
着物は洋服と違って、衣服である表面積がとても大きいために存在感があります。それが色無地となると、絵で表現しないでたった一色でやるわけですから、控えめであるようで、実は存在感があるのです。
そのため、色無地が一張羅というのも寂しい話で、本当のところはひとりで3色は持っているといいとわたしは思います。
しかしながら、色無地を三つも持っているひとは、この時代にはお茶でもやらない限りそれほどいないでしょうが、着物で自分を表現するのであれば、3色持つのが理想です。
明るい色をひとつ、落ち着いた色をひとつ、濃いめの色をひとつ。
この三つがあれば、どんなシーンでも対応できます。
そして、色無地は色だけでなく、どのような地紋の生地で染めるか、というのもおもしろいところで、その選び方によってがらりと雰囲気が変わります。さらに一色だけだからこそ、帯が映え渡るわけで、帯を生かすにも色無地は最適な着物です。
いい色無地は、ただシンプルなだけでない、豊饒を知った上で引き算された美の本質であるとお考えください。そして、色無地はそういう思想で染められたものをお求めになるべきです。
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