見出し画像

物書きとマジシャン#7

「やあ、今やってるかい?」

 ああ、申し訳ありません、今師匠は外してまして。
…何かお探しですか?



「ここが一番良い両替をしてくれるって聞いたんだが、、」

 どなたかのご紹介ですか?

「ああ、西の門近くのボウノって店のおやじに聞いたんだ。」
 少々お待ちくださいね。

「ああ。」
 奥さまに相談しないと。


 テントが並ぶ露店通り、裏は在庫を置いたり、簡単に寝泊まりできるスペースになっている。

 隣や裏とは仕切られており、一応のプライバシーは保たれていて、夏を中心とした温かい時期は大半の時間をテント裏で過ごす人も少なくない。

 街の中心は地価が高いため、先日おつかいで行ったはちみつ漬けのお店のような高価な品を取り扱うようなお店、木造や石造りの建物が並ぶ。

 安全だが、その分お金を持っているとみなされるため、出入りする人間も含めて目をつけられると後が厄介になる。


 そういえば奥さまのアンナさんも、街はずれの自宅にいるのだった。

 もう冬が近いこの時期、まだ小さな息子さんが風邪をひかないようにと、暖かくなるまでは出て来られないだろう。

 仕方がない。


 お待たせしてすみません。
あいにく、扱える主人がおりませんで。

「今、お前さんひとりかい?」

 ええ、と言いかけたが何かが変だ。
いえ、そうではなく現金を持つ師匠がいないだけです、と絞り出した。

「…その布は売り物かい?」

 テントの端に積む布の束を指さして言う。これは肌触りが良い綿布で、服に加工する職人に売るものだ。

 買うと言っていた服職人が、どんな事情か母国へ帰ってしまっているため、宙に浮いている。

 師匠が確か、銀貨50枚だと言っていた。

 だけどなあ。


 この布は事情があって取り置きしているものなんです、と返事をする。

「それでいいから交換してくれないか?」

(ええ?困ったな。)

 ええと、お支払いは?

「…ノスの銀貨だが、金貨もあるんだ。」
 そうして、ずいっと布袋を出したかと思えば、なにやら見たことがない銀貨と金貨を一枚ずつ取り出して見せてくれた。

 ううん、わからない。
師匠が出かけて一刻、そろそろ戻ってくるはずだ。


 北風がふっと抜けたところで、うう寒いなと周りを見渡す。
隣にも、何なら向かいにも大人はいるので、何とかなるかもしれない。

 うう寒いですね、ノスからのおいでですか?

「そうだ、今夜はこのメイサで宿を取ろうと思っていてな。」

 もう宿はお決まりで?

「いや、その前に両替せんと宿が取れんのだ。」

 それはそうですね、
このメイサといえば肉とパスタ料理が美味しいのですが、ボウノではいかがでしたか?

「ああ、美味かったよ。肉と合うんだよな。」

 お支払いはその、どうされたので?

「この銀貨で支払ったさ。」

 そうですか。

 ちょっとお待ちを、隣のお店は僕の親戚なんです。
僕ではやはりどうにもできませんので、、と言いながらお隣のご主人へ懸命にパタパタと手を振る。

「…どうした?」と隣のご主人が出てきてくれた。

 銀貨と金貨で布を買いたいとおっしゃっているんですが、ここのお金じゃなくてと事情を話す。

「そうかお客さん、そういやあの布は買い手が決まっているとこの店の主に聞いていてな、あっちに良い店があるから連れてってやるよ。」

 そう言うと、奥さんに声をかける。

「おい、ちょっとこのお客さんの道案内に行ってくるから、店頼むわ。」

「あいよ」


 すると、お客さんの顔が少し青ざめて見える。

「いや、やっぱりいい。
他の両替商をあたってみるよ。」

「遠慮するなって、それも紹介してやるよ。」

 がははとがっちりお客さんの腕をつかんで、街中へと消える。


「危なかったね、いい判断だったよ。」
そう奥さんから声を掛けられて、ありがとうございますと頭を下げた。 

 もう、師匠早く帰ってきてください。


※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空であり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?